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【104】読み切り短編小説「ボクの彼女は占い師」(4678文字)

「こちらを選んだ方がよろしいかと思います。」
「えっ…!」
女性占い師の答えにボクは絶句した。

株式会社サクラ 新幹線車両用の座席を製作する業界トップメーカーだ。
ボクはこの会社で資材調達の仕事をしていた。
今回、航空機用座席への参入を計画した社内最大のプロジェクトも終盤に差し掛かってきた。

 航空機用座席は安全基準が厳しく、ほとんどがアメリカのメーカー一社が独占状態であったが、初めてサクラが中型機用の座席100席分を受注した。これが成功すれば今後の展開が大きく広がる。

 座席の主要部分はほとんど完成しており、あとは座席を機体に取り付けるボルトをどうするかだけだった。と言ってもほとんど目に触れない部分で使われ、見栄えなどもこだわることもなく一定の強度さえ保たれていれば価格の安いものを選ぶだけのことだった。

 ボルトの発注先は、20年以上取引のある大手のゼット工業と2年前からほんの少し取引が始まった水野製作所のどちらかであった。ゼット工業のプレゼンは素晴らしかった。強度は基準強度の少し上程度だがクリヤーされており納期も1ヶ月と早い。なんといっても価格が安い。本当にこれで製作できるのかと思うくらいだ。

 一方、水野製作所の方は、価格はゼット工業のほぼ2倍と高く、納期も3カ月くらいかかるというものであった。唯一強度がゼット工業の2倍くらいであったが、むしろ過剰品質であった。

 水野製作所がサクラと取引が始まったころ危機感を持ったゼット工業から出向者が来た。
専務という立場で鬼塚がやってきてから、ゼット工業の不良品の納入率が高くなったが納入価格が半額になったことを考えると大きな問題ではなかった。

 プレゼンの終わりがけに、水野製作所から開発中の新製品のボルトについて説明があった。
材質は従来の鉄とかステンレスではなく、CFRPという特殊繊維素材だという。重量が鉄に比べて1/3と軽く、強度は鉄の5倍以上とのこと。価格は10倍以上高い。製品化までには早くても半年以上かかるそうだ。興味はあったが今回の案件にはとても間に合わないし、価格的にも勝負にならなかった。


 仕事を終えボクは占いの館に足を進めていた。
明日の経営戦略最高会議(社内では御前会議と呼ばれている)でプロジェクトについて報告することになっている。唯一残っていたボルトの件も先ほど議長役の石橋常務にゼット工業で行くと説明したところだ。
ボクは重要な判断事項や迷ったことがあると決まって占い師のところにやってきた。

 占いの館と呼ばれているこの場所には5人の占い師がいた。
筮竹(ぜいちく)と呼ばれる細い竹のようなものを使う年配の男性占い師、目の前に水晶玉を置いて占う人気女性占い師、大きな虫眼鏡を使って手相を見ながら占う男性占い師、タロットカードを使う女性占い師。

 ボクがいつも占ってもらうのは若い女性でいつも黒っぽい地味な服装をしていた。特に何も使わないが幼いころから不思議な予知能力があったそうで、お客さんも少なめなこともありいつも彼女に占ってもらった。

AかBで迷ったとき7割方Aで行こうと思いながら占ってもらうと、たいてい同じ結果を伝えてくれた。
強く背中を押してもらったようでボクが自信をもって選んできた選択肢はほとんど成功してきた。

 今回は99 %ゼット工業で結論は決まっていたので、占ってもらうまでもなかったが、一大プロジェクトでもあり、ルーティンというか縁起を担ぐような気持ちで占ってもらった。

女性占い師は首からぶら下げた銀の十字架のペンダントを両手で握り目を閉じて、しばらくしてから目を開けた。

「こちらを選んだ方がよろしいかと思います。」
「えっ…!」
女性占い師の答えにボクは絶句した。

今までこんなことはなかった。
今まで十数回彼女に占ってもらい、その都度仕事で結果を出してきたボクは同期の中でも出世頭だった。彼女と話をするうちに彼女の魅力はボクの心の中で少しずつ大きくなっていった。 このプロジェクトが成功したら彼女に告白するつもりだった。彼女もボクに好感を持ってくれているようだった。

 2時間後、ボクは行列のできる水晶玉の人気女性占い師の前に座っていた。きらびやかな衣装に身をまとい、饒舌な占い師はゼット工業と契約するべきと答えた。(そりゃ、そうだろ、そうこなくっちゃ。)

ボクはお金を払って人気女性占い師のブースから出ると、いつもの女性占い師と出くわした。
ちょうど彼女も帰るところだった。彼女はボクに軽く会釈したが、気のせいか悲しそうな目つきだった。 ボクは経験したことはなかったが、多分浮気現場を見つかったときはこんな気持ちになるのだろうと思った。


翌日
御前会議と呼ばれる役員勢揃いの会議は1時間程度で終わろうとしていた。会議と言ってもほとんどの決定事項を報告するだけだ。
「それでは他に何もなければ以上で会議を終了させていただきます。」
議事進行役の石橋常務がそう言った後にボクが口を開いた。
「まだボルトの発注先が決定しておりませんが…」
「あーあ、そのことならお前から事前報告を受けているし、今更ここで取り上げることでもないだろう。」石橋常務が面倒くさそうに答えた。
「いえ、実は水野製作所の方がいいのではないかと…」

「原島、お前自分が何を言っているか分かっているのか!」
「石橋さん、どういうことですか。」 鬼塚専務が苦虫をかみつぶしたような顔で口を開いた。 

「専務、申し訳ございません、なんでもありません。」
「常務、もう一度…」ボクがここまで言うと石橋常務は食い気味にボクを怒鳴りつけた。
「もういい、ここから出ていけ、原島お前にはがっかりしたよ。」


3日後 
サクラの社員食堂で日替わりランチを食べながら3日前のことを考えていた。自分でもどうしてあんなことを言ったのか分からなかった。ただあの女性占い師の悲しそうな目つきが頭をよぎり、勝手に口が動いてしまった。
このランチももう食べられなくなると思った。福利厚生のしっかりしているサクラの社員食堂は、ちょっとしたホテルのレストラン並みに美味しかった。

社員食堂の近くの掲示板に張り紙が張ってあった。
「 辞令
  調達部 資材課 原島課長 
  株式会社水野製作所 購買課長に任命する」


 その日 定時で会社を出たボクは占いの館に足を進めた。
水晶玉の占い師のブース前はいつものように行列ができていた。
一番小さなブースの前に張り紙がしてあった。
「都合により、しばらくの間休業します」


半年後
水野製作所の社員食堂でボクは給食を食べていた。プラスチック製の茶わんによそわれたご飯とみそ汁、プラスチックの四角いタッパーの中には荒く切られた千切りキャベツと鶏のから揚げが3個、あとはひじきの煮物とたくあんが2切れだけだった。

 水野製作所に出向に来てからの半年は充実していた。会社は大きくないが社員全員が前向きでやる気に満ちた雰囲気が心地よかった。
社員食堂に置かれた32インチのテレビではNHKの連続テレビドラマが始まった。
そろそろ昼休憩も終わりだ。ボクは自分の食器を返却口に運び社員食堂を出た。

テレビ画面にテロップが流れた。
富士山上空で全日空〇〇便がエアーポケットによる激しい揺れの際、座席が壊れ数人が けがをした模様。国土交通省は座席に何らかの強度的問題があったとみて重大インシデントとして調査チームを立ち上げた。


1週間後
水野製作所は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。
国土交通省の調査でゼット工業のデータ偽装が判明し、関連して既存の新幹線の座席取り付けボルトも強度不足が指摘されすべて水野製作所製品に取り換える決定がなされていた。連日徹夜でボルトを作り続けた。

 水野製作所の駐車場の空き地には突貫工事で工場建屋が建てられ、中には最新の工作機械が何台も搬入された。国土交通省から依頼された大手自動車メーカーのオペレータが何十人と応援部隊で駆け付けた。これらは全て国の予算で賄われ、水野製作所は返還する必要はなかった。


3年後
水野製作所はボルトの業界でトップメーカーになっていた。
ボクは急成長を遂げた企業の若手副社長として、何とか宮殿というテレビ番組の収録をするためにテレビ局に来ていた。
中年の作家と北条政子に似た(実際に北条政子の顔を見たことはないが生きていれば多分こんな雰囲気だろう)女優が司会をしている番組だった。

 水野製作所に出向してから、いくつかのターニングポイントでボクはすべて当たりくじを引いて水野製作所は急成長した。
特に航空機の座席に使われるCFRP製のボルトは、爆発的大ヒット商品となった。

 航空機の1台の座席に使われるボルトは10数本あるため 重さにして従来の鉄製ボルトより1座席当たり1㎏軽くなる。 
100座席の航空機ならボルトだけで100㎏軽くなる。
航空機の燃費は0.1km/リットル。
100㎏軽いと航空機の燃費が0.0001km/リットル良くなる。
1リットルのガソリンで100m飛べるが、100kg軽くなるとそれが約10cm余分に飛べることになる。


「たった10cmですか?!」中年の司会者が言った。
「はい、10cm 0.1%です。ところで航空機って廃機になるまでどれだけの距離を飛ぶのかご存じでしょうか?」再びボクの話が始まった。

「航空機の寿命は飛行時間で約5万時間と言われてます。
航空機は時速約900kmで飛びますので計算すると約4500万km飛ぶ計算になります。
使用するガソリンの量は4億5000万リットル。
ガソリン単価を100円/リットルとすると450億円になります。
この0.1%は4500万円 航空機1機が使用を終わるまでに4500万円節約できるのです。ボルト代がどんなに高くても軽く元が取れます。売れないわけがありません。」

 ボクがここまで説明すると、司会者の中年男性が言った。
「なるほど 飛ぶように売れたわけですね。…飛行機だけに。」
スタジオがほんの少し静かになった。


「原島さんはとても数字に強いですが数学は得意だったんでしょうか?」北条政子似のアシスタントが聞いてきた。
「いえ、元々あまり得意ではなかったのですが、高校2年生だったか3年生の時にやってきた教育実習の先生の数学の授業が面白くて、そこから好きになりました。特に数学的帰納…」ボクがそこまで言うと
「大変興味深いのですが、きょうはお時間の都合でその話はまた機会があれば…」北条政子が慌ててボクの話を遮った。

フロアーでインカムをつけた若い男性が右手の人差し指をグルグル回していた。 トンボを捕まえようとしていたわけではなさそうだ。


「では最後にお尋ねしますが、原島さんは仕事のターニングポイントでいつも神がかり的に正解を選んできたとよく言われますが、その時代を見る目というか、先見の明というか、成功の秘訣を教えてもらえませんか。」

「そうですね、特に秘訣といったものはないですがあえて言うなら
一つ目は優秀な製品を作り続けること
二つ目は優秀なスタッフに感謝すること
三つ目は……優秀な占い師を見つけること」

スタジオ中が笑いに包まれた。

テレビカメラのやや後ろに立って収録を見学していたボクの妻と目が合った。彼女はほんの少し笑顔になった。
首からぶら下げた銀の十字架のペンダントがキラリと光った。



※ この作品はフィクションであり登場する人物団体は実在するものと関係ありません。
※ この作品は池井戸潤氏 著書「七つの会議」(2012年 日本経済新聞出版社)の一部をオマージュした内容を含んでおります。



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