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コミュ障ならではの苦悩

私は、人と話すのが苦手です。
他人と雑談する時は、心の準備と脳内シミュレーションします。
話している時は、変に思われてないか…?や、どう話を展開していけばよいのか考えながら話してます。裏の裏を読んでもしまいます。話しかけるタイミングも、悩みます。
話が終わったら、脳内反省会が行われます。
ちょっとしたことで、すぐ過敏になったり人といるの(特に人が密集し集まる場所)が苦痛です。また、要領よく対応するのが苦手です。コミニケーションの経験が弱いので、瞬時に気の利いた対応が不得意なのです。

特に、細かい人との相性が合いません。

細かい人とは、どうしても気になること、疑問点が多くそれを放置することが出来ない性分でしょう。なので、こちらが答えづらい質問をする場合が多く、回答に灸してしまうことが多いです。
コミニケーションの経験が圧倒的に少なく、かつ外向的思考が弱い私としては、頭の回転がついていけなくかつ自己主張も苦痛なので、脳が混乱してしまうことが多いです。よって、彼らと話す時は、微妙な間が出来てしまうのです。
向こうとしても、こちらに不安や不快感を抱きやすいことでしょう。
中には、ため息つき俯く者や私にイラつきあからさまに嫌悪する者もいました。

こちらを見て、無用な心配をしてきたり詮索や干渉する人もいました。他者との協調性やコミニケーションを促す人もいました。子供の頃から多かったです。何かを抱えてるように見られたり、過去に嫌なことがあったかと聞かれたりしたことがありました。

『うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ、あなたが思うより健康です!』

のように、私はなります。

彼らとのコミニケーションや関わりが、私は、とにかく苦痛なのです。

会話していて、「うんうん」と、あいずち打つだけの人が苦手。
私は、兎に角、話すのにエネルギーを消費してしまいます。ネタを拡げるのも苦痛なのです。
「うんうん」ばかり言われ続けると、脳が疲れ果ててしまいます。
「そちらも何か、ネタ発してよ!」と、イラッとしてしまいます。

舐められやすいこともあります。性格キツい人から目をつけられもしました。
そもそもそういった人たちとは波長が合わず、泣かされることが多かったです。

感覚が周りとズレている場合があります。ものの感じ方が特殊であり、ヒューマンものに疎く、何が面白いのか分からないことや新たな発見をすることが多いです。
それが、創作活動において、顕著に現れました。

接客業は、苦痛です。人と接すること全般が苦手なので、よくクレームもありました。

習い事の、2人1組の時や、体育のグループ訳は辛かったです。いつもあまり物のような感じであり、私はよく他のグループに入れてもらいました。

子供の頃から、ひとりでいるのが多かったです。周りのようになりたい気持ちもありましたが、図書室にこもるのが好きでした。

また、人からの視線が怖かったです。何か陰口のような事を、言われたりもしました。

明るく堂々とした感じの人が眩しく、劣等感も強くあります。

心の壁は分厚いです。人に心を許すまでの期間が長いです。バリケードが、分厚いのです。

最後に、兎に角、引きこもりたいです。人と、極力関わりを避けたいです。マイワールドにずっと篭もりひとりでひっそり暮らしていたいです。

幼少期のしくじりやトラウマから、明るい性格がこんなになってしまいました…悔しくも悲しくもあります。

世の中、明るく社交的なのが求められます。色んな人と円滑に色んな話で盛り上がりコミニケーションをするのが良しとされり世の中です。私は、それが苦痛に感じてしまうのでした。





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