本当のスピリチュアルと現実逃避
9月下旬に
まだ8歳で元気に走り回っていた愛犬が
突然亡くなった
当日は幾つか??と思うこともあったけど
ご飯もしっかり食べたし
走って見せたりしていたので様子を見て
翌朝にでもまだ調子が悪そうなら
病院へ行こうと思ってた
深夜
様子を気にして見てくれていた娘が
(看護師志望の看護学生)
様子がおかしい!と。。。
即24時間対応の動物病院へ向かったけど
診察台に乗せた時点で既に
心臓も呼吸も止まっていて……
何も出来ませんでした
朝の時点で病院へ行っていたら…
翌朝なんて考えずに早く動いていたら…
そんな風に思わない訳じゃない
でも、何だか
"あの日"だったんだろうなぁと思うのです
走って見せたのも
ご飯を欲しがったのも
病院への道中
夜中の2時過ぎなのにも関わらず
私たちの車の前に2台の車がゆっくり平行で走っていたり
信号がことごとく赤になったりしたのも
全てあの日に空に帰る為だったんだろうなぁと
思わせてやまないのです
もしかしたら
それは私たちが都合よくそう思って
苦しさから逃れたいからなのかもしれない
でも、
初七日が 9月29日 中秋の名月
49日が 11月10日
ぴったり100日が 12月31日 大晦日
今年中って決めてたよね?
亡くなって数日は眠れなくて
早朝4時から無心で泣きながら
庭の草むしりしたり
ハンモックでぼーっと星空を眺めたり
この愛犬をキッカケにトリマーになった娘も
同じ様に眠れずで
色んな話ししたり泣いたり
思い出話で笑ったり また泣いたり
朝陽が昇るのを待ちながら
少しずつ明るくなる空を見て
あの雲が天使の羽に見える!とか
犬が走ってるように見える!とか……
『余りの苦しさに逃避したいんだねー私たち』
って話してた
どう見てもただの飛行機雲を見て
龍だ!!って言う人に違和感を感じてたけど
『あぁ…現実逃避したい位に現実が苦しいから脳がそう見せるんだなぁー』
って、
あれって【脳の優しさ】なんだなぁーって
逆に愛を感じた
実際、苦しい事も多い現実
逃げたくなったり逃避したくなったりするよ
私もした
でも逃げてても何も変わらないし
進まない
それどころか余計に苦しい時間が長引くだけ
苦しくても悲しくても寂しくても辛くても
朝陽は昇るし明日はくる
私たちが苦しい間、
ちょこちょこ家の中で愛犬の姿や匂いを感じて
思い出して余計に苦しくなったりもしたけど
思い切り走れてる姿とか
私たちを待たなくてよくなったとか
色んな意味で自由にしてる姿の方が思い浮かぶから、もう安心だねって思いと
沢山の学びを私たちに残してくれたことに
愛と感謝しかない
この愛犬の死をキッカケに
私の目覚めは更に加速した
師から学んだ
『本当のスピリチュアルとは
現実を我武者羅に生きることだ』
っていう言葉
私は、
時には現実逃避してもいいんじゃないかと思う
その時間が必要なんだと思う
でもね
ずっとその中にいても何も変わらない
逃避してたことも見つめて
現実を受け止めて
勇気を持って何でもいいから自ら前に進む
そうしよう!と思える人を
宇宙(?神?創造主?何でもいいけど)は
応援しよう♪って力を貸すんじゃないかな?
私でもそう思うだろうなーって思うし笑
だから現実が苦しくて
スピリチュアルに憧れて
現実逃避してる人たった1人にでも
このブログが届いたらいいなぁーと思う
長いのに最後まで読んでくれた人
ありがとうございます
ışık elma (イシュク.エルマ)
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