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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第38回 巨大商業モールで考えたこと

(34)街はすっかり暗くなった。金鳳広場から徒歩十分で、万達広場(ワンダーグワンチャン)というショッピングモールに到る(本日の夕食を摂るためにやってきたのだ)。くわしい説明は省くが、万達広場は全国二百都市、全三百におよぶ店舗網を誇る商業施設である。近年は地方都市への出店も加速している。此処(ここ)荊州店の開業時期はしかとは分からないが、口コミサイトでは2016年10月以降の投稿が確認できるので、おそらくそれと近い時期にオープンしたと推測できる。寸法はざっと南北200米(メートル)、東西240米ほど。屋外の広場にはステージが設けられ、ライブ演奏が行われていた。ざっと百人規模の市民が椅子に座り、それを眺めている。また隣にはローラーブレードで遊ぶスペースがあって、ヘルメット着用のちびっ子たちがくるくるとコースを回っていた(近いうちに新しい国技となるかもしれない)。時刻は7時半。だが、内陸の荊州市民にとっては、まだまだ夕涼み感覚の時間なのだろう。親たちは周囲のベンチから、子供たちのようすについてあれこれ話したり、スマホを向けて写真を撮ったりしている。ステージのほうへ視線を戻すと、ときどき舞台上の演奏を中断させて、MC役の女性がヒーローショーみたいな調子でトークを始める。そうかと思えば、子供たちを前方に集め、ぬいぐるみをプレゼントしたりしている。景気がいいんだろうなあ。さっきの堀端の広場とは趣が異なるが、こちらも賑々しく、心なごむ風景である。そういえばここ何年かの旅で、スマホや関連商品を売る店が客寄せにぬいぐるみを投げ込んで、通りがかりの者が取り合いをしているなんて光景を見かけるようになった。蝦蟇(がま)の油やバナナの叩き売りじゃないが、店先に立って至極達者な口ぶりで聴衆を煽(あお)り、注目を集めるというのが常套手法になっている。中にはサクラが仕込まれる場合が多いのかもしれないが、これらみな同業との競争が激しい証拠だろう。ひるがえって目の前の光景には、これといって商売上の目論見が見えない。うーん。いや、何かあるはずだ。気になってステージに近づいてみると、真っ赤な衝立(ついたて)には「盛世華誕家国同慶、建国70周年(中略)文芸盛典」と大書された文字。スポンサーは聯投国際城(リエントウグオジーチョン)。どうやら地元の不動産投資グループで、別荘風の豪邸やタワーマンションの開発・販売を手がけているようだ。なるほど、これも時代だね。そして、かような商業施設のイベントでも、しっかり党への忠誠が示されているところが面白い。そんないまどきの光景を確認して、いよいよ屋内を散策する。

(35)香港のショッピングモールでよく見られるように、此処も中空の吹き抜け構造。エスカレーターで移動すると、館内をぐるぐる歩かされる仕掛けになっている。フロアマップを確認する。まず麦当労(マクドナルド)、肯徳基(ケンタッキー)、星巴克(スターバックス)、必勝客(ピザハット)とおなじみの顔ぶれが目に飛び込む。優衣庫(ユニクロ)、カルバン・クライン、ラコステ、リーバイスもあるし、そのほか台湾系超市(スーパー)の大潤発(ダールンファー)、香港系ドラッグストアの屈臣氏(ワトソンズ)、子供服の孩子王(ハイズワン)、同じくBARABARA、日本の百円ショップによく似た雑貨の名創優品、アウトドアの傑之行、カラオケの歌庫K館、系列シネマコンプレックスの万達影城が入居する(だがコロナ禍の影響かテナント事情にも変化があり、たとえば最後に紹介した映画館のスペースは、現在大規模ゲームセンターとなっている)。特筆すべきは優衣庫で、なんと一階の入口そばに広大な売場を占有している。これはもう、まごうことなき当モールの顔、正横綱である。さすがだなあ、優衣庫は。最近は下調べしなくてもしょっちゅう優衣庫の大型店舗に遭遇するので、まるでわざわざ中国各地へ優衣庫詣でに来ているかのようである。さて、ぼくのお目当てはグルメコーナーなのだが、せっかくなので館内を大回りする。テナント群もさることながら、店内の照明や広告看板はどれも洗練されており、フロアを周遊する客のほうもこざっぱりとして活力が感じられる。広い通路をめぐらせてスッキリとした店内は、バックヤードの存在を感じさせず、また吹きだまりっぽい地帯がない。視覚的・空間的によくできたテーマパークである。昼間に散策した古城とその城外の雰囲気からはとても想像できない、完全に異質なキラキラ空間である。当然そのように全国規格で建設・展開されているのだろうが、初めての荊州訪問ということ、そして今日の街歩きの順序からして、一見の旅行者にはそんな驚きが先立ってしまう。もとより荊州市民にとっても、待ちに待ったランドマーク到来といえるだろう。これなら、どの都市にもひけを取らない。荊州といえば、まず長江中流域の港湾都市、そして楚国の遺跡と関羽と城壁といった輪郭・イメージがあり、そうしたところに内外の者は荊州なる土地を結びつけてきたのだろうけれど、今や高速鉄道が停車するようになり、さらには、このような全国ブランドのショッピングモールが来襲して地元に落ち着いたとなると、ますますこの湖北省中部の街も、怒涛の均一化の波に乗ったということになるだろうか。ぼくは地元民ではないので、彼らの内なる消費欲や社会心理についてはよく分からない。とはいえ、地方都市でこんな親しみやすく心躍る商業施設に出会うと、いよいよ中国人の消費行動が新しい型に収斂(しゅうれん)され、全国的にスピードを上げて研ぎ澄まされていくんだなあと予感して、そのことに淡い興奮をおぼえるのである。

(36)かつて、艾敬(アイジン)という中国・東北部出身の女性歌手が「私の1997」という曲で、返還が待たれる香港へのあこがれを歌っていた(彼女が広州に住み、彼氏が香港にいるという設定だ)。ヤオハンってどんな服が売ってるの? 私を香港コロシアムで歌わせて! 素朴な旋律と歌詞が中国・台湾で人気になり、日本でも彼女のアルバムが売られた。ぼくは高校生のときにそれを買った(1994年のことだ)。香港のようすを知らない当時のぼくは、ふーん、大陸と香港ではそんなに違うのかあ、いつか自由に行き来できるといいよねえ、などと十代なりの雑駁な感想を抱いたものだが、のちに香港でおしゃれな巨大モールの存在に驚かされたり、また中国の旅先で次々に香港風または日本発の商業施設を発見・体験したりするうちに、なんだか以前艾敬の訴えていた夢を早くも現実が超えてきたぞ、と激しく狼狽させらされるに至った。ぼくは子供時代から、現地の風景の一片一片しか見ていないとは承知しているけれども、最初はトコトン地味で控えめ一辺倒に映った中国が、90年代半ばから貪欲に日本や香港の空気やセンスを取り込んで変身してきたことに、今度はすっかり唖然・呆然とさせられたのであった。今では星巴克(スタバ)や無印良品や優衣庫が各都市に定着し、そればかりでなく、各社の推す企業理念や生活スタイルみたいなものまで、瞬く間に中国社会に浸透しているとさえ感じられる。まるで日本の麦当労(マック)が日常風景に溶け込み、今やぼくたち自身の一部だとも感じられるように。あるいは、まるで我々が苹果(アップル)や微軟(マイクロソフト)から与えられた価値観・世界観をごく当たり前のように共有して、毎日を生きているように。

(37)実際のところ、ぼくたちは(主要メディアばかりでなく)かような商業モールでの滞在中も大量のメッセージを受信したり、マッサージを施されたりして、己の心理や生活をアップデートさせてきた。①五感を大胆に刺激し、②個性をほめそやし、③豊かさを確信させてくれる施設の存在は、現代人の「快・不快の基準」を徐々にだが、確実に変容さた。今やSNSやネットショッピングの存在も見逃せないが、ここでは洗練されたリアルな商業施設の作用にもふれておきたい。たとえば卑近な例だが、ぼくは上海駅の待合室で、乗客らの行儀よい列作りにふれた(第4回)。そして、以前とは異なる様相に、お上からの強制というよりも各々の精神的余裕が表れているという直感を述べた(彼らの穏やかな顔つきや静粛さ、さらに服装や持ち物などを見て)。そんな印象をたずさえて、今度は荊州の万達広場に来てみると、前日「余裕」と述べたことの内実(または後景)が透けて見えるような気がする。つまり、北京や上海にいても荊州にいても変わらず享受・観察できる、商業上のありふれた仕掛けや雰囲気を、今ぼくも「普通に」味わっている。そうした実体験を通して、彼ら中国人の生活全般にわたる時間的・地理的な変化の厚みというものを、まざまざと見せつけられた気がするのである。誰だって心地よいマッサージを受ければ、きっと其処(そこ)へ再来したいと思うだろうし、その場にふさわしい作法を身につけたいと考えることだろう。家族で来ようと思えば夫婦・親子で一定のマナーを共有するはずだし、逆にもし外出先で粗暴な人間と出会ったなら、今まで以上に疎んじたり軽んじたりするに違いない。そこには、おそらく荊州市民が大都市の人民にキャッチアップしたいという意識も重なって、彼らはますます自分たちを「より洗練された消費者」へ仕立ててゆくのではないかと想像するのである。以上は、ぼくの中国街歩きの覚え書きにすぎないが、思うに日本国内にいても、これに近い発見は得られる。皆さんもぜひ、中国アプリ「高徳地図」を開いて、各都市のショッピングモールの写真およびフロアマップを閲覧・比較してみてほしい。中国は広大であり、格差も甚大であるという事実(またはその手の報道)はそのままに、他方で各地の風景や人々の暮らしぶりが間違いなく接近してきているという新常態も、しっかり脳内にインストールされることだろう。もちろん、報道やSNSの言説に耳を傾けることは大切だし、自分で現地を旅してみるというのも悪くない。だけど、中国における経済や交通の新ネットワークあるいは街角風景や口コミ情報を体感してみるという「エクササイズ」だって、バーチャル空間で簡単に試行できる。外地の者が現代中国を細密に知る糸口は、今や豊富に用意されているのである。

(38)とはいいながら、こちらも日出(い)ずる国からやってきた、熱血コスパ重視のお兄(あに)ィさんである。社会科見学はしばらく措(お)き、素の遠慮なき消費者へと反転、これから気の利いた御食事処へと行きたいところだが、さてこの先は次回のお楽しみ。

屋外ステージのようす(共産党と不動産投資とロックの取り合わせ)。
ステージからぬいぐるみが投げ入れられた瞬間(大人も子供も沸き立つ)。
1階のユニクロ。内陸の地方都市でもただならぬ存在感を示している。
同じく1階のカシオの売り場。そこはかとなく高級志向がうかがえる。
ファッションブランドのテナント。大都市と比べても全く遜色ない空間設計。
一日滞在しても飽きないであろう広々空間(脱力して回遊できる雰囲気もgood)。

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