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久留米青春ラプソディ vol.6

(汗と涙の野球部物語 編 第5話)

中学校を出るとすでに日は暮れ、少し肌寒い風が僕を通りぬける。

いつもとは違う帰り道。鈍行しかしか止まらない地元の小さな駅をすぎると、長い下り坂が見えてくる。

その坂を降りると右手にウメが住む小さなアパートが見える。

小学生の時に何度か遊びにきたことがあるこの場所にこうして訪れてみるとなんだか不思議な気持ちになった。

僕は自転車を止めると2階の部屋の窓を見上げた。

あそこだ。

部屋番号は覚えていなかったが、2階の左側だということは映像として記憶に残っている。階段の前にはウメが乗っているヤンキー仕様にカスタムした自転車が停まっている。どうやら家にいるようだ。

「よし。」

僕は勇気を振り絞って、階段を駆け上がった。

インターホンを押すと、「は〜い。」と甲高いウメのおばちゃんの声が聞こえた。

おばちゃんはドアを開け、僕の姿を見てびっくりしたようにこういった。

「あら?!大ちゃん!久しぶりやんね〜!」

背が伸びた、とかお母さんは元気してるか、とか一通りまくし立てたあと、我に返ったのか、ようやく「今日はどうしたんね?」と聞いてくれた。

僕は言った。

「ウメおる?ちょっと話がしたくて。」

一体なんの話なのか聞きたい様子だったが、おばちゃんは一瞬考えた後、ちょっと待ってね、と奥に消えた。

その後ろ姿に、僕は「おばちゃん!俺、下におるけん!」と言うと、「はいはい〜」と軽快に返事をした。

1階に降り、暗がりの中に少し座れるスペースを見つけたので、そこで待つことにした。

5分くらい経ったのだろうか。ようやく玄関が開く音がした。

階段を降りる音が聞こえる。カカトを踏んで歩くヤンキー特有の足音がした。その音でウメが降りてきたことがわかる。

ウメは僕を見つけた。

「おう。どげんした?」と言った。

その顔は予想外に笑っていた。家まで来たことに腹を立てることも想定していただけに僕は意外に思った。

ウメは胸ポケットからおもむろにくしゃくしゃの煙草を取り出し、火をつけながら、しんどそうに座った。

僕もなぜだかとっさに「1本よか?」と言い、煙草に火をつけた。

「お前、煙草吸うっけ?」とウメは笑いながら言った。

僕は「たまに。」と目一杯かっこつけて言った。

久しぶりにふたりで話した。

いきなり野球の話にはならず、学校のことやムカつく先生のこと、家族のことなどたわいもないことをたくさん話した。

学校ではいつもふてくされたような態度のウメ。でも、その日のウメはよく笑う昔のまんまの、いいやつだった。

そして、ウメはトラックの運転手をしている父ちゃんの手伝いをしていること、パートに出ている母ちゃんの代わりに小さい弟のご飯を作ったりしていること、そんなみんなが知らないウメの一面を教えてくれた。

そして2時間くらい経った頃、2階から「あんたたちもう10時になるよ〜。」とおばちゃんの声がした。

時計を持ってなかった僕たちはそんなに時間が経ったことに驚いた。

そして、僕は煙草の火を消しながら、本当に伝えたいことをいたってシンプルに伝えた。

「もう一回、みんなで野球しようぜ。」

ウメはそれを聞いて、ゆっくりと煙を吐き出しながら、ジッと空を見上げた。

「考えとくわ。」と言って、指先で器用に煙草をポンと飛ばした。

僕も「わかった。」とだけ告げて、自転車にまたがった。

2階に上がっていくウメの後ろ姿に「ちゃんと学校は来いよ!」とだけ言った。

するとまたダルそうに「はいはい。」とだけ応えた。

その日の帰り道。僕は嬉しかった。

ウメが野球部に入ってくれるかどうかというよりも、あいつが昔のまんまのあいつだったことが嬉しかった。

もし、野球部に入らなくても、それはそれであいつはあいつなりに頑張ってる、そう思うことにした。

そして、それから数日が経った。ウメがグラウンドに来ることはなかった。

やっぱりどこかで期待していた部分もあり、少しショックだったが、今は目の前の練習に集中しなければならない。

即席キャッチャーのおにぎり君にやや物足りなさを感じながら、練習に励んだ。チームは変わらず高いモチベーションを維持していた。

すると、ウメの家に行ってから1週間後。突然、その時は訪れた。

練習を始めようとグラウンドに向かっていると、バックネットあたりにユニフォームを着たやつが座っているのが見えた。

「ん?誰か来とるばい。」おにぎり君は目をこらしながら言った。

少しずつ近づいていくとその特徴的なシルエットでハッキリと誰だかわかった。リーゼントスタイルに前髪だけをちょろっと出したヘアスタイル。そして、その上にちょこんとのった野球帽。

鍛え上げられた見事な逆三角形の上半身に、筋立った二の腕。馬のようにしっかりとした下半身。

あいつだ。

あいつが来た。

僕は嬉しさのあまり飛び上がりそうになるテンションを必死で抑え、深く深呼吸をした。

そして、冷静を装いウメの前に立った。

「遅せぇな。」ウメは照れ臭そうにそう言った。

「お前こそ遅かやん。」と僕も笑った。

明るい俊足君がウメの肩を抱いて、歓迎した。

クールな抜群君は「ウッス。」とだけ言ってひとりランニングを始めた。

のんびり屋のジャンボ君は「ウメのユニフォーム姿、久々やね。」と言って笑った。

そうして、最強の4番バッターかつ強肩キャッチャーのウメが仲間に加わった。

僕の妄想スタメンオーダー表に大きな赤丸がついた。

数ヶ月前はもはや崩壊していたと言える我が野球部。でも、これでなんとか主要なポジションは守れる。攻撃も1番から5番まではつながりのある打線が組める。

ようやくスタートラインに立てた気がした。

最後の大会まで、残り2ヶ月。

僕らの快進撃が始まる。

<<最終話へ続く>>

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