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日向ぼっこ1日目 国道の悪魔と猛獣の子供


10月の某夜。僕は先日納車したばかりのクロスカブに跨っていた。つい先程まで跨られていたというのに。つくづく不思議な物だ。ぷよぷよと跨りの連鎖ってのは。
この日は僕達にとって特別な夜になる。何故なら卓が地球の裏側ブラジルから情熱と共に一時帰国をブッかますからだ。4ヶ月ぶりに親友との再会を果たすべく、僕達は卓を空港まで迎えに行く。ポルトガル語の練習だってバッチリだ。
まずは僕の家からかんちゃんと共にバイクで悠の実家に向かい、悠とけいごと合流する。そこからは車で空港へ出向くというのが今晩のプランなのだが、バイクでの道中に少し不安が残るのが事実だ。なぜなら僕は納車したてのハネウマライダーだからだ。オマケに大きな道路を走った事が無いというデバフ付き。悠の実家までは先輩ライダーであるかんちゃんが先導してくれるのだがそこがまた問題である。なぜなら彼こそが村一番のハネウマライダーだからだ。

今回はそんな新米ハネウマライダーの僕が初めて国道を走り、待ち合わせ場所に向かうお話しをお届けする。さぁ、ハネウマ出発と行こうじゃないか。

クロスカブ50の写真

バイクを走らせてすぐ。僕は不安と高揚が半分ずつのセンターパートになっていた。ヒカルみたいだ。ついでに言えばこれは紅白歌合戦への初出場が決まったアーティストの心情とピッタリ一緒でもある。僕はヒカルと売れっ子バンドマンのセンターパートでもあるのだ。
先んじては安全運転。そしてそれとは別に守らなければいけない事がある。納車にあたりバイク屋の店員である佐々木さんと幾つかの「約束」を交わしているのだ。

約束その①
走行中にシフトダウンを行わない事。エンジンブレーキが強くかかる為、僕にはピーキー過ぎて乗りこなせないそうだ。舐めんなよデコ助野郎。

約束その②
給油中にガソリンタンクから目を離さない事。これは問題無い。僕のセンスが光って初めての給油から約束を守る事ができた。体感で4時間ほど給油中のガソリンタンクに目が釘付けになってしまい、気がついた頃にはガソリンスタンドは閉店していたのだ。

約束その③
「ギア4」は使用しない事。賢明な友人諸君はワンピースを連想したと思うが全く関係ない。僕の愛車クロスカブは1速から4速のロータリー式ギアを有しているのだ。ならし期間という事もあるので無茶な運転は避けて欲しいというのが佐々木さんの言い分だったが、僕は到底受け入れる事ができずに激怒した。
気が付くと僕はブレイキングダウンオーディションの参加者よりも速く佐々木さんの胸ぐらを掴み渾身のチョーパンをお見舞いしていた。「若者を潰して楽しいか!!」僕が虎に見えたのなら大間違い。何処にでもいるただの志願者だ。しかし確かな手応えと共に訪れたのは完全ALL達成の喜びではなく衝撃と鈍痛だった。
スパナだ。佐々木さんは車両整備用のスパナで迷わず僕の頭をブチ抜いたのだ。たちまち脳の中身がインド映画のように踊り出し、僕は白目をひん剥いたままピクピクと痙攣して地面に突っ伏した。強すぎる。頭には走馬灯のように納車当日の朝の出来事が流れ始めた。

三途の川中腹の写真


その日の早朝、僕の心は空を切る号令を聞いていた。無論、ハネウマのように乱暴なドライヴを所望していたからだ。鈍痛と黄金の精神が僕を現実世界へと引き戻す。ギア4を使用できなければ当然ハネウマライダーへの道が閉ざされる事になる。ここで立ち上がらなければ、僕の夢は絶たれるのだ。
朦朧とした意識の中で精一杯の力を振り絞るが体は言うことを聞いてくれない。ヨロヨロと立ち上がろうとする僕に無情にもスリーカウントを取るべく佐々木さんがフォールに入った。
試合時間1R5秒。スパナ殴打→片エビ固めでIWGPインターコンチネンタル選手権は幕を閉じた。無念。僕はハネウマライダーの夢と共にインターコンチネンタルのベルトまでも失ったのだった。

新日本プロレスより引用

そんな納車時の約束もあり、僕はまだ4速での走行をした事が無い。バイクは生活を助ける便利な乗り物ではあるが、同時に人を殺す道具にもなりうるという事なのだろう。この約束は僕を守るための佐々木さんからの無償の愛なのかもしれないな。2回しか会ったこと無いけどね。
4速が使えない事は確かに残念だが、こう考えてみて欲しい。逆に3速も使えるのだと。あのサスケですら中忍試験篇までは1日に2回しか千鳥を発動する事ができなかった。ところが僕はどうだ。バイク乗りでいうところの下忍であるにも拘わらず、すでにギアを3速まで上げる事ができる。サスケと僕の実力差は火を見るより明らかだ。前向きに行こうじゃないか。

『NARUTO -ナルト』作者:岸本斉史 集英社より引用


そんな事を思いながらハネウマ・ドライヴを続けていると市街地を抜けて大きな道路に出た。ついに国道vs僕のクライマックスシリーズが幕を開けるのだ。強敵との対戦に胸を踊らせていた僕は正直ガッカリしていた。国の名を冠する道の実力は往々にして大したことが無かったからだ。時刻は20時過ぎという事もあってか車両はかなり少なかったし、何なら普段走行している道路よりも道幅がずっと広いので運転がしやすかった。
相手にならんと高を括った僕は黒崎一護の如く、こんなもんかよ…とcv森田一成モードで呟いた。ついでに国道への勝利記念にバイクコールでエレクトリカルパレードをブチかましてやった。あんまり上手くはできなかったので自分の口で2回くらいやり直した。無論、cv森田一成のままでだ。
順調に思えた道中だが、ちょっとしたアクシデントもあった。僕の声がcv森田一成から元に戻らなくなってしまったのだ。カッコイイ声だしむしろプラスだろ。とも思ったのだけれど、やはり自分の人生のcvは自分で努めたい。大切な物はいつも失ってから気づくのだ。

『BLEACH』作者:久保帯人集英社より引用


何とか元に戻らないものかと色々試していると、ギアを3速に変えたところで自分の声が帰ってきた。変なの。ついでにシフトアップを行った事で車体はこの日の最高スピード時速25kmに到達した。衝撃的な速さだ…!
けれど新世紀エヴァンゲリオンでゲンドウとリツコが愛人関係にあった挙句、リツコの母親ともゲンドウは関係を持っていた事が明らかになるシーンの方がもっと衝撃的だったなぁと同時に思った。どうやら僕の中では時速25km<ゲンドウ凸リツコ凹であるようだ。

新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君により引用

国道(攻略済み)を暫く進むとかんちゃんと僕の他に走行する車両はほとんど居なくなっていた。そして何故か僕の頭の中には4という数字がおぼろげながらに浮かんできた。なんだ、小泉進次郎の仕業か。それも仕方ない。だって僕は時速25kmという甘美なスピードの味を知ってしまったんだから。この速度を知っているのといないのでは「別の人の彼女になったよ」の別の人側の目線で描かれるストーリーくらい何もかもが違うのだ。
もう此処で終わってもいい。僕はクラピカもドン引きするほど緩めの制約と誓約を決め込み、悪の道への二段階右折と洒落込んだ。刹那の瞬巡、バイク屋の佐々木さんとの約束が脳裏をよぎったが今の僕と世界のスピード(時速25km)には到底追いつけやしなかった。

クロスカブ50のメーター


左足のシフトペダルをめいっぱい前に踏み込む。ついでに呪力は腹で、反転術式は頭で回しておいた。我ながらマメな漢だ。バイク屋の佐々木さんとの約束が破られると国道に潜む悪魔がニヤリと笑った。そう。国道の悪魔は微笑む相手を選ばない。
ギア4(フォース)!僕とバイク屋の佐々木さんの集いし願いが新たに輝く星となり、光指す道となった。シンクロ召喚である。
車体は音速を超えて恐らく光になった。速度計は時速30kmをマークしている。マジでフルスロットルだ。
僕は電車でGO!で培った運転ダイヤの調整スキルと直接脳内に語りかけてくる「左!左に伸ばそう!」という謎の漢の声だけを頼りに運転を続けた。対岸は見える。でもコレはダメなんだろ。聞こえる?桂。GPSの信号が無い。

鳥人間コンテストより引用

そんな限界ドライヴの最中、後方から1台の車が突然姿を表した。あまりのスピードに悪魔のZかなぁと思ったら普通のプリウスだった。残念である。
プリウスは車線の少し右側に寄って走行し、すぐに僕を射程圏内に捉えた。速すぎる。僕のDホイールは既に光の速度(30km)に達しているってのに。嘘だろ。追い越されるのか…!?
全てを悟った僕は車線の左端を減速しながら走行した。すると「光のプリウス」は優しく僕を追い越し、おそらく感謝の証であろうハザードを焚きながら暗闇の中へと消えていった。こちらこそありがとう。それしかいう言葉が見つからなかった。
もしも光のプリウスが追い越してくれなかったら、僕はきっと、スピードの世界に囚われたまま二度と帰っては来られなかっただろう。
ギアは2速。時速20kmで国道を進む。次の信号を曲がれば待ち合わせ場所まであと少しだ。
心地よい夜の風と金木犀の香りがそっと僕の背中を押した。

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