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【落語小説】あやかし妖喜利物語 第三席 落語の国

落語の国

 バカな与太郎にも分かりやすいようにキセガワが説明してくれた。

「いきなりこんなところに連れて来られて戸惑っているのも分かるわ。でもね、人が突然異世界に連れて来られるのは、昔から日本じゃよくあることなのよ。子供の頃にそういうアニメ見たことない?」

(おいおい、そりゃあ誘拐とか拉致とか言うんじゃないのか)
 と与太郎は思ったが、キセガワは構わず後を続けた。

「お察しだと思うけど、ここはあなたが元いた世界じゃない。現実世界と並行して存在する異世界よ。誰が言ったか知らないけど、私たちはここをラクゴ国と呼んでいるわ」

「ラクゴ国…。あっ、だからこんな落語に出てくるみたいな世界なのか」
「違うわよ。落伍者しか入ってこれないからラクゴ国」
(何だその落語的洒落は)

「ラクゴ国の人々はこれまで平和に暮らしていたわ。貧乏だけど、慎ましやかで人情厚く、お互い助け合ってやってきたの」
(ふむふむ)

「そそっかしくて喧嘩っ早く、ただで酒を飲むことを考え、お上の目を盗んでは博打に精を出し、商売女に入れ上げて親から勘当されたりしながら」
(ロクな奴らが住んでいないな)

「そんなラクゴ国の住人が、一番好きなのが妖喜利バトルよ」
「何だい、その妖喜利バトルってのは」

「あなたの世界にも似たようなのがあるでしょ?座布団の取り合いっこしてるのが」
 そのテレビ番組なら与太郎も見たことがある。誰もが知っている国民的な長寿番組だ。

「あれと同じようなものだと思ってもらえればいいわ。ラクゴ国の住人はよく妖喜利バトルをやって座布団の取り合いをしているの。座布団は私達妖怪にとって妖力の源。座布団を多く持っていればいるほど、強い妖怪なのよ」

「妖怪?」
「そう、私たちラクゴ国に住人の正体は妖怪」

「うわっと!」
 与太郎が驚いたことには、エンチョが馬の姿に変身していた。見事な馬面が着物を着ている。

「驚いたかね。私の正体は馬の妖怪じゃよ。普段は人間の姿をしておるがの」
 ガハハとエンチョは豪快に笑った。

「じゃあ、あんた、キセガワさんもかい?」
 ポンっとキセガワも変身する。与太郎がほっとしたことには、かわいらしい妖精の姿であった。

(良かった。砂かけババアみたいだったらどうしようかと)

 すぐにまた人間の姿に戻る二人。

「それよりあんたも自分の姿を確認しなさい」
 キセガワが鏡を示した。見ると、みすぼらしいおっさんではなく、みすぼらしい若者の顔が映っていた。

「何だ、このマヌケ面。いかにもバカっぽい」
「あんたにはこれから妖喜利バトルを勝ち抜いてもらわなきゃいけないから、それに相応しい姿になってもらったわ」

 ※馬…五代目三遊亭圓楽師匠とは無関係。

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