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【限界飯】新卒2年目の挫折と生姜焼き定食

プロジェクトリーダーと話し、会社を出てからあまり記憶がない。
公園の時計の針は太い針が5と細い針が8を指している。
記憶はないが、いつものようにこの公園にきていたようだ。

東京は自分のふるさとよりも日が暮れるのが早い。
地球が回ってることを実感する。
でも暗くなるのが早いのは、少し物寂しい。
初冬の東京はこの時間ですでに真っ暗になってしまうのだ。

この公園は会社と自分が住んでいるアパートからもちょうど中間に位置している。
会社の最寄りとは逆方向のため、会社の人間と出くわすことは少なく、数少ない心の拠り所となっている。

大学進学とともに上京し、住み始めた少し高めのアパートにかれこれ5年住んでいる。大学1回生と2回生の時に通う駒場キャンパスに徒歩で行くことができるという最高の条件に心躍り少し高いがその家にすることを決めた。

3、4回生で通うキャンパスは電車を使わないといけなかったが、30分もかからないくらいで着いた。山手線沿線に住むのはこれがいいのだ。
大学1年生で何も東京のことをわからないが、この物件を選んだ私をほめてやりたい。

結局就職したベンチャー企業も自宅の最寄りから2駅ということもあり、大学を卒業しても引っ越さなかった。時間があるときは、会社がある渋谷から歩いて帰宅する。社会人にとって運動は貴重なのだ。

私は昔からなんでもそつなくこなせるいわゆる器用な人間だ。
勉強は学年で4番か5番。
運動も体育祭のリレーで女子からそこそこ歓声が沸くくらいには走れた。

天才には勝てないがそれ以外には勝てる。

これが自分の最大の強みであり、最大の弱みでもあった。

大学進学と就職活動は、持ち前の器用さでなんなく乗り越えた。
配属された部署でも先輩を持ち上げるのはお手の物。持ち前のコミュニケーション能力で部署でもそこそこの評価をもらっていた。

今年の春には新しいプロジェクトの立ちあげメンバーになった。
配属された最初のミーティングで期待されて配属された旨を告げられた。
いつものように
「またまた~冗談じゃないんですか~」
とよいしょよいしょと上司を持ち上げた。
自分は本当に運のいい人間だと思う。
ほぼ今まで運だけでやってきたまである。

しかし、夏ごろからだろうか。
私は人生初ともいえる挫折をした。
正確には、今まで挫折というタイミングに向き合わず、自分の中で「天才とは違うから」と正当化して逃げてきた。
このことに最近やっと気づいた。

私は0から何かを生み出すことが苦手だった。
学生時代からなんとなくそんな気をしていた。
でも目をそらしてきた。
テストの点数は十分にとれていたし、1を100にするのはいともたやすくできたからだ。

今年から始まった新規プロジェクトはまさに0から1の連続だった。
他の人も苦戦していたが、0から1から目をそらしてきた私と比べると雲泥の差だった。
私は会社からの評価こそ悪くないものの、自己評価が人生最低にまで落ちた。
今回も苦手なことから目をそらして逃げればよかったのに、そうしなかったのは自分の成長といえるのだろうか。
いっそ逃げてほしかった。

24歳にして初めての挫折はなかなかにヘビーなものだった。
おたふく風邪と挫折は小さいころに経験しておくべきだ。
それからだんだんと私は性格まで閉塞的になっていった。

今日はプロジェクトリーダーと3回目の面談だった。
最初の方の面談では、私が会社を何度も休んでいることを気にかけてか、少し当たり障りない雰囲気だった。
しかし、3回目の今回となると、私の体調や精神を気にかけてもらえるような言葉が多くなった。
私は人生でそのような言葉をかけられたことがなかったし、これからかけられることもないと思っていたので、やさしさが逆にナイフのように刺さった。

実家に一度帰るのもありかなと思っている。
また逃げるのかと思われるかもしれない。
親はどう思うだろう。
器用でなんでもこなせる息子がげっそりと痩せて、内向的な発言しかしないような男に様変わりしていたら。

時計が12と6を指したことを腰を持ち上げる理由にして、私は公園をあとにした。帰路の途中で行きつけの定食屋さんがある。
東京でも有名な定食屋さんで昼も夜も行列が絶えない。
おすすめは生姜焼き定食。
ここの生姜焼きは本当に絶品だ。
ここだけの話だが、母親のよりうまい。
少し値が張るのでお祝いの日によく行っていたが最近はあまり外食もしていない。まず食欲はないし、食べたら戻しそうになるので食べものを見るのでさえ最近はおっくうだ。

今日は珍しく行列がなく空いている。
いつもの仕事終わり時間とは違い、定時より少し早く帰らせてもらったからだ。
すると私の足は自然に店の方へ向き、気持ちとは正反対にたくさんの食材が待つ店内へ私の脳をつれていった。

ここの店員さんは、私が何度も来ていることに知っているのに、いつも初めての人と同じ対応をする。少し不思議な感覚だ。

アジフライやカキフライで一瞬心が揺らいだが、今日もいつものように生姜焼きにした。

運ばれてきた生姜焼き定食は、両サイドにご飯とみそ汁。
真ん中の皿に大ぶりの平べったい豚が5,6枚あり、隣に大盛のキャベツがあり、左端におつけものがかわいらしく居座っている。

今日はなぜか食べ物を見ても気持ち悪くならない。
私は震える手で、豚をつかみ7秒ほどかけてそれを口に運んだ。
どれくらいぶりにちゃんとしたご飯を食べただろう。
正確には、食べてはいるのだが、心ここにあらで味わう余裕がなく、すぐに戻していたため、私の中ではとても久しぶりの食事に感じられた。

豚は一口噛むたびに肉の甘みが感じられる。
玉ねぎもしっかりとたれが絡んでいてご飯にあう。
味噌汁は薄味で私の好きな具の少ないタイプだ。
内臓に温かい味噌汁が流れていく感覚がかなり鮮明にわかった。
一度も見たことない自分の体内にものが流れていく感覚が外からわかるのってすごい不思議な感覚だと思う。
今日はなぜかご飯が食べれる。
上京してから一番通っているこの店は、いつからか東京のお母さんのような存在になっていた。
生姜焼きが一枚一枚なくなる度に涙が一粒ずつ落ちてきた。
生姜焼きがおいしすぎて泣いている客
生姜焼きが終わるのが悲しくて泣いている客。
生姜焼きとは別に何かがあり、泣いている客。
生姜焼きを食べることにより何かを思い出し泣いている客。

店員さんはいろんな想像ができるだろうが、泣いている理由は全部である。

店を出てから家まで5分ほどの道で、私は感覚的に自分がポジティブになっているような気がした。

実家に帰るかこの仕事をもう一回再挑戦するか。

今日はとにかくこのまま何も考えず、おなかいっぱいでいたい。


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