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観てから読む?読んでから観る? 京極夏彦『狐花』

*ネタバレを避ける努力をしておりますが、内容に触れる部分があります。

2024年8月4日から幕を開ける納涼歌舞伎、第三部のために書かれたものである。

『狐花』チラシ画像

京極夏彦らしい、謎めいた雰囲気で始まる。

この人は誰で、どこへ行くのだろう? この人を止める黒衣の男は、なにを予感しているのだろう?

そして最後まで読んで、悲しく苦しい結末に胸は痛みつつ、指はすぐに最初のページへ戻る。
そうしたって、読んでしまった結末は消えないし、登場人物たちの時間を巻き戻せるはずもないのだが、そうしてしまう。

この作品の舞台は、江戸時代。
物語の中で、北町奉行は遠山という名前だと出てくる。
京極夏彦の『鵺の碑』819ページあたりに、曽祖父 中禅寺洲齋について中禅寺秋彦が話す場面があり、ここでも「天保時代」だと言っているので、そのころの話のようだ。

幽霊騒ぎをきっかけに、作事さくじ奉行の上月監物、上月家の用人 的場佐平次、材木問屋の近江屋源兵衛、口入屋の辰巳屋棠蔵とうぞうという4人は、25年前の秘密が暴かれるのではと警戒しはじめる。

妖しく交錯してもつれる糸を、憑物落としの中禅寺洲齋ちゅうぜんじじゅうさいが解きほぐしていく展開は、百鬼夜行シリーズと似ている。

とはいえ歌舞伎のための書き下ろしなのだから、『百器徒然袋』の中の1エピソードみたいな雰囲気かな、と思っていたのだが、まったく違う。予想以上に重い。

こんな重大エピソードを、歌舞伎前提の作品に新作で持ってくるとは、太っ腹というか、天才ゆえの容赦のなさというのか。演じる側は責任重大…。

これを、どう歌舞伎にしたのか興味が湧く。

京極作品は、登場人物それぞれの視点で物事が語られて、それを組み上げて少しずつ全体があらわれてくる形式のものも多い。
今回は歌舞伎にする想定だったからか、俯瞰で語られていて全体は見えやすい。

そして中禅寺秋彦の憑物落としだと、耳で一度聞くだけでは絶対(わたしには)分からない言葉ばかりだが、中禅寺洲齋の言葉はかなり配慮されている感じがある。

登場のタイミングも小分けになっているので、「京極堂まだかぁああ」みたいにならず、舞台化に合ってそうに思う。

しかし、歌舞伎座の8月納涼歌舞伎は3部制なので、昼夜の2部制より時間が短い。
時間内に収まったのだろうか?どこを縮めたのだろう?なんて、気にし始めると、観てから読んだ方が良かったかな…という思いもよぎる。

読み終えて、あらためて配役を見てみる。

米吉の雪乃、萩之介とお葉を七之助。
監物を勘九郎がするのは面白そうだ。
そして雪乃の母美冬を笑三郎。重要人物。
意外な配役が、登紀の坂東新悟。儚げで優しい美貌の新悟が、濃いキャラの登紀をどう演じるのか楽しみ。

そして配役に「信田しのだ家」とある。
歌舞伎で「シノダ」とくれば、続けて「…の森の、」と言いたくなる。既刊のストーリーからこういうところへきれいに結びついていくあたり、さすが京極夏彦だ。

初回特典で、魔除けの御札が挟まっていた。

なお、『書楼弔堂 破暁』の最後の話「未完」に、洲齋の息子 中禅寺たすくが登場する。
倒れた父にかわって中野の武蔵晴明社を嗣ぐことにしたものの、まじない師の父に抱いていた複雑な思いがあり、それが父の残した書物に触れて晴れていく様子が描かれる。

京極作品が好きな人にとって、『狐花』は中禅寺家の新たな(そして衝撃的な)情報が開示されるので、小説だけ読むのもありだと思う。

先に読んで観劇に備えるか、歌舞伎を観てから読んで観劇の余韻とともに味わうか。おそらくどっちも楽しい。

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