見出し画像

人々のつながりを取り戻すための入り口に。ベトナムの都市と地方をつなぐLiiily Asiaの「街の図書館」構想

2021年、私はベトナムでコミュニティ開発の会社「Liiily Asia」(以下Liiily)を立ち上げました。

Liiily Asia 代表 稲葉健人(いなば・けんと)

日本とベトナムは、よく似た状況に置かれています。生産地である地方の経済が、都市部にものを売ることで成り立っており、都会に依存している状況です。

日本では「町おこし」「地域経済の活性化」の必要性が叫ばれていますが、なかなか有効な解決策が生まれていません。そしてベトナムでは日本以上に、地方にいる生産者と、都市部に住む消費者のコミュニケーションが希薄で、どう関わればお互いの暮らしがもっと良くなるのかが、見えていないのです。

こんな状況の中で、どうすれば日本やベトナムの地域経済や人々のコミュニケーションを改善できるのか。

その課題に向き合ったとき、Liiilyはベトナムに「街の図書館」を立ち上げようと考えました。この図書館は、ただ情報が集まり、閲覧できるだけの場ではありません。生産者、消費者、地元や都市部の企業などが交流でき、お互いが持っている価値を認め合い、みんなで豊かになる仕組みを作っていく場です。

ベトナムでこの事業が成功すれば、それはきっと日本の地方創生にも役立つはず。そんな「街の図書館」構想について、詳しくご紹介します。


ベトナムの地域経済と生活文化を守る、Liiilyの挑戦

ふるさと栃木と似ていたベトナムの現在

私がベトナムで起業したきっかけは、私の地元である栃木県那須町が抱えているのと同じ問題を、ベトナムで感じ取ったからです。前職でベトナムに赴任している間、友人の実家がある村をバイクで巡り、行く先々で地方に住む方々の話を聞いていました。

すると出てくる愚痴が「若い人がいない」「国は何もしてくれない」といった感じで、那須町と同じだと気づいたんです。しかもベトナムは社会主義の国で、消費者が自分から何かを変えるためにチャレンジする発想がほとんどありません。一方で経済は資本主義寄りで、競争社会となっているんです。

都市部で働いている人も地方の生産者も頑張っているのに報われず、疲れているように見えます。そんな現状を解決するために、自分にできることをしたいと考えるようになりました。

生産者と消費者、地方と都市のコミュニケーション不足

ベトナムは、愛国心や家族愛の強いお国柄でありながら、地方と都市の関係性が希薄です。地方と都市の人と人の関係性を紡ぐビジネスがなく、生活する上での関わりがほとんどありません。

例えば農業生産者は、ひたすらその時々に売れる野菜を作り、都市部や中国に売るだけ。都市部の人は食卓に乗る野菜がどこからやってきているのかを全く知りません。

またベトナムには、日本のような農産物の生産基準や農薬の法律といったものがほぼなく、消費者にも「安心で安全な野菜」を求める視点がないのが現状です。生産者も、どうすれば良い野菜が作れるかを、知ろうとしたり考えたりしていません。

「若い人がいない」と嘆きながら、若い人が農業を始めるための取っ掛かりもないし、学ぶのに必要なデータ等の蓄積もありません。「これがベトナムの野菜だ」と誇りを持って作り、それを感じて食べられるような仕組みができていないんです。

このような「都市と地方、生産者と消費者の乖離」「人々のつながりの希薄さ」「生産者の仕事の価値が高まらない」といった課題を抱えるベトナム社会をこれからどうしていくのか。

この課題を考えた時、単に「付加価値のある野菜を作って高く売ればいい」といった点での解決ではなく、もっと全体的に、ベトナム国民が自らシステムチェンジしていくことを後押しする取り組みを行いたいと思いました。

その事例を積み上げれば、似た問題を抱える日本の地方にも活かせるのではないか。そんな思いから、今回の「街の図書館」の構想が生まれました。

ベトナム農業と地域経済の可能性を広げる「街の図書館」

「街の図書館」は、まずはインターネット上に、生産者や消費者、企業や投資家などが集い、学んだり交流できる場を設けることから始めます。

そこでは、生産者が一方的に情報を発信したり、野菜を販売するだけではありません。利用者が、それぞれに必要な情報を探しに来るだけでなく、今まで気づかなかった可能性に出会えるようにしたい。まさに図書館のように、誰もが様々な選択肢と出会い、気軽に手に取れる場にしたいんです。

そして利用者同士の交流を育むことによって、ベトナム社会で失われつつある人と人、都市と地方の関わり合いを回復させる存在でありたいと思っています。


都市に住む消費者と生産者をつなぎ、新たな価値を生み出す

この図書館は、消費者、生産者、企業などそれぞれの立場の利用者にとって、さまざまな価値を持つと考えています。

まずは都市部に住む消費者。彼らは都市の汚れた空気の中で、土に触れることもなく、日本以上に地方と切り離された生活をしているんです。

しかしある調査では、都市に住む人々の6割ほどが、地方での暮らしを望んでいるという結果も出ています。心身ともに、都市にはない健康的な環境を求めている人は多いんです。

そんな消費者にとってこの図書館は、地方を知り、訪ねていくための窓口。具体的には、野菜の収穫ツアーや民泊施設での受け入れなどを考えています。自分にとっての「新しいふるさと」との出会いを生み出し、人々のつながりや心のゆとりを取り戻していきたいです。

都市部の消費者には、この図書館での学びや交流を通じて、普段食べているものに改めて目を向けて欲しいと思っています。野菜やコーヒーなどを、誰が、どこで、どういう想いで、どうやって作っているのか。それらの要素が、物を買うときの価値基準になると知ってもらいたいです。

消費者たちがベトナムの土から生まれるものの価値に気づくことは、結果として、ベトナムの美しい大地を守ることにもつながるでしょう。

また、消費者との交流は、地方に暮らす生産者の望みでもあります。彼らは自分たちの仕事を知ってもらい、実際に見に来てほしいと強く願っています。

自分たちの農場が観光の目的地となるよう、バラの植栽で美しくするといった取り組みをしている人もいるんです。図書館は、交流における消費者と生産者のマッチングも可能にします。


生産者のための情報共有と直販システム

図書館の基本である情報収集の機能も生産者にとっては重要です。その情報は、農薬の規準や、味を高める方法など、科学的なものだけではありません。彼らにとって身近な「隣町の人はどうやっているんだろう?」といった、交流を含めた学びを促したいと考えています。

もちろん、ECサイトの機能も備え、生産物の直販システムも整えます。ベトナムでは農作物を売るときに多数の中間業者を経由するために、生産者たちの収入は増えにくいのが現状です。交流、情報収集、販売などのさまざまなアプローチによって、生産者の暮らしや経済の改善につなげていきます。

地域の生活文化を守り、持続可能な地域経済を育む

また図書館は、今まで誰も記録してこなかったさまざまな生活文化を保存するのに適しています。競争社会へと移り変わるベトナムで、放っておけば失われてしまいそうな生活文化を守っていくという点で、図書館は社会的な価値も生み出します。

この「文化の保存」機能は、単に記録を残すことだけにとどまりません。例えばベトナムの主要生産物であるコーヒー。ベトナムのローカルでは過去100年ほどの間、ベトナムの土地柄に合ったロブスタ種のコーヒーを生産し、カフェ・フィンと呼ばれるフィルターで濃いめに抽出して一杯のコーヒーを楽しむ生活文化が培われてきました。

ほぼ毎日カフェに行く習慣があり、住民同士で顔を合わせて、コーヒーを飲みながら情報を交換したり、会議したり。コーヒーを飲む生活文化が、憩いの場をもたらすと共に住民や外から来た人たちの繋がりの場になってきたんです。

しかし昨今、欧米で主流のアラビカ種が広まって、このままではベトナムのコーヒー文化が失われてしまうのではないか、と危惧する人や企業も存在するんです。つまりそれは、築いてきた居場所が失われつつあり、地域内外での繋がりが希薄化しつつあるということです。

このことに危機感を感じている人や企業は、コーヒーを買うときに、味や価格だけではないモノサシで選びたいと考えます。彼らにとって街の図書館は、繋がりを求める消費者と生産者との出会いの場にもなります。

ゆくゆくは街の図書館がきっかけでロブスタ種の一杯のコーヒーを飲んだ時に、「カフェの店主は元気にしてるかな」「店を訪ねてみようかな」といった背後にある情景まで想像できるようにしていきたいです。コーヒーを愛する生活文化が暮らしに残っていくだろうし、それはLiiilyが目指すべき目的地なのだろうと思っています。

こうして地域や生産者に繋がりがもたらされるようになれば、生活文化や経済的な観点から地域の持続可能性も高まっていくはずです。街の図書館はこのように、いまベトナムにある課題を多方面から解決するための知恵や情報、交流する人々が集まる場としていきます。


Liiilyが目指す未来

「街の図書館」が描く3つのステップ

このような「街の図書館」構想ですが、事業としてまず着手するのは、この図書館に興味を持ってくれる人がどれほどいるかの検証です。

私たちの描くビジョンが、実際にベトナムの地域経済にあらたな価値のモノサシを提示し、社会をより良いものにする力を持っていたとしても、ベトナムの人々自身に利用されなければ意味がありません。

そこでまずは、野菜やコーヒーの販売によって人々の興味を集め、イベントを開催することで、ベトナムの人々が実際に交流のための行動を起こすのか、確かめていきます。

その検証を踏まえたうえで、ステップ1としてインターネット上に「街の図書館」を立ち上げる考えです。

街の図書館では生産物の直販システムだけではなく、さまざまな形の交流を想定しています。

例えば、都市から地方への入り口となる、旅行的な要素のあるイベントの企画です。まずは気軽にいろんな地域を知ってもらい、その中で好きになった町があればその地域の野菜を買ったり、移住したり等の選択肢が広がります。

消費者と生産者との交流が盛んになってくると、「もっと美味しい野菜がほしい」「安全な野菜がほしい」といった要望が消費者から出てきます。消費者から直接届く声は生産者の原動力になり、新しい価値を産み出せる農業へのチャレンジを考えるようになるでしょう。


また、ステップ2として、コミュニティのなかで使える通貨「トークン」によって、さらに地域経済を活性化することを考えています。ベトナムにはまだ「地産地消」による地域内での経済の循環が続いている地域が残っているんです。

ここに、その地域ならではのトークンを導入すると、地域経済がよりいっそう活性化します。またその地域の外からでも、トークンによる生産物の購入や寄付を通じて、地方と都市部の経済的な結びつきを保つことも可能になります。このトークンを事業化することも目標です。


Liiilyが目指すのは、希薄になった人々のつながりを回復させること

この街の図書館構想において、Liiilyが務める役割をさらに具体的にご説明します。

街の図書館では農作物の直販も行う予定ですが、単に野菜を売って、生産者や消費者から一時的な利益を得ることは本筋ではありません。

Liiilyが一番やりたいのは、希薄になってしまった人々のつながりを回復させ、みんなで豊かになることです。

そのためには、何をするべきでしょうか。

まずは、今までベトナムにはなかった観点、ベトナムの人たちが知らなかったアイデアを示し、新しいビジネスを生み出していきます。とくに、地域に仕事を作り出すことです。

今は都市部で働いているけれど、本当は地元に帰りたいと考えている人は、そこに仕事があれば実行に移せます。ふるさとの産業を都心部に持ち込んで応援したい人もいるでしょう。そんな場面では、Liiilyは人や仕事のマッチングを行います。

また、地域の価値を高めるための一つの策として、そこで作る生産物のための、新しい評価基準をつくることが考えられます。味さえ良ければ高く売れる、といった既存の資本主義的な基準とは別の、新しい基準を作るところから始めるのです。

その際には、衛星データを扱うベンチャー企業や大学の研究室との提携など、多方面の人と技術をLiiilyが集め、プロジェクト化していきます。このようにして都市部に依存するだけではない、地域ならではのビジネスを育てていきたい。持続可能な地域づくりの成功モデルを生み出していけば、その事例やデータは日本の課題にも応用できるはずです。

「街の図書館」構想は、ベトナムで、そしていずれは日本で、人々のつながりを取り戻すための入り口です。

人や土地とつながることによってもたらされる心の豊かさは、新しい産業や価値を育てる力にもなるでしょう。そして経済的な豊かさを手にすることができれば、心はより満たされるはずです。

そんな循環を生み出すための最初の一歩を、Liiilyは踏み出そうとしています。


この記事が参加している募集

ふるさとを語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?