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まっすぐ前だけを見るといい【成瀬は天下を取りにいく/宮島未奈】

2020年、中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。

コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。

M-1に挑戦したかと思えば、自身の髪で長期実験に取り組み、市民憲章は暗記して全うする。

今日も全力で我が道を突き進む成瀬あかりから、きっと誰もが目を離せない。

2023年、最注目の新人が贈る傑作青春小説!

【Amazon.HPより】



本を選ぶ時、たいていは自分と同じ年代の作者か、同じ年代の登場人物か、もしくは、自分よりもう少し上の年代で同性の作者が描く作品を選ぶことが多い。

いくつになっても悩みは尽きないもので、その世代、その時代のスタンダードか、もしくは〝許容範囲〟のようなものを知りたい。

そんな気持ちで選んでしまうんだと思う。


でも今回の主人公は、中学2年生。


自分と比べるには世代がかけ離れ過ぎている上、この主人公が生きる中二時代と私の当時のそれともまた、大きくかけ離れているはずなのに、なんだかこの本から放たれる瑞々しいエネルギーみたいなものに惹かれて手に取った。


主人公の〝成瀬〟(あえて苗字で呼び捨てにしたくなるところがまたいい)は、常に我が道を行く中二女子。

女子、と呼ぶにはまた潔すぎてそこもまた、自分が中学生の頃に先輩を見上げていたような眩しさも感じる。



成瀬の存在の勢いそのままに、最初から最後まで一気に読んだ中で、心を射抜かれた場面はここ。

〜向こうの方からトートバッグを提げた大貫が歩いてくるのが見えた。
「おう、大貫」
 声をかけると、大貫は「なによ」と迷惑そうな顔をする。どうも嫌われているらしいのだが、成瀬は大貫が嫌いではないため、遠慮する道理はない。

【成瀬は天下を取りにいく/宮島未奈】


〝大貫〟という女の子は、高校入学を機にスクールカースト(のようなもの)において遅れをとるまい、と必死の思いでその初日を迎えた。



どう自己紹介したらみんなに受け入れられそうか?

ペアになる場面では一人にならないようにしなければ。

つまらない人間と思われたくない。


誰になにを命ぜられたわけでもないのに、一人、先走って緊張している。

ああ、なんとなく子供の頃の自分に似ているな、と思う。


小学校〜中学校時代に、転校生を3回経験した私は、静まり返ったクラスのみんなを目の前に自己紹介をする、という場面を今も覚えている。同級生の顔やその当時の担任の顔はほとんど覚えていないけれど、「どんな奴が来たのかな?」と観察されているような空気の中で、悪目立ちせず、かといって根暗だと思われないようにバランスを取りながら振る舞うのが、一番最初に最も気を遣うところだった。


〝大貫〟が、クラスのみんなの様子を見ながら、自らの振る舞いに細心の注意を払い、内心めちゃくちゃお喋りになりながら自分が今置かれているポジションを確認する様子など、彼女の気持ちが痛いほどよくわかる。


一方、そんな〝大貫〟の切迫感を微塵も持たないのが〝成瀬〟。


同じ中学校の出身でありながら全くタイプの違う二人が、たまたま同じクラスになるのだけれど、同じ中学の出身として、成瀬の一挙手一投足が気になって仕方ない大貫と、そんなことはどこ吹く風の成瀬にまたもや憧れてしまう私・・・。


そうそう、こんな風に生きたかったよ。成瀬、カッコいいな・・・。


何かと成瀬を意識する大貫とばったり出くわした場面が、


〜向こうの方からトートバッグを提げた大貫が歩いてくるのが見えた。
「おう、大貫」
 声をかけると、大貫は「なによ」と迷惑そうな顔をする。どうも嫌われているらしいのだが、成瀬は大貫が嫌いではないため、遠慮する道理はない。

【成瀬は天下を取りにいく/宮島未奈】


なのだ。


ナチュラルに我が道をゆく成瀬なので、大貫も気兼ねなく迷惑そうな顔ができる。ある意味、大貫にとっては一番素を出しやすい相手なんじゃないかな・・・。


「相手に嫌われたらどうしよう」


「嫌なやつって思われたらどうしよう」


「感じ悪い人って思われたらどうしよう」


「センス悪いやつって思われたらどうしよう」


「気が利かないって思われたらどうしよう」


「空気読めないやつって思われたらどうしよう」


こんな風に、瞬時に、多種多様な「どうしよう」が発動してしまうことで疲れている人は、成瀬の視点を手に入れるといいと思う。


成瀬は、まっすぐ前だけを見ている。


そして、相手がどういう態度に出ようとも、そこで自分の心がざわつかない限りは、意に介する必要はない!!


ああ、成瀬・・・。

もっと早く出会いたかったよ。


根が大貫の私が、成瀬に惹かれる理由がわかってしまった。


2024年本屋大賞受賞作!
成瀬の天下取り!

【坪田譲治文学賞】
【「静岡書店大賞」小説部門 第1位】
【ダ・ヴィンチ「BOOK OF THE YEAR 2023」小説部門第1位】
【「読書メーター OF THE TEAR 2023-2024」第1位】
【「中高生におすすめする司書のイチオシ本 2023年版」第1位】
【第17回「神奈川学校図書館員大賞(KO本大賞)」受賞】
【「キノベス!2024」第1位】

など続々受賞。






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