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そこで寝たくなった理由<前編>|香路木怪談 其の一

前書き|香路木怪談

 ありがたいことに科学技術は常に発展し続け、様々な現象のメカニズムを説明できる世の中になっている。
 しかし一方で、これだけ科学が発展してもどうにもこうにも説明ができない現象も未だ多く存在している……らしい。
 ”信じる”だの”信じない”だの、”いる”だの”いない”だのと、しばしば議論にもなるいわゆる”ホラー”もそのジャンルの一つだろう。 

 ここではまあ、一旦”在るもの”としてお話をしていこうと思う。

 大丈夫。どうせ所詮はフィクションだ。

 私、香路木が語らせて頂くのは、”不思議な出来事”の形を整えて飾り付けを施した物語。

 だからあまり怖くないかもしれない。
 そんなに怖いことが起こってたまるか。

 この物語の根っこにあるのはすべて、”実際にあった出来事”なのだから。

※という設定で進んでいくぞ!

本編|そこで寝たくなった理由

一、明るいのに暗い、矛盾した感覚

 一応”そういうもの”に縁があるらしい血筋の末端に生まれたということもあり、本音はいわゆる”説明のつかない何か”は存在するのかもしれないなと、ぼんやりと考えていた程度だった。
 しかし祖母が特に”強い人”だったので、中二病真っ盛りのころには祖母に強い憧れを抱いたものである。

「そういうのが”わかる”って、特殊能力みたいですごいじゃん」

 そう考えていた幼い頃の私は本当に無邪気で、頭の中に花が爛漫と咲き乱れていた。”特異なもの”という存在が帯びる強者感にがたまらなく、それが実際はどんなものであるかなど正直どうでもよかったのだと思う。

 学校の授業で参加した”フィールドワーク合宿”の宿泊地は、バスから降り立った瞬間から不思議な違和感のあるホテルだった。
 建物は古くはあるが、別にボロボロというわけでもない。ロビーもよくある典型的なデザインの、普通にきれいな内装。大きくはないが小さくもなく、すべてが”ちょうどよい”感じで、スタッフの対応もごく普通だった。
 照明はどこも切れている場所が無い。すべてが適切に機能しているようだったが、私はなぜか、視界に一枚、黒のフィルターがかかっているような感じの暗さを感じていた。

 明るいのに、暗い。

 矛盾しているがそうとしか表現のしようがなかった。クラスメートたちは、すべてが標準的なこのホテルを気に入ったようだった。学校の合宿だしもっとショボいかと思ったと皆口々に言っていた。期待していなかったからこその高評価。友人に「なんか悪くないホテルで良かったよね」と言われたが、明るいのに暗いという気味の悪さを持ったホテルをとても良いとは言えず、あいまいな表情を浮かべて適当に頷いて流すことしかできなかった。

 私は”そう”なのかと問われると、正直”違う”というのが私の考えだ。
 子供心――悪い言い方をすれば中二病心では「霊感……能力(チカラ)……他の人たちに見えなくても私には見える……!」というほどよいダークな特性への憧れは無いとは言わないが、実際のところ見えないもんは見えない。結論、違うということで私は考えている。

 しかし前述のとおり、そういう生まれで更には”強い”祖母がいる。世の中、多少不思議なことは起こりうるという認識だ。つまりここも”そう”かもしれない。

 なんとなく居心地の悪いこのホテルで数日間過ごさなければならないのかと思うと気が滅入ってきそうだった。
 部屋で軽く荷物を解いて、間もなく始まるオリエンテーションの準備をしていると、同室になったA田ちゃんが、ねえねえと小声で声をかけてきた。

「ねえ……このホテル、なんかおかしいと思うんだけど……」

 私はそこで初めて、自分と同じように違和感を持っている人を見つけた。 

 この感覚はもしかしたら、”不可思議な何か”に対し危険を察知した動物的本能なのかもしれない。つまり、このホテルは本当に”そういうやつ”かもしれない――。

二、出窓のある談話室

 私は”この手”の話をしたことはない。突っかかられるのも、好奇心で目を輝かされるのも、どちらも面倒だからだ。
 しかしA田ちゃんは違うようだった。少し話を聞いてみれば、しばしばそういった体験をしているようだった。(彼女の語った体験については機会があればこれも物語として語ろうと思う、そんな内容)

「こんな話してごめんね、でも、香路木ちゃんだったら分かってくれるかなって……なんとなく思って」

 オリエンテーションが終わり、休憩時間に入った後、なんとなくのどが渇いたので自動販売機を探すついでにホテル内を二人で散歩していた。
 どうして私が彼女に選ばれたのかはわからないが、このホテルの違和感について話したくてたまらない気持ちはよく分かったので、大丈夫大丈夫と軽く返した。

 ホテルの自販機は談話室の隣にあるらしい。宿泊ルームから少し離れた所だが、ちょうどいい気分転換にはなった。

 室内はこうこうと、明るすぎるほどの電気がついているのに、やはり暗いという感覚はぬぐえない。気持ち悪いが、それについてあまりコメントをし過ぎるのもなんとなく嫌だと思い、あえて全く関係のない、授業やはやりのSNSの話など、他愛もない適当な会話をしながら談話エリアに歩いていた。
 そんな中。
「あれ?」
 私は思わず足を止めた。
「見て、めっちゃ観葉植物ある」
 ドアの無い、アーチのような入口の向こうに、きれいな出窓と、少し古びているが品のあるデザインのソファがある部屋を見つけた。床にもコーヒーテーブルにも観葉植物が置かれたその部屋こそが、どうやら談話室であるようだった。
 少し部屋の中に入って、辺りを見渡してみた。多くの学生は宿泊室で少ない自由時間を過ごしているせいか、せっかく綺麗な談話室なのに誰も利用した形跡はなかった。部屋にいるとなんとなく自分の肌の周りが重たくなるように感じたが、このホテルではどこにいっても違和感しかないのでこれもデフォルトの一部でしかないだろう。
「めっちゃいい、明日とかここでおしゃべりするのも楽しいかもね」
 私は部屋を出て、外から覗き込むだけだった相沢ちゃんにそういった。
 そして談話室の隣に目当ての自販機を見つけて迷わずお茶を二本――自分の分とA田ちゃんの分を購入した。
「よし、ミッションコンプリート。帰ろ」
 A田ちゃんの方を見ると、少し顔をこわばらせて黙っていた。
 何かあったのかな? と思いつつ、エレベーターに二人で乗った後、彼女は言った。
「……ねえ香路木ちゃん……あの、信じてくれないかもしれないんだけど……」
 A田ちゃんは声を震わせて、青ざめながら私の顔を見た。
「どうしたの?」
 尋ねると、彼女は言った。

「談話室に、”何か”いる」

三、見える、見えない、怖い話

 見えることもあれば、見えないこともある。
 相沢ちゃんはそう言っていた。見え続けるわけでは別にない。
 何を見たというのはあえて聞かずにいた。怖いからというわけではない。この手の話をしていると、いつも辺りがざわつくような気がする。祖母も言っていた、「みだりにそういう話をするもんじゃない」と。だからきっとそういう話をすることは良くないのだと思う。

 ましてやこのホテルは、間違いなく、”何か”がある。少しでもリスクのある言動は慎むべきだ。
「相沢ちゃん、大丈夫」
 私は言った。
「何もない、何もなかった。気のせい、気のせい。
 深呼吸して、すーはー。私は談話室で何も見なかった、だから何も無いよ。A田ちゃんのそれは、気のせいだよ」
 静かに、落ち着かせようと、私は彼女に言った。
 数日間、このホテルで過ごさなくてはならないのだから、怖い思いを持ったままでいてほしくない。疲れてしまうから。
 私は気づかってそう言った。気にしちゃだめだ。

 そういうのは、認識されることで、強くなってしまう気がする。いや、正直分からないが、なんとなくそういう気がする。
 私は気づかいの為にそう言ったのだったが、彼女の目が一瞬悲し気な色を帯びたのが見えた。

 私は彼女にかけるべき言葉を間違えたかもしれなかった。

 否定されることは怖いことだ。
 もしかしたら私の言葉は、妙な雰囲気のホテルで数日間過ごさなくてはならない不安なA田ちゃんに、彼女の感覚に対する”否定の言葉”として刺さってしまったかもしれない。

 合宿二日目。
 丸一日フィールドワークをして、ディスカッションをして、情報をまとめてへろへろになった。
 フィールドワーク中、A田ちゃんとは別の班で行動していたのでほとんど会話はしなかったが、朝からどこか元気がないように見えて心配になった。

 夕食会中、A田ちゃんの姿が見えなかったので、クラスメートに尋ねたところ、「体調不良で保健室で休んでる」と返ってきた。
 体調を崩した学生のための部屋が男女別に用意されていて、一人先生が付き添って面倒を見ているらしい。ただでさえ不安だった中、体調まで崩して心細いだろうと私は思い、しばらく辛そうだったらお見舞いに行こうと思った。

 同室のみんなで浴場に行き入浴を済ませて、みんなでまた宿泊部屋に戻る。部屋のドアを開けて、一歩踏み出したメンバーがびっくりした声を出した。
「うおわ!? A田ちゃん!?」
 え? とみんながわらわらと部屋に一気に入っていった。そこには体調を崩していたA田ちゃんが、それぞれの布団の境界を全部無視した形で、真ん中にちょこんと正座していた。
「おかえりー!」
 ニコニコしながらA田ちゃんがみんなを迎えてくれた。みんなでA田ちゃんに近寄って、どうした、大丈夫、夕飯は食べれた? などなど口々に尋ねた。A田ちゃん大丈夫、もう平気、元気だよとニコニコ――というよりは、へらへらとした様子で受け流すように返した。

 とりあえず元気になってよかったね、みんなでほっとしたが、当然私は違和感を覚えていた。あんなに不安そうで、むしろ怖がっていた様子のA田ちゃんが、全てのマイナス要素から解き放たれたように、とんでもなく楽しそうに笑顔をたたえているのだから。

「あ、そだ、あのさー今日はせっかくだし面白いことしようよ!」

 A田ちゃんがそう言った。元々ウノか大富豪かをやる予定だったが、なんとなく部屋の雰囲気が病み上がりのA田ちゃんの言うことを聞いてあげよう、という感じになっていて、私はなんだか心にざわつきを感じた。
 なんか、なんかおかしい気がする。

「A田ちゃん、何しよっか?」

 同室の一人が言うと、A田ちゃんは満面の笑みを浮かべて、はっきりと宣言したのだった。

「ほんとにあった怖い話大会ー!」

 その勢いのまま、同室の全員がいえーいと言って、拍手をした。

 なんだか嫌な予感がした。

 おばあちゃんはよく言っていた。
 そういう話をみだりにするもんじゃない。
 あっという間に寄ってくるぞ――と。

 <明日へ続く…>

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