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そこで寝たくなった理由<後編>|香路木怪談 其の一

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本編|そこで寝たくなった理由

四、違和感しかない友達と、怪談大会

 すべてがノリだったといえばそうだろうと思う。
 なぜだか雰囲気がすべてA田ちゃんに押し流されていった。
 電気を消して、部屋の明かりはそれぞれのスマホだけ。みんな布団をかぶりながら、怪談を語ろうという会になった。

 A田ちゃんはずっとテンションが高かった。普段から明るい方ではあったが、いつもより1トーン声が高く、まくしたてるように話す様は違和感というよりは異様に映った。

 さりげなく他の仲間たちの様子を見ると、特に何も気にせず怪談話にキャッキャしている子もいれば、A田ちゃんの様子に首を傾げたり苦笑いする子もいた。やっぱりおかしい。
 というより、怪談話はやめて欲しい。ただでさえ変な感じのするホテルで、変なものを引き寄せかねないことは本当にやめて欲しい。
 じゃあ外に出るかと言われると、もう就寝時間で消灯になる。外に出てホテルや先生方に迷惑をかけるわけにもいかない。
 勝手にやっててくれと思って、私はうとうとするそぶりを見せて徐々に寝落ちしようとするたびに、
「寝るのはまだ早いよっ」
 そう言ってA田ちゃんが小突いて私を起こす。
 眠そうだから寝せてあげなよ、とA田ちゃんを諫めてくれた仲間がヒーローに思えた。えーつまんないよー、香路木ちゃん怖がっちゃってーと茶化す仲間もいたが、どっちでもいい、私はこんなことに参加したくない。

「もぉー香路木ちゃんったら、しょーがないんだからぁー」

 A田ちゃんが私の顔を覗き込みながら言った――うきうきるんるんと、気味が悪いほどに上機嫌の中、ちょっぴり困ったように私を見る彼女は、多分、昨日の彼女とは別人だ――

 ――脳裏に、一瞬、見たことのない、男性の姿が過ぎった。
 肩が広めで、どちらかといとしっかりした体格、コートを着ていて、無表情の、中年に差し掛かろうとしているくらいの、全く知らない見たことのない男性が立ち尽くしている姿――

 その謎のビジョンについて深く考えようとは思わなかった。怖い雰囲気になると、人はどうしても怖い想像をしてしまうものだからそういうことだろうと私は思った。
 もういいよ、明日も早いし寝るわ。疲れた。
 そう言って布団を深くかぶって無理やり寝ようとしたが、
「もーこーろぎちゃんー!」
 とA田ちゃんが布団に乗って叩き起こそうとしてきた。
 彼女はもともと決して暗い子ではない。ホテルに来てから不安そうでナイーブになっていたけど、少なくともここまでテンションが高い子ではない。こんな子は知らない。
 幸い周りが諫めて彼女をひっぺはがしてくれたので、私はなんとか寝落ちすることに集中することにした。

 あまり考えたくはないが、さすがに想像せざるを得なかった。

 A田ちゃんに、”何か”が入っちゃった。

「じゃあ、次私がとっておきの怖い話するね!」

 A田ちゃんがキャッキャしながら言い始めたので、私は布団の中で耳をふさぎながら、意識を深く、深く、落としていった。

 眠りに落ちる瞬間に――辺りの空気が、一気にざわつくのを感じた。

五、日の差し込む窓辺に誘われて

 次の日。
 誰よりも早く眠ったのに、疲労感は全く抜けず、逆にさらに運動した後のようなしんどさがあった。

「昨日さー、A田ちゃんの怪談めっちゃ怖くてさー」

 フィールドワーク班にいる同室の仲間が、土壌サンプルの整理をしながら苦笑いて言った。

「香路木ちゃん、寝ちゃって正解だったよ。なんか変な物音とか聞こえてきてさ、気づいてない子もいたみたいだけど私はガチ目に怖かったわぁ」

 本当に寝てよかったかもしれない。
 一応、私は生まれた血筋的にも、そういうものには多少慣れてはいたというか、”そういうものはある”という認識ではいたが、それがよりリアルにはっきりと身近に感じるのは、正直なところ初めての経験だった。
 身を硬くして、身構えてしまう――おそらく自分の本能が、今の状況を危険だと感じているのだ。

「ああいうお話あんましちゃダメって、私おばあちゃんに言われてるんだよね。運気下がってケガとかするぞーってさ」
 適当な嘘を混ぜつつ、あまり空気が重くならない程度に、私はそれとなく”その話やめて”という意思を匂わせた。
「あはは、なるほどねーでもまあテンション落ちるし一理あるわ」
 そしてその話はそこで打ち切りになった。

 さて。
 身体はしんどいばかり。布団じゃなくてフローリングで寝たのかと思うくらいに、体に痛みを感じた。
 昼食後の休憩時間、できるだけA田ちゃんと絡みたくなかったので部屋にいるのも嫌だし、かといって行けるところも特にないし――とりあえず自販機で飲み物を買いながら何か考えようと思い、私は一人でふらふらとホテル内を歩いた。

 学生たちは休憩時間を思い思いに過ごしている。廊下で話す人もいれば、レクリエーションルームで卓球などをしている人もいる。元気そうだなあと、私はそれらを横目に自販機の方へ歩いて行った。

 そして私の足は、ぴたりと止まった。

 あの、観葉植物がたくさんある談話室が、その時はとても神々しく見えた。
 出窓から差し込む光が見える。それはとても温かくて、癒されるような気がした。
 私はふらふらと談話室に入っていった。周りには休憩中の学生たちもたくさんいるのに、なぜか談話室にはだれも入ろうとしていなかった。

 出窓から差す光に、私は魅入られていた。

 日差しがとても温かくて、私を包み込むようで、この光をずっと浴びていたいと、ぼーっとした頭で私は思った。
 そして私は出窓の台にあがり、うずくまるように横になった。

 この日差しの中で眠ったら、きっと気持ちよく寝れるはず――私は目を閉じて、すうと眠り始めた。

六、その声は誰?

「香路木ちゃんってば!」

 何を思ったか出窓で寝落ちした私を叩き起こしたのは、他でもないA田ちゃんだった。
 私は身構えたが、その表情は昨晩とは全く違った。
「香路木ちゃん、夕方講義始まっちゃう!」
 A田ちゃんはそう言って私の腕の引っ張った。
 ……昨日の、ハイだった彼女とは別人だと、私は思った。ああ、A田ちゃん、”帰って来たんだ”——私は無意識にそう理解していた。

 一歩足を出した瞬間に、自分の身体が異常に重く感じた。

 まるで自分の周りの重力だけ二倍になったかのような、地面に引っ張られていると錯覚するほどに、私の身体はとても重たかった。
 まずい、苦しい、やばい――吐き気が伴い、私はうまく歩けずよろめいた。
 私の様子がおかしいとA田ちゃんは気づいて立ち止まり、私は立っていられなくてその場に座り込んだ。そして私の顔をあらためて見て、とても驚いたようだった。
「やば……香路木ちゃん、めっちゃ顔真っ白だよ……!」
 そして私の肩を持って立ち上がらせた。とりあえずお部屋で寝よう、みんなや先生には私が伝えるからと、優しく声をかけてくれた。

 そこから意識がもうろうとしていて、あまり記憶が無い。

 ただ気づいたときには、私は宿泊部屋の布団に横たわっていた。
 無理しないでねと、A田ちゃんは私の手が届きやすい場所にお茶を置いてくれて、講義にでかけていった。

 こんなに体が重たいなんて初めてだった。インフルエンザとかに罹った時ですら、こんな状態になったことは無い。私の身体の周りだけ重力が倍になったような、私の全身が鉛になったような、私の身体が地面に吸い込まれているような、そんな重さと、吐き気がするので吐き出せる気配のない気持ち悪さに、私はうなされていた。
 どうしてこんなに重たいんだろう――部屋で休むのも正直嫌だという気持ちもあったけど、とにかくこの体調不良から解放されなくては。
 それにしたって気持ちが悪い。本当に寝れるだろうか。

 ぐるぐるとそんなことを考えていた時だった。

 ――あ、やばい。

 直感的に私はそう思った。

 血筋が”そういうのに縁がある”のはそうなのだが、祖母が”強い”とはいえ、それ以外のことは全て「~らしい」というような、とにかく他人事で”そういうことはあるんだろうなあ”という程度の、ふわっとした認識しかなかった。
 なぜかといえば、私が具体的に、明らかに分かるような”怪奇的な体験”をしたことがなかったからだ。
 例えば――金縛りのような。

 私はこの時、人生で初めて、”金縛り”を体験した。

 全身が硬直してしまったように動かない。首も動かせない。意識はあって天井が見えるが、なんとなく視界が砂嵐がかかったかのように霞んでいるような気がした。

 そして私は明らかに、何かの気配を感じた。
 それはとても近くにいるような気がした。すぐそこに――もっと、すごく近くに。

 初めての金縛りに焦りつつ、なんとか早く終わってくれと祈ったが、胸にぐっと重さを感じ、首回りが閉まるような感覚を感じた。

 あ。死ぬ。

 私の直感がそう言った。
 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい――強い不安感と恐怖感。どうしてこうなったのかはわからないが、私は今危険な状態にあるというのはよくわかった。
 体は動かない、動かせない。苦しい、苦しい、死にそう――

 そして、私の視界が何重にも重なるかのようにぶれて、ぐわんぐわんと揺れながら――それが、響き渡った。

 聞き覚えの全くない、男の声。

 ふふふふふ…
 ふふふふふふふ、ふふふふふふふふふふ、ははははははは
 ふふふふふふふふ、あははははは、あははははははははははは

 耳元に響き渡る大きな笑声。
 跳ねる私の心音をかき消すように、大音量のスピーカーから発せられているかのような爆音で、その笑い声が響いていた。
 耳元で――いや、耳元じゃない。
 声は耳元で聞こえるのではない。
 その大きな、不気味な笑い声は――私の内側から響き渡っているようだった。

 もうだめだ、私は死ぬかもしれない。
 私は覚悟を決めて、ぎゅっと目をつぶった。

 いや、でもせめて、こういうと時に何か、何か助かる方法はない――?

 おばあちゃん、助けて。

 シンプルで稚拙な祈りだと思う。しかし、少なくとも今起こっていることは怪奇だ。私が助けを求められるのは、祖母だけだった。
 きつくつぶった目の端から涙がこぼれた。もう、もうダメかも――

 そう思った、瞬間だった。
 ふっと、胸と首元の苦しみが軽くなった。
 自分の上にいた”何か”が、右から何かに突き飛ばされた”ような気がした”。気がした、としか言いようがない。そういうビジョンが脳裏に過ぎったのだから。
 直後、左の方の壁から”ドン”と打ち付けられるような音が聞こえてきた。そして私の身体は金縛りから解放されて軽くなり、呼吸も普通にできるようになっていた。

 ああ、助かったんだ、私――

 理解した瞬間に、ふわっと体の周りが温かくなった。
 そのまま私はストンと眠りに落ちた。

七、どこに行ったの?

 その仮眠から目が覚めたら、それはもう驚くほどに体が軽くなっていた。
 そう、憑き物が落ちたような、そんな気分。心身ともにすべてがすっきりしていた。
 すぐ体調もどってよかったねと、みんなが安堵してくれた。旅行先でなんかよく寝れないとかよくあるもんね、夜は早めに寝とこうというこということにもなった。

 入浴も済み、ちょっと休んだらあとは寝るだけになった。
 そんな中で、私のスマホが鳴った。

 祖母の家からだった。

 私は驚いて廊下に出て、電話に出た。
「もしもしおばあちゃん?」
「りりちゃん、大丈夫かい?」
「……」
 まるですべてを見透かしていたかのような祖母の問いに、私は絶句してしまった。
「ちょっと嫌な感じがしてね、ご先祖様を拝んで神社にもお願いをしに行ったのよ。りりちゃんに何かあったんじゃないかって思って」
 祖母の言葉を聞いて、私の目からぼろぼろと涙が落ちてきた。
 あのね、と私は自分の身に起こったことを話さずにはいられなかった。今なら祖母が、電話を通じてそばにいる。私はありのままを話して、怖いよと祖母に泣きついた。
「おばあちゃん、私どうしたらいい……? 明後日まで帰れないし……」
 すると祖母は、いいかいりりちゃんと、優しく諭すように言った。
「怖いなんて思っちゃ駄目だ。怖い、不安だと、そう思った瞬間に、奴らはその心の隙に付け込んでくるんだから。おばあちゃんも怖い目にたっくさんあった。怖い思った瞬間に、攻撃されてしまうから」
 大丈夫、大丈夫だよと、祖母は私を慰めながら語りかけた。
「かといって、かかってこいなんて思っても駄目。挑発すれば来てしまうから。関係ないんだから。きちっと自分を持って、怖くなんてない、大丈夫、そうしていくんだ。
 大丈夫、堂々としていていい。私たちは生きているのだから」
「うん……」
「りりちゃんを守ってくれるよう、しっかり拝んでおくからね。大丈夫だ、みんながそばにいるよ」
 怖い思いをした後に、これほど救われる言葉はなかった。
 祖母の言葉が心にすうと浸透して、私は涙をぬぐった。
「ありがとう、おばあちゃん。合宿、がんばる」
 そう言って私は電話を切った。
 大丈夫。怖くない。今、生きているんだから。
 勇気づけられた。祖母に言われたことを胸に刻んで、合宿を乗り切ろうと私は心に決めた。

 A田ちゃんは昨晩のようなハイテンションはどこにもなく、いつも通りの
A田ちゃんに戻っていた。きっと彼女は、昨日は何かに取り憑かれていたのかもしれない。
「あ、香路木ちゃん」
 とはいえ、部屋に戻る寸前、入り口でばったり出会って声をかけられたのには思わずびくっとしてしまった。
 A田ちゃんがたたっと歩み寄って、少し声を小さくして、周りを若干気にした後に話し出した
「あのさ、さっき私、自販機に飲み物を買いに行ったんだけどさ」
「うん」
「談話室の前を通って」
 ――ちょっとトラウマが刺激されて、私は少し身をすくませる。
「昨日さ、何かいるっていったじゃん。私午前中にもちらっと談話室見たんだけど……男の人みたいな影がチラついたんだよね」
「……うん」
「でもさ、さっき談話室の前通ったら、もう何の気配も無くて、普通の部屋だったの」
「……」
 そしてA田ちゃんは首をかしげて言った。

「あの人、どこに行ったんだろうね――?」

八、合宿の終わり、その後

 その後の合宿は、特にトラブルもなく、滞りなく進行し、拍子抜けするくらいに普通に終わった。

 A田ちゃんが「談話室に気配を感じなくなった」と言った翌日は、学生たちが普通に談話室を利用していた。ちらっと聞いた話によれば、”今までなんとなく入りづらかったけど、使ってもいいっぽかったから使った”ということだった。目に見えない何かがいる場所は、何も見えたりしない普通の人でもなんとなく近づきづらかったりするのかもしれない。
 そして私があの出窓に突然魅入られたのは、神経がすり減った状態の私が談話室に住む”何か”に呼ばれてしまったのかもしれない。

 普通は出窓で寝ようなんて思わない。正直、自分がなぜあのような行動をとったのか、全く理解ができない。あの時点で私は既におかしな状態だった。

 私はそれ以降、怖い思いをすることは無かった。それでも、ホテル全体に満ちる”明るくて暗い違和感”が消えることは無かったのだが。

「ていうかさ、初日のA田ちゃんの怪談マジやばかったよね!」
 最終日、ホテルを出る前に荷物をまとめながら、同室の仲間の一人が言った。
「怪談? そんなのしたっけ?」
 A田ちゃんは半笑いでそう返した。何言ってるの、したじゃん! めっちゃラップ音聞こえたよねとか、スリルあったよねとか、そういう話を始めた皆を見て、A田ちゃんは戸惑っている様子だった。
 そして言った。
「え、ごめん。ガチで覚えてない。それ、何?」
 部屋のみんなの空気が、その一言で凍り付いた。

 A田ちゃんは体調が悪すぎて、その日の夜の記憶がおぼろげだという。そんなことをしたなんて覚えていない、と。
 おそらく皆、思っていたことは同じだっただろう。A田ちゃんは何かに取り憑かれちゃってたんだと。
 しかしそんな非科学的で非現実的な怪奇的なことを、この思い出に結論付けるわけにもいかなかった。
 ”A田ちゃんは体調悪すぎて逆にハイになっていた”ということで、落ち着いた。
 おそらく、同室の仲間達の中では人生最大の怪談が一つこれで生まれたことだろう。

 その合宿で、人生で初めて死を覚悟した体験を人知れずしたが、この体験は家族以外には一切語らなかった。
 自分としては本気で怖かったが、他の人にとってはそうではなく、ただ疲れた人間の白昼夢だと、その程度で流されてしまうからだ。自分が初めて死の淵に立ったような経験を戯言で流されてしまうのもちょっと嫌なので、この恐怖の記憶はしまっておくことにした。

 数日後、フィールドワーク合宿について学校のホームページで掲載するという話を授業で報告された。
 宿の撮影係をしていた引率の教員が、写真選びに悩んでいると言う。
「まあ、傍から見るとぶっちゃけ絵面地味ですもんね」
 と、茶化す学生もいた。それもそうなんだけどさーと教員は苦笑いして、言った。
「なんかさー、全部の写真にさ……なんか、大量に、たくさん、いろんな場所にたくさん写っていたんだ」
 え、何がですか? と学生が尋ねると、教師が答えた。

「ホテル内の写真、オーブが映り込んでるんだ」

 怖い体験をした。
 金縛りに遭って、知らない男の声が自分の中から響いて、死ぬかと思った。

 正直、その正体が気になるということはあった。そのホテルでその男性にまつわる何が起こったのだろう、一体何があったのだろうと思った。

 しかしもしかしたらそのホテルは、そういうものがたくさんいる、そういうものたちの住処であるというだけで、たまたま集まってきただけの”何か”かもしれない。

 結局あれがなんだったのか、一体なぜA田ちゃんがおかしくなったり、私が怖い思いをしたりしたのか、全くわからないままだ。

<完> 


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