見出し画像

それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第6回 閑話休題 旅のあらましを語る

(13)ホテル到着は午前8時15分。鉄道きっぷとともに、大手旅行情報サイトの「携程旅行(通称トリップドットコム)」で事前予約した。フロント女性の迅速なる応対と現下の空室状況により、すぐに部屋が用意された。九階の小暗い廊下の先にある、北東の角部屋だった。小窓からは今しがた歩いてきた関河中路がのぞめる。街路をこんもりと覆う巨木の陰から、行き交うクルマや自転車の一台一台が、図々しくも元気ハツラツと目的地へと突進していくのが見えた。もちろん、ぼくの知らないどこかに向かって。特別眺望が良いというわけではないけれど、初めて訪れた町を比較的高層から見おろす機会に恵まれると、やっぱり気分が上がる。今日は天候にも恵まれた。思いがけないアングルから、初見のビル群のぎこちない配列を目にし、動く中国人民の皆さんを俯瞰(ふかん)する。そして蒼天(そうてん)を仰ぐ。むなしい虚像ではなく、華々しい現場の実像を眼下に収めれば、未知なるダンジョンを探訪するぞという気持ちがこみ上げてくる。さあ、万巻の書物やネット空間にも未だ掲載されていない、ただいま絶賛沸騰中のカオスのなかへ飛び込もうというわけである。

(14)けれども、そんな張りつめた昂奮や賑々(にぎにぎ)しい好奇心とは裏腹に、実質睡眠ゼロの哀しさで厄介な眠気がもたげてきたことも、ぼくの中ではぼんやりと知覚していた。新幹線のなかで好物カツサンドをつまんでいたこともまた、たしかに睡眠欲を誘発する一因になっていた。しかたがないな、小一時間寝るとしよう。羽毛球の試合は11時からだが、正午ごろに会場入りすれば日本人選手の登場に間に合うだろう。部屋のシャワーを浴びてから、ぼくは青島(チンタオ)ビール330毫升(ミリリットル)缶一本をくいっと飲み干し、そのままベッドに突っ伏した。乾いたシーツが気持ちいい。案外ぐっすりと眠りこけてしまった。

(15)当人が朝寝をしているあいだ、旅のアウトラインをご紹介しておこう。

(16)今回の旅は全五日間の行程である。バドミントン観戦に訪れた常州で一泊し、次いで内陸の湖北省荊州(けいしゅう)へ移動して一泊、さらに同省武漢に二泊して帰国する。行き帰りは東京羽田―上海浦東の夜行便を利用し、宿泊は基本的に二つ星(最高級は五つ星)の商務旅館(ビジネスホテル)を選択、宿泊代は四泊で合計九千円ちょっとである。高速鉄道の利用は四回、合計一万四千円。あとは食費とタクシー代とその他の買い物あれこれで、今回は結局、総額約八万円を要した。三連休を含むシルバーウィークのため、航空券価格は四万円と平時のほぼ二倍、さらに中国国内で長距離を移動、そして各地でタクシーを使い倒したので少し割高なのだが、逆にこれがぼくの中ではMAXといえる。仮に五日間、上海周辺に留まるならば、総額四、五万円で十分愉快な時間を過ごせる。とまあ、エコノミークラス感覚そのままの旅である。かといって安旅自慢のバックパッカーを気取る質(たち)ではないし、そのような年齢でもない。簡単にいえば、コスパ重視のせっかちな時短旅行である。地図や旅行グッズや観光情報など、必要アイテムをせっせと仕入れて現地に乗り込み、いくらか感覚優位な態(てい)で未知のダンジョンを冒険しようという、そんなロールプレイングゲームみたいな趣向である。あらかじめ入念な準備をしてコースをさだめ、名勝旧跡から路地裏までサクサク周遊。そうして、できるだけ現地の等身大風景を目に焼きつける。それがぼくの旅のスタンスである。

ホテルが位置する、関河中路と太平橋路の交差点(通勤時間帯)

この記事が参加している募集

#休日のすごし方

54,612件

#国語がすき

3,850件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?