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久留米青春ラプソディ vol.7

(汗と涙の野球部物語 編 第6話)

ウメが入部してから、野球部は一段と野球部らしくなった。

特に1年生は<抜群君>のセンスあるバッティングとフィールディングに目を輝かせ、<俊足君>のセフティバントを度肝を抜かれた。ジャンボ君の打球は、はるか対面のソフト部女子を何度も直撃した。

僕はウメとブルペンで久しぶりのバッテリー練習を開始した。小学生時代からから20センチ以上背の伸びた僕のストレートを久しぶりに受けたウメは「痛ぇ〜」とキャッチャーミットを外しながら笑った。

そして、変わったのは経験者メンバーだけではない。

1年の頃からたった3人の同級生メンバーとして、一緒に頑張ってきたお猿君も持ち前の運動神経で守備、バッティングともに目をみはる成長を見せ、レギュラーとして存在感を放つようになる。

ただ、キャプテンおにぎり君だけは、希望したキャッチャーをものの2秒でウメに奪われ、ファーストに回るも経験者のジャンボ君にその座を奪われ、いつの間にかライトにまで左遷された。結果、1年生とスタメンを競い合うという状況に追い込まれ、僕は少しだけ彼に同情した。

そんなこんなで、僕らは大会に備え、より実践的な練習を求め、大会まで4試合の練習試合を組んでもらった。

生まれ変わった野球部での最初の練習試合。K中学校との対戦だ。K中学には経験者メンバーが入る前の練習試合で12-2でズタボロに大敗した相手だ。

1試合、25エラー。ピッチャーの僕がどう頑張っても試合になる状況じゃなかった。

僕はその時の記憶が蘇りフツフツと闘志が湧いてきた。あいつらのバカにしたような視線は忘れることはない。

自転車でK中学校に乗り込み、いざグラウンドにたった。

すると、そこには思いもしない光景が広がっていた。

20名はいただろうか。色とりどりのヤンキーがバックネット裏に陣取っていた。

僕らが登場するなり、「何やお前ら!」「何ばこっち見よるよや、コラ!」などの怒号の嵐。それはそれは、完全なるアウェーだった。

忘れてた。K中学校は市内でも指折りのヤンキー中学だった。

「あぁ!」といちいち反応するウメをなだめ、恐怖でプルプル震えるおにぎり君に檄を飛ばし、僕らはウォーミングアップを開始した。

K中学校は5つくらいの小学校が一つになった大きな中学校で、そこには少年野球時代にならした競合チームの猛者どもが一つの中学校に集まってスタメンを形成している。特にピッチャーはかつて全国大会に行ったS君という有名選手でもちろん中学でも絶対的エースとして君臨していた。

ただ、相手選手も我が野球部に新たに加入した見慣れないメンバーを見て、「あいつらってもしかして・・?!」という顔でこちらを見ている。

そう、抜群君、俊足君、ジャンボ君、そしてウメ。彼らもS君同様に少年野球時代に常勝軍団のレギュラーとして、名を馳せたメンバーなのだ。

これでメンバーは五分と五分。

いざ、試合開始だ。

1回の表。1番、<抜群君>。

抜群君には少年野球時代、ある必殺技があった。それは試合開始の第1球目、ピッチャーからすると落ち着いてストライクを取りに行く初球をぶっ叩いて、相手を萎縮させ、流れを一気にこっちに持ってくるというもの。

ただ、ブランク明けの1試合目なので、それは流石にやらないか、と思いながら僕はベンチから見ていた。

しかし、その初球。

S君の伸びのあるストレートをパキーン!と勢いよくセンターにはじき返した。「こいつ、やりやがった!」僕は思わず立ち上がった。

悠々と一塁に到達し、<抜群君>はクールに小さなガッツポーズをした。まさにイチロー選手を彷彿とさせるその姿に惚れ惚れした。

そして、2番。<俊足君>。

<俊足君>は<抜群君>とは対照的にいやらしいタイプのバッターだ。ボール球には決して手は出さず、際どいとこはファウルにする。そして、じっくりじっくり相手を追い詰める。

カウント3ボール1ストライク。5球目。

1塁にいた<抜群君>がスタート切る。盗塁だ!「走ったー!」と叫ぶ相手内野陣。ランナーに内野手全員が気を取られてしまった瞬間・・。

<俊足君>の必殺技、セフティバント。1塁線に転がした見事なバントだった。慌ててピッチャーが捕球し、1塁に投げるも韋駄天のようなスピードで俊足君は駆け抜け、セーフ。

そして、さらに次の瞬間。

スタートをきっていた<抜群君>が隙をみて、あっという間に3塁に到達。

相手内野陣は声も出ない。圧倒的なテクニックとスピード。この2人の前になすすべなく呆然としていた。

さっきまでワァワァ言っていたバックネット裏のヤンキーもその一瞬の出来事に静まり返った。

そして、いよいよ3番。僕の出番だ。

ランナー1・3塁。そして、初回。

やるべきことはわかっていた。

少年野球時代から3番だろうが、4番だろうが、点が取れる時には貪欲にバント、スクイズで確実に点を取る野球を叩き込まれた。個人のプライドはいらない。チームとして点を取ること、それが僕たちが植えつけられたプライドだった。

何百回、何千回とこういう場面を想定して練習してきた僕は冷静にスクイズを決め、なんともあっさり先制点をもぎ取った。

盛り上がるベンチ。僕はベンチに戻りながら、拳を突き上げた。

そして、次はあいつの番だ。

ゆっくりと立ち上がり、バッターボックスへ向かう。

バットを頭の上でグルグル回すスタイル。昔から変わらないウメの独特なルーティーンだ。まるでプラスチックのバットかと思うほどに軽々しく、バットを操るその姿は、そりゃ相手ピッチャーからするとどれだけ恐ろしいだろう。

4番、ウメ。1アウトランナー2塁という状況で登場だ。

相手のキャッチャーが立ち上がり、声を張り上げる。

「外野〜、バックホーム!」

2塁ランナーがホームに戻るのを防ぐシフトをとる。外野は2、3歩前進。

僕はそれをみて思わずニヤけた。ウメ相手に前進守備?やめとけ、それは自殺行為だ。

そして、ウメに向かってベンチからこう叫んだ。

「ウメ、外野前進げなぜ〜!ナメられとるぜ〜!」

ウメは振り向くことなく、バットをブンブンと2回振り回した。

1球目カーブ、2球目外角のストレート、3球目外に外れるカーブ。一応は長打を恐れているのだろう。外角中心の攻めだった。

「おい、コラー!立っとくだけかお前!」。一度もバットを降らないウメに対し、ベンチ裏のヤンキーたちのヤジが響き渡る。

カウント1ボール、2ストライク。

そして、次のボール。いわゆる釣り球と呼ばれる三振をとるための、高めのストレート。セオリーなら決して振ってはいけないボールなのだが・・。

ドン!!!

鈍い音とともに、打球は左中間を遥かに超えて小さくなった。

グラウンドの端まで到達したのを確認し、審判がホームランのジェスチャーをした。

静まり返るグラウンド。遠くに響くブラスバンド部の音。あれだけやかましかったヤンキーも口を大きく開けて声も出ない。

ツーランホームラン。

ベンチから湧き上がる歓喜の声。ウメはゆっくりとダイヤモンドを一周した。喜ぶでもなく、淡々とホームを踏んだ。

「ナイスバッティーン!」

ベンチでウメを迎え入れる。「すげー!」「どこまで飛んだよ!」みんなの興奮に揉まれながら、

「俺もナメられたもんやね。」

そういって照れながら笑った。

その後も徐々に点を重ね、相手の反撃をなんとか阻止し、結局、6-2で僕らは勝利した。

久々の勝利だった。

そして、みんなにとっては最初の勝利だった。

僕は充実感と心地良い疲労感で身体が満たされるを感じた。

K中学からの帰り道、いつもは嫌になるトラックばかりの国道も、変な臭いのする工場地帯も、その日は何だか愛おしく思えた。

野球が楽しい。野球が好きだ。

純粋にそう思い出させてくれた1日だった。

そして、残りの練習試合。勢いにのり、一つになった僕らは、3戦3勝という最高の結果で終えることができた。

それから約1週間後。

最後の大会のトーナメントが発表された。

ここ最近の練習試合で「僕らは強い」。そう自信をつけた僕はワクワクしながらトーナメント表を開いた。

しかし、そのワクワクは一瞬にして絶望に変わった。

僕らの1回戦の相手は、優勝候補との呼び声高い、市内屈指の強豪校J中学校だった。

「おい、まじか・・・。」

おにぎり君は抽選でそこを引いてしまった責任を感じたのか、その顔はゆかりおにぎりのように青ざめていた。

そう、僕ら即席野球部が最後の大会で挑むのは、奇しくも市内最強のJ中学野球部となった。

いよいよ、僕らの最後の夏が始まる。

<<続く>>
*全然、終わりきらんやった。すいません。笑

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