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人種差別と闘った話/中編

十二月某日、日本人のクラスメイトのお母さんから電話があった。
彼女によると、件のブラジル人男子が日本語で話すむすめ達の会話をiPadで録音し、その音声を毎日車内で流し続けているという。
一か月前に解決したと思っていた問題は、解決どころかさらに酷くなっていた。

電話を切ってむすめの部屋に走った。
その話を切り出すや否や、声をあげて泣き出した。すぐに夫に連絡を入れ、この件は絶対にうやむやにさせないと固く誓いあった。

学校に通うようになってから毎日のように、
「今日はどんな一日だった?」と尋ねていた。
スペイン語の授業で褒められたこと、友達と交換したお菓子が美味しかったこと、その日あった事は何でも話してくれた。
ハグや大好きという言葉は惜しみなく伝えていたし、傍から見ても親子関係は悪くなかったと思う。
母親として一番話してほしい事を他人の口から聞いたことがショックでたまならかった。
なんでも話せると思っていたのは私だけで、むすめにそれほど信用されていなかったのかもしれない…

翌週月曜日、夫が会社の通訳さんに協力をお願いしてくれた。
メキシコあるあるで、英語を話さない人に英文メールを送っても読まずに無視されてしまう事がある。御多分に漏れず、後任の担当者もその気があったので、スペイン語での抗議文を作成してもらうことにした。
母親である私が誰よりも怒っているのに、何も出来ない事が悔しかった。

その日のお迎えの時間、ブラジル人男子・ミゲルがいつも通りヘラヘラしながら降りてきた。
しかしその顔は一瞬にして凍り付く。
殺気立ったアジア人女性が目の前で仁王立ちになり、睨み殺すような目つきで自分を凝視しているのだから。
左手で相手の胸倉を掴み、右こぶしに全身の力を乗せ、鼻と口の間を思い切り殴りつける。ふらついた隙にiPadを取り上げて地面に叩きつけ、ピンヒールで画面を踏み抜く。
脳内では幾度となくシュミレーションをしたし、不意をつけば出来たのかもしれない。
私のシュミレーションは実戦で発揮されることなく、実際には怨嗟の目で凝視するに留まった。

二日後の水曜日、夫からバス会社へ抗議文を送ってもらった。
「すぐに報告し、もちろんフォローアップをします」
ぴったり一時間後、担当者から短い文面が送られてきた。
結局バス会社からの続報もなければ、ミゲルと彼の両親からの謝罪も無く冬休みに突入。
人種差別は一応の終息を迎えた。

後編に続く


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