『余白』午後2時の女の独白

下記は、以前上演した『余白』より、一部を抜粋したものです。午前6時から午後6時まで、2時間ごとに朝を迎えるそれぞれの女たちの独白を、毎日ひとつずつ、その時間に投稿します(〜7/27)

電車を降りて、わたしは家路に向かっています。と言っても、山手線をぐるぐると何週かした後。わたしは疲れきっていて、立っていても寝れてしまいそう。昨日は散々だった。朝の5時まで飲んではトイレに駆け込み、どんどん出てくるお酒を片っ端から受け流していた。なんてお酒かは分からないけど、大体は色が違うだけであとは一緒。わたしは結構強い方なので、少し苦い水と変わらない。吹き抜けた風が、昨日のもろもろを吹き飛ばしてくれるようで、いっぱいに吸い込む。

気付いた。わたし、タバコ臭い。

これはもうしょうがないことだけど、この匂いが消えない限り、昨日のことを思い出してしまうだろう。早く家に帰りたい。

交差点の赤信号で止まっている間、見上げた電光掲示板は今日の占いを掲示していて、今更と思いながら、自分の星座まで待っていたけれど、どれも外れているので馬鹿らしくなってしまった。今日は始まってすでに14時間経って、一日が折り返した後。これから先は夜に向かうだけ。家に帰ったらまずシャワーを浴びて、昨日干した洗濯物を取り込んで、そしたら、ベッドに倒れ込もう。きっと死んだように昨日が終わる。今は、寝袋に入った自分を抱えて家まで運んでいるような矛盾の重みをじりじりと日差しが焼き尽くす。そうしてわたしは一度通った道を足取り悪く歩いている。

午後2時に街を埋めるのは、わたしみたいな人ばかりと知る。知ってどうすることもないけど、平日の昼過ぎには昨夜を引きずって、消去されるべき価値のない今日がごろごろと転がっている。あまりにも状況が透けて見えてしまうのは、自分が同じ視点に立っているからなのか、それとも誰にもばればれなのだろうかと、ビルの窓ガラスに近づいて、目の下を指でなぞる。この中には毎日のように午後2時の町中を歩いている人がいるのだろう。そうやっていつまでも引きずる気はない。

今日の気温を知っていたら、パンプスなんて履いてくることはなかった。サンダルは持ってないから、そもそも家を出ることもなかった。家を出なかったことにするには靴擦れが痛すぎる。しみるのはお風呂に入る瞬間だけで、入ってしまえば火傷のように眺めるだけになるのだけど。

今日、雨が降ると知っていたら、傘を持っていただろうか。雨が降る。昨日の予報にはなかった雨が衣服を濡らす。それは目に見えるほどの通り雨で、頭を抑えることなく通り過ぎるのを見送った。

「え、大丈夫だよ。行こっか」

右手の薬指の指輪なんて、とうに失くしていた。

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