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花の都に蠢く陰謀と、残された謎…ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト”フルート、オーボエ、ファゴット、ホルンのための協奏交響曲 変ホ長調K.297b(K.Anh.C14.01)”







 メンタルがあれしたときは悠久の時の流れに身を任せようのコーナー。今回は、W.A.モーツァルト(1756-91)23歳の頃の作品と言われる、管楽器の名手を四人も立てたゴージャスな作品です。主役を張れるソリストを複数立ててオールスターしようぜ!という「協奏交響曲(シンフォニア・コンツェルタント)」形式は、当時のパリで大いに流行っていたそうで、その流行に乗って書かれた作品と言えます。今でいうところのヒーロー大集合映画とかそういうのですかね。

 モーツァルトらしい心の軽くなる曲作りに各管楽器の妙技が絶妙に絡み合う「まさに天才…」とうっとりするほかない傑作です。いい意味で衒いのない「モーツァルトらしい職人芸」だと思うのですが、この作品の特別さは、曲そのもののゴージャスさだけではなく、その背景にもあります。



宮廷音楽家の葛藤と野心


 神聖ローマ帝国直属ザルツブルク帝国領主大司教領(舌を噛みそうな長さだ)お抱えの音楽家であった父から英才教育を受け、幼少期からこのやんごとなき舞台で演奏家・作曲家として活動してきたモーツァルトですが、宮廷音楽家とは本質的に「職人」で、教会や貴族の注文に応えた演奏や音楽作品を提供してきました。

 以降の音楽家、および彼らの活動を可能とした社会情勢で(カフェ文化、ピアノの家庭教師という即物的な「生活の糧」があることは同じですが)、比較的「自己表現」の手段として音楽作品を受容されるようになったのに対して、モーツァルトの時期はちょうどその過渡期にあたると言えそうです。モーツァルトもどでかくオペラでぶちかますことを夢見ていたそうで、晩年(といっても若いのですが)にはウィーンでついにフリーランスでメイクマネーしてこの大望を実現することができました。

 この作品が生まれたのは成功する前の時期の、パリでの就職活動の折と言われています。マンハイムで結婚を決意したモーツァルトが父の猛反対にあい「何が結婚じゃお前はまずパリで名を売って一人前になってこい」と命じられたことが発端でした。パリへの「修行旅」には母親を伴って向かいましたが、これがどん底の失意旅であったようです。



花の都に蠢く陰謀?


 父レオポルドがかつて「神童」時代の演奏旅行で懇意となったグリム伯爵家を頼って「就活」の手はずを整えたのですが、当時のパリの財政難もあってか非常に冷淡な扱いを受けることになります。また、「パリ交響曲」などの作品を発表し成功を収めるも、これまた支払いを渋られる有様。

 この「フルート、オーボエ、ホルン、ファゴットのための協奏交響曲」に至っては、楽譜を買い取られたきりお披露目に予定されていた演奏会で別の作曲家カンビーニの作品に差し替えられ、お蔵入りにされてしまったという憂き目に遭っています。協奏曲作品で名声を築いていたカンビーニ側の妨害工作なのでは、とモーツァルト本人も疑ったのですが、真相は闇の中…芸術界の闇は深い。

 「買い取られた楽譜も返してもらえず揉み消されたけど、全部覚えてるし。いいし、また書くし」と強がったモーツァルトですが、母をも亡くした失意のためか、別の作品を手掛けているうちに忘れてしまったのか…結局失伝ということに。作品番号だけ付された「失われた作品」として後世に伝わることになります。



100年の時を経た復活と、依然として残る謎


 …と、思われたのですが、なんと100年ほど後、モーツァルト生誕100周年の伝記を手掛けた考古学者オットー・ヤーンの遺品から本曲の写譜が出てきました。失われたはずの作品を今こうして聴くことができているのは、この「奇跡の発見」ゆえというわけですね。

 これで、モーツァルト幻の作品!真の芸術は一時の陰謀に負けはしないんだ!となればよかったのですが…この写譜にもミステリーが残されています。

 まず演奏映像をご覧になった方には一目瞭然だと思うのですが、独奏者の一人がフルートではなくクラリネットになっています。唐突な変更ナンデ…?

 また、独奏パートの優美で洗練された出来栄えに比べてオーケストラ伴奏がモーツァルトの書き方と違う?という疑念も出ていて、このフルート→クラリネット版の写譜は本来の作品番号K297bではなく、偽作の疑いありというK.Anhという別の番号を付記するという形にもなっているようです。

 本来のフルートの独奏パートはどうなっているのか?オーケストラ部分はどうなっていたのか?これは永遠に謎です。統計的な手法を用いてこれを再現しようとした試みもなされた録音も存在しており、これも面白い曲となっています。優しい節回しのクラリネットがいいなーと何も知らずに聞いてた時は思ってたのですが、花の都で一発あてたる!というゴージャスさはやっぱり元々のフルートの響きのほうがふさわしいかもしれませんね。