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僕の受験体験記

どうも。ソラです。

今回もちょっとした小噺から

僕は電車に乗る事が多いんですが、電車のドアの開閉が自動ではなく、乗り降りする人がボタンを押す、そんな電車に乗ってるんです

もちろん、乗りたいときや降りたい時にボタンを押す話なんですが、ある日、僕が電車から降りようと例のようにボタンを押そうとすると、電車に乗る側にはお子さんがボタンを押したそうに手を目一杯伸ばしていました。ただ、お子さんの身長では届かず時間がかかりそうだが、僕以外にも降りようと僕のドアを開けるボタンを押すのを待っている人がいる。

こういうとき、皆さんどうしますか?
もしかしたら、バスなんかでも同じような場面に出会した事があるかもしれませんね

なんだか自分の優しさを試されるような事がありましたー

では本題にまいりまして、僕の受験エピソードを話していきますよ
僕は中学受験と大学受験を経験しまして、地元の中高一貫校と地元の国立大学の受験です


中学受験

いきさつ

母が僕の習い事の忘年会の時に勧められたことで考えだしたそうで、そこからは完全にその流れになっていました。僕は大して興味はなかったですし、乗り気じゃないビクを見てなかったことにするんじゃないかなと思ってたんですが、母の意志の強さに負けました。嫌だと思いながらも僕にも合格するともれなくついてくるご褒美がありました。それは、給食ではなくお弁当になることです。笑っちゃいますよね。好き嫌いが多いので、給食は残しちゃいけない担任だった時は、本当に苦労しました。

要はたいそうな理由はありません。でもきっと、中学受験ていうのは当事者の気持ちに積極性はないのがスタンダードなんだと僕は思いますよ

今まで公文に通っていたんですが(だから計算だけは以上に早く、公文人といじられてました)、中学受験を扱っている大手の塾に冬季講習から通い出しました。なので受験勉強を始めたのも、だいたい12月からになります。当時の試験は、国語と算数の学力試験、作文、面接でした。冬季講習もその対策をするカリキュラムになっていて、ひたすら課題をやるような時間でした。

一斉授業の塾でドラゴン桜みたいにその中学を受験する生徒だけで授業をするので、友達ができた事がとても良かったですね。その塾には合格後もお世話になり、中学2年まで続けましたが、塾に行く9割の理由は友達と喋るためでした。それぐらい居心地がよく、僕の青春となってる場所の一つです

それもあってか中学受験に苦悩はほぼありません。それぐらい僕にとっては大事な場所だったんですよ

大学受験

当時の状況

僕らの学年はコロナ禍真っ只中で、かつ、共通テスト1期生にあたります。ギリギリ修学旅行に行けた学年で、受験生の時には6月まで一斉休校になり、空白の時間の暴力にさらされていました。例年だと、6月の総体などで受験勉強にさあ切り替えるぞっというケジメになるイベントがありますが、僕らは気づいたらあ、もう受験じゃん、というヌルヌルなフェーズの移行でした。(僕だけかもしれませんが)

塾には通わなかった

こんなバックグラウンドもあって、我が家の家計も圧迫され、塾どころの話ではなくなりました。県外で一人暮らしをさせる余裕もないので、大学に行くならno塾で、実家から通える国立大学に自然と進路が決まりました。そうです。これは最低限のコストで大卒の資格を得るたった一つの方法です。
とはいいつつ、地元の私立大学で共通テストだけで合否が決まる特待生の試験にも受験料を払っています。本当に保険の保険でした
担任の先生も2つしか受験しないことをかなり懸念して、国立と同じような偏差値の大学の受験を勧められたのですが、僕にとっては受けたとてどうしようもないので丁重に断るばかりでした

受験勉強スタート〜

受験勉強を本格的に始めたのは夏休みが終わる9月からでした。巷では夏休みが天王山だと言われているみたいですが、なりふり構わず、学校で半日卓球すらしてました人間です。よくないパターンですねぇ〜

もともと定期テストの出来も良かった方だったので、ゼロベースだったわけではないんですが、これが模試になるとてんでダメになっていました。このままだとまずいと思ってからフル回転で勉強しました

塾に通っていなかったのですが、かといって家で集中してできるわけでもないので、友人と一緒学校に残って勉強していました。たまに勉強の悩みとかわからないところをああだこうだ言いながらリフレッシュしてました

悩み

この時の悩みはクラスの雰囲気が自分のモチベーションを阻害していたことでした。故に今まで仲良くしていた友人とも話さなくなり、話しかけるなオーラをビンビンに纏って学校に通っていました。今になってメタに考えると、そんなに主張しなくてもと思えるんですが、当時はそうもいってられないくらい周りを憎んでいました。こういうときに人の本性って現れますよね。
もう一つ挙げるとすれば、焦りです。模試の結果も良くなり志望校の判定もかなり良くなっていたのですが、国立一本で行かなければならない度胸ほど持ち合わせていなかったからです。ゼロリスク思考と呼ばれるみたいですが、とにかく心配でたまらず、ヤケクソに勉強していました。それでしかその焦燥感を消化できなかったらだと今振り返ってますね。

まとめ

以上受験体験記でした。なんと紆余曲折がない事でしょう笑
でも、こんなに自分という1人に人間に向き合うことは受験や就活ぐらいしかないと思いますよ。そのプロセスの中には色恋沙汰があったり、付き合う友人が変化したりしましたが、よくわからない仮想の敵と戦っているのも悪くないものです。

これだけは言えます。決して逆転劇だけではありません。浪人をしても志望校に受からないことも往々にしてあります。こだわることもそして潔く諦めることも同じくらい重要です。なぜなら同時に2つの学校には入れないんですから。

人間は選択肢が多いと自由なようでいてひたすら迷い続けるみたいです。専門用語でジャムがなんたらだったかな。2つぐらいの選択肢を用意して、あとは外的要因で削っていくのも全然ありです。そのあとは自分のやりようでどうとでもなるものですから。

こんなつまらないエピソードにお付き合いくださったこと心からお礼申し上げます。最後にかしこまった言葉で締めないと、切れ味めちゃめちゃ悪いですし、読み応えないので


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