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【作品#40】『国宝』

こんにちは、三太です。
 
いつもどおり朝に投稿しようとしていたのにやってしまいました。
「無事、投稿できたわ」と思ってみてみると、画像を添付し忘れている。
そこで焦らず更新(修正?)などの策もあったはずですが、焦ってすぐに削除を押してしまいました。
復活する方法がわからない・・・。
大体のデータは残っているので、それをもう一度noteに載せればいいのですが、そのデータが手元にない・・・。
ということでこの時間帯の投稿となりました。
 
では、今回は『国宝』を読んでいきます。

初出年は2018年(9月)です。

朝日文庫の『国宝』で読みました。


あらすじ

物語の始まりは昭和39年のお正月。
長崎の老舗料亭「花丸」から始まります。
極道の家に生まれ、歌舞伎の世界に身を投じた喜久雄。
その喜久雄が日本一の女形、三代目花井半二郎となっていく一代記です。
歌舞伎役者となっていく喜久雄に待ち受ける運命とともに、彼の周りにいる人達の運命も描かれます。
「~でございます」の文体が特徴的で、かつ効いている作品です。

公式HPの紹介文も載せておきます。

梨園と極道、生い立ちも才能も違う若き二人の役者が芸の道に青春を捧げていく。
(疾風怒涛の上巻 青春篇)
芝居だけに生きてきた男たち命を賭してなお、見果てぬ夢を追い求めていく。
(感涙必至の下巻 花道篇)
物語の舞台は、長崎から大阪、そして高度成長後の東京へ。
喜久雄と俊介、二人の若き才能は、一門の芸と血統を守り抜こうと舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜けていくが――
血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り、数多の歓喜と絶望が、役者たちの芸道に陰影を与え二人の人生。

出てくる映画(ページ数)

①「喜劇 駅前女将」(p.57) 

徳次が鑑別所送りとなりましたのは、権五郎の納骨が愛甲会の辻村の仕切りで無事に終わってすぐのころでありました。
喜久雄と徳次がいつものように取り巻きを引き連れて新世界劇場へ『喜劇 駅前女将』を見に行きますと、二階最前列に学ランの集団がおります。
普段、この座席は喜久雄たちの専用で、事情を知らない大人たちが座っていることはありますが、その際は徳次がすぐさま追い払いますし、近辺の中学高校ではこの席が立花組の息子たちの特等席であることが知れ渡っておりますので、まず学生が座っていることはありません。 

②「喜劇 急行列車」(pp.90-91) 

喜久雄が乗り込みましたこの寝台特急「さくら」、長崎―東京を約二十時間で走り抜ける人気の列車でありまして、この年の翌々年には、渥美清主演で大ヒットを記録する『喜劇 急行列車』の舞台にもなっております。
余談ではありますが、この列車シリーズの翌年、渥美清はかの『男はつらいよ』で車寅次郎という当たり役を得まして、のちに国民栄誉賞を授かるのですが、この列車シリーズを手がけました映画監督も、実はその後の日本の芸能誌に少なからず影響を与えておりまして、たとえば七〇年代、山口百恵主演で人気を博したテレビドラマ「赤いシリーズ」や、八〇年代には堀ちえみ主演で社会現象となった『スチュワーデス物語』などの演出も手がけております。 

③「歌舞伎役者 片岡仁左衛門」(p.417) 

主な参考資料 

今回は3作ありました。 

感想

14歳から始まる喜久雄の一代記は、壮大で、圧巻でした。
愛想もなく、不器用で、でも誰よりも歌舞伎を愛し、というよりもむしろ歌舞伎に取り憑かれ、周りの人間たちの運命をも飲み込んでいったのが喜久雄でした。
例えば、その運命を大きく変えられた一人が、大垣俊介(花井半弥)だったと思います。
本来なら、自分が二代目から花井半二郎の名を継ぐところを、その座を喜久雄に明け渡してしまいます。
それだけのものを喜久雄は持っていたとも言えます。
2歳上で、喜久雄の見張り役として生涯支え続ける徳次の言葉が印象的です。
徳次が自分の秘書に「喜久雄さんはどんな役者なんですか?」と問われたときに言った言葉です。

「そんなん一言で答えられるわ。その役者の芝居見るとな、正月迎えたような気分になんねん。気持ちがキリッとしてな。これからなんかええこと起こりそうな、そんな気分にさせてくれんねん。そんな役者、ほかにおるか?」

『国宝』(下巻、p.403)

冒頭のシーンがお正月で、最も近くで喜久雄を見てきた男の評もお正月。
そんなお正月の淑気に満ちたような作品でもある気がしました。

本書自体は歌舞伎が中心の話で、歌舞伎に関するたくさんの引用あるいは説明が出てきます。
本当に歌舞伎好きにはたまらない本ですし、まさに芸道小説と言えるかと思います。
一方、そんな本書ですが、要所要所で映画も出てきます。
そんなところに吉田修一さんの映画好きがにじみ出ているようにも感じました。
このあとそのように感じた箇所をいくつか紹介します。

襲名の役者最後の花見かな

映画とのつながり

溝口健二監督の「残菊物語」(1939)からの影響をとても感じました。
例えば、本書で初めて歌舞伎の描写が出てくるときに演じられる演目は『積恋雪関扉』です。(上巻p.26)
これは「残菊物語」で歌舞伎修行(あるいは放浪)に出ていた尾上菊之助が歌舞伎界に復活するときに、見事に演じきったとても重要な演目なのです。
また、俊介(花井半弥)が家を飛び出し、旅回りの一座にいたのも、尾上菊之助の境遇と似ています。(下巻p.25)
そんなことを思いながら、瀧晴巳さんの文庫解説を読んでいると、次のような文章を見つけました。
第一章での見逃せない演目として『積恋雪関扉』を挙げた上で、

映画好きの読者ならピンときたかもしれないが、溝口健二監督の映画『残菊物語』でも『積恋雪関扉』は重要な場面で登場している。そして『残菊物語』こそ、何を隠そう、吉田修一が歌舞伎をテーマにした小説に挑んでみたいと思うきっかけとなった作品なのである。人気に溺れ、天狗になっていた二代目尾上菊之助が、恋人のお徳と出奔して、苦労の末に再び舞台に返り咲くまでを描いたこの映画で、長いどさまわり生活からの復帰をかけて挑むのが『積恋雪関扉』なのだ。

『国宝』(下巻、p.421)

ここを読んで、『残菊物語』との深いつながりを感じました。
けれども、一つ疑問だったのは瀧さんが「『残菊物語』こそ吉田修一が歌舞伎をテーマに小説に挑んでみたいと思うきっかけとなった作品なの」だと言い切った根拠でした。

そんなときにネット上の記事で次のような文章に出くわしました。
文庫解説を書かれた瀧さんが吉田修一さん本人にインタビューをされた様子が掲載されたネット記事の一節です。

瀧さん―それにしても、どうして歌舞伎を描こうと思ったんでしょう。
吉田さん―最初のきっかけは、仲のいい映画監督と歌舞伎の話になったことでした。数年後に朝日でまた連載をやることになっていて『悪人』からちょうど10年ぶりの作品になるから、何かスケールの大きいものを描きたいというのがあって、まったく自分が知らないところに飛び込んで、これまでとは違うものを描きたいとなんとなく思っていたところに、歌舞伎っていうのがピタッとハマったんですよね。決定打になったのは、それからしばらくして溝口健二の『残菊物語』を観たんです。『残菊物語』は、『国宝』の俊介と同じで、一度は落ちぶれた歌舞伎役者が旅回りをして復活する話なんですけど、その時に踊って見せるのが『積恋雪関扉』で「スゴイ!」と思って、あれでヤラれちゃいましたね。花魁かんざしをいっぱいつけた墨染が、くっくっくっと首を人形みたいに動かして踊るのを観た時に、何だろう、これはと惹きつけられた。その時の自分は歌舞伎がどういうものかもわからない今以上のド素人だったけれど、一流の踊りっていうのは、こういうものかと思わせるものがあったんです。だから入り口は、実は映画でした。(好書好日 「歌舞伎の黒衣経験を血肉に、冒険し続けた4年間 吉田修一さん新刊「国宝」1万字インタビュー」2018.09.08)

これは決定打でしたね。
歌舞伎の小説『国宝』に映画がとても影響していたことがこれらの記述から明らかとなりました。

その他
・幸田という怪しげな宗教家が出てきて、幸子が持つ花井家(丹波屋)の財産を狙おうとする描写がある。(例えば下巻p.9)
→『悪人』の登場人物である祐一の祖母・房枝が心細さから、高額の漢方薬を買わされる構図に似ているように感じた。

以上で、『国宝』の紹介は終わります。
吉田修一さんの作品に懸ける気迫をびしびしと感じる作品でした。
また、『国宝』を作る上で映画「残菊物語」が大きく影響していたこともわかり、良かったです。

では、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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