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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第20回 見上げてごらん市政府ビルを

(61)いまぼくが歩いている街路は、広場大道(グワンチャンダーダオ)という。右手に常州市政府、左手に市民広場というロケーションである。市民広場は東西にシンメトリーな構造で、東に常州大戯院、西に常州博物館、そして中央に遊歩道をめぐらせた緑地を配す。大戯院のほうは伝統劇に現代劇、音楽会のためのホール、それにシネマ・コンプレックスを併設している。現在どのような公演が行われているのか気になるが、こちらも市の威信を具現化した巨大な館である。およそ南北200米、東西100米という中国らしいわがまま寸法だから、わざわざエントランスへ回るのも億劫(おっくう)である。ここはまっすぐ博物館に向かう。なお、途中で見つけた屋外看板には、雲南省出身の舞踏家・楊麗萍(ヤン・リーピン)による「春之祭」という演目が予告されていた。いつか動画サイトで彼女の公演を視聴したことがあったので、その名前には見覚えがあった。

(62)さてと、車道の向こうに視線を転じよう。市政府ビルはツインタワーで、高層階に渡り廊下をもつ構造である。外壁の感じや色合いなどは、どことなく我らが東京都庁を彷彿(ほうふつ)とさせる。現代的でシュッとしているのだ。進んでいって二棟の隙間がのぞける位置まで来ると、アラ不思議、あの上海有数の高層ビル、金茂大厦(ジンモーダーシア)みたいなバブリーな高層建築が、ツインタワーを特大の額縁としてニーハオと現れる。これこそ万豪酒店(マリオットホテル)も入居する、常州現代伝媒中心(メディアセンター)である。2013年完工の58階建て。市内随一の高さ333米を誇り、常州第一高楼と称される。おおよそのシルエットは紐育(ニューヨーク)の帝国大厦(エンパイア・ステート・ビル)とドコモ代代木大厦(ビル)にも似て、仔細に見れば雲南の石林(カルスト地形の奇岩景勝地)のごとき特徴をもつ。ブラタモリ風にジオっぽくいえば、まさに柱状節理。いざ親の仇(かたき)とばかり、刀で何度も垂直に斬りつけられたような外観。斬新といえば斬新な建築である。いや、貶(けな)しているのではない。これがかなり格好良いのだ。中華ビルヂングの形体は、どうしてかくも前衛的なのか。興味と驚きは尽きない。高さにしても、現代伝媒中心は大阪のあべのハルカスを超えているのだが、中国国内の序列ではこれが上位20位にも入らないという。しかも超高層建築の計画の名乗りは、他にもまだまだ伝え聞こえてくる。いやはや、中国各地の投資家・権力者がプレイする、リアルな新世紀シムシティ、おそるべしである。バベルの塔レースは、もう誰にも止められない。

(63)ようやく人民政府の正面に到る。このビルも、「天子ハ南面ス」の思想どおり南向きである。よくある地元政府や共産党委員会の古い建物だと、たいていは前庭を持つ白亜(はくあ)の中層建築で、高い鉄柵と樹木で目隠しをされているのが常だ。門には必ず、なんとか局、なんとか委員会といった内在する各種機関の表札が出ていて、脇に見張りの者が配置されている。そして彼らは例外なく、峻厳な歩哨(ほしょう)のたたずまいである。街中のゆるい風景と同化した、いわゆる警備員さんの姿はもちろんそこにはない。対して、目の前の建物は少し趣が異なる。やはりどこまでも近未来的なのである。正面エントランスには巨大な覆いをもつ車寄せがしつらえてあって、その奥はインテリジェンスビル然とした風体の二棟がそびえる。また公道と敷地内とを分かつ、長い長いアコーディオン型のフェンスはなぜかぴたっと閉じられていて、それが非常に近寄りがたい空気を生んでいる(もとより接近する意思は毛頭ないのだが)。そのほか、車道越しに微(かす)かに見えるのは、よく手入れされた花壇と植木、左右一対の獅子の像くらいのものである。あと、車寄せの屋根のふちには、中国の国章、すなわち五つの星と天安門をあしらった赤と金のエンブレムが光り、俗なる下界に向けてバチバチの存在感を放っていた。これは建物の新旧によらず、不変の仕様である。

市民広場内の劇場予告ポスター「春之祭」
メディアセンタービルが「こんにちは」する瞬間。いかにも新都心らしい風景。
常州市人民政府ビルの正面。金曜の午後だが、通過時にはほぼ無人。
市民広場内の看板。「幸福の木を植え、スター都市を築こう」と鼻息は荒い。

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