【110】超短編小説「ふぞろいのトマトたち」(3045文字)
「ねえ、あの人たち何を作っているのかしら?」
「何か、かまいたちとか言ってなかった?」
神奈川県相模原市のキャンプ場
ボクたちは某私立大学3年生、週末に男4人でキャンプに来ていた。
少し離れたところで、同世代の男女8人組がバーベキューをしながらこちらをチラチラ見ている、どうも何か気になるようだ。
とうとう我慢できずにその中の一人の男が声をかけてきた。
「すみません、先ほどから一体何を作っているんですか?」
「あーぁ、これのことですか、これは立ちかまどです。」
「立ちかまど?…」
「はい、これでご飯を炊いたり、鍋でカレーを作ったりとか。」
「バーベキューコンロとか、バーナーとか使わないんですか?」
「はい、ボクたち全員ボーイスカウト出身でいつもこんな感じでやっています。」
「その灯油タンクみたいなものは何が入っているんですか?」
全てが物珍しいように次から次へと訊いてくる。
「飲料水です、さっき奥の川から汲んできたものです。」
「3人で来ているんですか?」
「4人です。今メンバーの一人がその川で食材の魚を釣りに行っているところです。」
「釣れなかったら、どうするんですか?」
「その時はカレーライスでも作りますけど、かまど作りの準備に手こずって時間がなければ、トマトに塩をかけたものだけがおかずという可能性もあります。それはそれで後から面白エピソードの一つになります。」
「へぇー、」と言いながらポリバケツの中で水浴びをしているトマトを眺める顔はどことなくうらやましそうだった。
ちょうどそこへ、釣りに行っていたメンバーが帰ってきた。
「大漁だよ、ほら。」
ポリバケツの中に塩焼きにするには手ごろな大きさのアユが6匹入っていた。
「あっ、ボクたち4人なんで、よかったらこのアユ2匹だけですけど どうぞ。」
「いいんですか?!」
「はい、どうぞ。女の子もいてにぎやかで楽しそうですね。」
「自分たちは、大学のテニスサークルで来ているんですが、あなたたちから見たらままごとのようなものです。」
「そんなことないですよ。そうだ、よかったら今夜いっしょにキャンプファイヤーしませんか?」
「!そうですね、大勢いたほうが盛り上がるし、みんなと相談させてください。」
…
「あいつら、キャンプのプロだよ。今時キャンプでかまどから作る人初めて見たよ。で、一緒にキャンプファイヤーやらないかって。」
…
「みんな、ぜひ一緒にやりたいって、それとよかったらこれ食べてください。」
ローストビーフ、オマール海老、魚介パエリヤが置かれた。
…
その夜のキャンプファイヤーは大盛り上がりだった。
フォークギターをボクが弾き「ユポイヤイヤエーヤ」とか「サラスポンダ」とか一応ボーイスカウト関連の歌を歌った。
みんなで何曲か歌ったが、女の子2人で歌った「夜に駆ける」は抜群にうまかった。
サザンやスピッツのヒット曲を入れ込んでボクたちが作った寸劇「いとしのチェリー」は大ウケだった。
調子に乗ってボクは一人漫談をやったがそれだけは、あまりウケなかった。(やらなきゃよかった…)
最後はみんなで肩を組んで「サライ」を歌った。
…
翌日、撤収作業が終わった8人組があいさつに来た。
「自分たちはこれで帰りますけど、おかげでとても楽しいキャンプになりました。」リーダー格の男が丁寧に言ってきた。
「こちらの方こそ、ローストビーフとオマール海老とパエリヤ、無茶苦茶おいしかったです。ありがとうございました。」
ボクたちが一向に撤収作業に入らないのを見て、
「まだ帰らないんですか? キャリーカートとか見当たらないですけど…この荷物自分で運ぶんですか?」 心配そうに声をかけてくれた。
「ボクたちはもう少しゆっくりしていきます。荷物はリュックと一緒に背負っていきますので、大丈夫です。」
「駐車場まで結構距離ありますよ。よかったらキャリーカート貸しましょうか?」 間違いなくいい人に違いない。
「全然大丈夫です。気にしないでください。」
「そうですか、名残惜しいですが…ではこれで。」
…
1時間後
「毎度ありがとうございます。ウーバーキャンプです。」
「どうも、おかげで楽しいキャンプになりました。」
「今、アンケートに答えていただくと料金が割引きになりますけどご協力いただけますか?」
「もちろん。」
「まずキャンプ備品全般についてどうでしょうか?」
「ええ、ここについたら一式準備してあって、手ぶらで来て手ぶらで帰れるのでありがたいですね。」
「次に、新開発製品のポリタンクなんですけど、見た目は何の変哲もないポリタンクに見えますが、中がステンレスの特殊コーティングがしてあって、中身のミネラルウオーターもいつまでも冷たかったと思いますけどいかがでしたか?」
「今朝も飲んだけど、結構冷たいままでおいしかったです。」
「では、アユ釣りはどうでしたか。」
「ボクが釣りをしていたら、おじさんが釣れますか?と声をかけてきて、気づいたら空のバケツがアユの入ったバケツに入れ替わっていました。よくボクがお客さんだったと分かりましたね。」釣り担当のメンバーが答えた。
「はい、釣り竿にGPS発信機が内蔵されてますので間違うことはありません。」
「クレームではないのですが、アユの形と大きさがあまりにもそろいすぎていたので、形や大きさも少しバラツキがあったほうがよりリアリティが増すかもしれませんね。」ボクがそう言うと、
「これは、盲点でした。貴重な意見ありがとうございます。ぜひ参考にさせていただきます。 あと台本付きのコースを選んでいただきましたけど どうでしたか。」
「今回、ボクたちボーイスカウト出身の私立大学生という設定で、やらさせていただきましたが、なかなか楽しかったです。予め送っていただいた『キミも30分でボーイスカウトになれる』の副読本も分かりやすかったです。隣の人たちが声をかけてきたりして台本通りにいかないところもそれはそれで面白かったです。」
「ありがとうございます。アンケートはこれですべて終わりですので、もうこのままお帰りになられて大丈夫です。」
「この荷物全部スタッフさんが運ぶんですか?」ボクが心配そうに声をかけた。
「まさか、あとで大型ドローンが来ますので。」
「灰とか、飲み物とかこぼしちゃいましたけど大丈夫ですか?」
「それもあとで野外用大型ルンバが元の状態に再現してくれます。」
「本当に便利になりましたね。隣の人たち炊事場でコンロの鉄板の焦げ付きを金属製のタワシでゴシゴシやってましたよ。さすが体育会系はすごいわ!」
「お客さんたち、ずいぶん自然に演じられてましたけど何かやっているんですか?」
「ボクたち大学の演劇部です。だから勉強にもなるし今回台本付きのコースでやらさせていただきました。」
「そうですか、どおりでうまい訳だ。そうだ、うちの会社も来年から大卒の方も採用するそうなので、興味があったら考えてみてもらえませんか。」
「社長さんて、昔芸能界にみえて、途中からキャンプ関係のビジネスを立ち上げて、今回のウーバーキャンプも大当たりみたいですごいですよね。」
「そうですね、芸人としてはあまり才能があったとは言えないかもしれませんが、キャンプビジネスを立ち上げたときに改名して…改名といってもカタカナをローマ字表記にしただけですけどね。」
「えーっと、なんて言いましたっけ?」
「HIROSHI です。」
※この作品はフィクションです。登場する人物団体はすべて架空のものです。実在するものとは一切関係ありません。
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