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小説:オンラインゲーム「H・O・P・E」

割引あり

この小説は、私のメルマガ「週刊 Life is beautiful」で2023年の10月から12月にかけて掲載した連載小説をまとめたものです。テーマは、AIにより仕事を奪われた人たちへの救済策としてのUBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)です。
急速なAIの進化により、大きな変化が社会に起こりつつあります。そんな時代の社会システムはどうあるべきなのか、仕事を無くした人々はどこに「生きがい」を見つければ良いのか、そんな議論の助けになれば良いと思い、書きました。

まえがき

第一章

届いた荷物を開けると、そこには「ようこそUBIプログラムへ!」と一言だけ書かれたカードと共に、一つの「グラス」が丁寧に梱包されていた。詳しい説明は、グラスをかければ分かる、ということなのだろう。

友也は梱包を開けて、グラスを手に取った。子供の頃に遊んでいたグラス(その頃はVRグラスと呼ばれていた)と違い、とても軽くて薄い。明かに最新式だ。

大学受験に失敗し、就職もせずに、UBIと呼ばれる社会保障システムの恩恵に預かることになった友也に、なんでこんな高価なグラスを受け取る権利があるのか腑に落ちなかったが、友也は迷わずにグラスと、同梱されていた手袋を装着した。

◇ ◇ ◇

友也は、ごく普通の高校生だった。勉強は中の上ぐらい、サッカー部には入ったものの、運動神経の鈍い友也は万年補欠だった。たとえレギュラーになったところで、友也が通っていた学校の弱小サッカー・チームのレギュラーになっただけでは女の子にモテるわけはない、と友也は割り切っていた。

そんな友也が大学に進めないのは、友也が中学3年の時に政府により行われた、大学の「大編成」のためだ。友也が小学校に入学した頃に始まったAIの急激な進歩により、世の中が「AIを使いこなして桁違いの生産性で働くエリートたち」と「そうでない人々」とに、はっきりと二分されてしまったのだ。

結果として、大学を卒業しながらも就職できない人たちが大量に増え、「通ってもまともな職につけない大学」とレッテルを貼られた大学が次々に経営危機に陥ってしまったのだ。

大学の閉鎖や合併が続く中、ついに政府が重い腰を上げ、一部の大学だけをエリート育成のための職業訓練学校として残し、他は廃校することを促した結果、大学の数が大幅に減り、大学に行けるのは偏差値65以上のごく一部の学生だけになってしまったのだ。

その煽りをまともに受けたのが、友也の1~2年上の先輩たちだ。政府はさまざまな施策で彼らの社会参加を促そうとしたが、高卒の彼らに出来る仕事と言えば、自動化に乗り遅れている小売店の売り子や、工事現場、高齢者の介護の補助など、いわゆる海外からの技術研修生たちがやっているような仕事だ。

AIの進化により、働く人を求めている職場と、人々が働きたいと考える職場の間に大きなギャップが生まれ、求人倍率が1を超えているにも関わらず、若年失業者が増える、という大きな歪みが社会に生まれてしまったのだ。

工事や介護などの職場に人が不足している問題は、AIの進化を追いかけるように急速に進んでいるロボット技術により数年以内に解決するだろうと言われているが、失業者の、特に若年失業者の問題を解決する方法は簡単には見つからない。

再び大学の数を増やせば良いと主張する人もいるが、AIがさらなる進化を続けて、「人間にしか出来ない仕事」が減りつつある今の時代に、闇雲に大学の卒業生を増やすことが賢い戦略だとは思えない。

そこで政府が苦肉の策として実験的にスタートしたのが「UBIプログラム」だ。大学受験に失敗し、就職先も見つからない高校の卒業生に、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)という仕組みで最低限の生活費を提供する、という仕組みだ。

友也の世代が、UBIプログラムに参加できる最初の世代となるが、友也のクラスメートたちは皆、「それって名前を変えた生活保護じゃん」と言って馬鹿にしていた。

友也もその時は一緒になって否定的な発言をしていたものの、父親を小さい頃に亡くし、パート掛け持ちの母親に育てられた友也は、家計が厳しい状況なことは十分に承知しており、UBIプログラムに参加することを決めたのだ。

◇ ◇ ◇

友也がUBIプログラムへの参加を申請してすぐに送られてきたのが、このグラスだ。政府が「行政のデジタル化」を進めて以来、学校にもさまざまなデバイスが導入されたが、UBIプログラムの参加者にグラスが配られるとは、友也の想像を超えていた。

グラスを装着すると、すぐに表示されたのが「UBIへようこそ」という文字と、それに続く、デバイスの使い方を説明してくれる女性の映像だ。ハンズフリーのインターフェイスはゲーム用のVRグラスと同等で、友也にはすぐ理解できた。

女性は、画面のアイコンの一つを指差し、毎月のベーシック・インカムの受け取りについては、そのアイコンを選んで手続きをする必要があることを教えてくれた。

それも重要だとは思ったが、まずはこのグラスにどんなアプリが搭載されているのが知りたくて、友也はアプリアイコンを選択した。

政府が提供したデバイスだから、どうせ大したアプリは期待できないだろうとアプリアイコンを選択した友也は、その先に「H・O・P・E」と言うタイトルのついた、モンスターと戦うオンラインゲームらしきアプリのアイコンが大きく配置されているのに、少々驚かされた。

早速、そのゲームをスタートすると、友也は、いや、正確には友也のアバターは、木がまばらに生えたサバンナに立っていた。映像のクオリティは、これまで遊んだことがある全てのゲームを遥かに凌駕しており、友也は自分がサバンナに実際に立っているような感覚を覚えた。

友也のアバターは簡易的な戦闘服を来ており、右手には小さな銃が握られている。少し離れたところにはモンスターと戦っている他のアバターたちも見える。想像した通りのオンライン・ゲームだ。

右手を見ると、木の上に、小さな鳥型のモンスターがいる。友也には気がついていないようなので、後ろからゆっくりの近づき、狙いを定めて銃を撃つ。20ポイントを稼ぐことが出来た。レベル2まで、後180ポイントが必要、と表示される。

そんな調子で鳥型のモンスターを倒していたら、すぐにレベル2に上げることが出来た。レベル2に上がったところで、右手の銃や服装に変化はない。より強力な武器や防具は、自分で調達しなければならないようだ。

ちなみに、友也は、オンラインゲームは好きだが、基本的には一人でプレーする「ソロ」を選ぶスタイルだ。当初はサッカー部の友人たちと一緒にパーティを組んでプレーしていたが、ゲームの中でまで「万年補欠」扱いされるのに飽き飽きしてしまったのだ。

このゲームの中でも、パーティを組んで戦っているプレーヤーたちもいるようだが、友也はいつものようにソロで通すことにした。最近のオンライン・ゲームは、ソロでも時間さえかければレベルを上げられるように出来ているので、友也にはそれで十分だった。学校を卒業し、仕事もない友也にはたっぷりと時間がある。

その調子で、小一時間ほど遊び、レベルは5にまで上げることができた。見つけたトレジャーボックの中から、連写式の銃を手に入れることも出来た。これならもう少し行動範囲を広げても良さそうだ。

そこで次に行ってみようと目をつけていた、サバンナの東側にある林の中に入ってみることにした。どんなモンスターがいるか分からないし、見通しも悪いので、慎重に行動する必要がある。

林に入ってすぐ、大きめのモンスターと戦う女性戦士の姿が目に入った。レベルは友也と同じレベル5だが、かなり苦戦しているようだ。

友也が、一度林から出た方が良さそうだ、と考えたのと、その女性戦士からパーティの申請が来たのは同時だった。「このモンスターを倒すまでだけでいいからお願い」という彼女の声が聞こえてきた。このゲームは、パーティのメンバーでなくとも、近くにいれば話しかけることが出来る仕様らしい。

彼女の声が妙に魅力的だったこともあり、友也はその申請を受け入れ、戦いに参加した。なかなか手強い相手だったが、友也が手に入れたばかりの連写式の銃のおかげで、かろうじて倒すことが出来た。

手強い相手だったこともあり、300ポイントを得ることが出来、二人とも同時にレベル6に昇格した。

「ありがとう」と言いながら女性は握手を求めて来た。握手が出来る仕様のゲームは初めてだったが、専用の手袋のおかげで、感触はとてもリアルだった。彼女の手はとても柔らかかったが、女の子の手を握ったこともない友也には、この柔らかさが、本当のものなのかどうか、知る由もなかった。

彼女に「あなた、ソロで楽しんいたでしょ。もう、パーティを解消しても良いわよ。私も基本、ソロだから」と言われて、友也は少しショックだった。パーティ戦を初めて楽しいと感じたからだ。

そこで思い切って「あのモンスターを倒して300ポイントももらえるなら、この林で少し一緒に狩りをしない?」と声をかけてみた。女の子をデートに誘うなどとは程遠い高校生活を送ってきた友也だけど、この時だけは、珍しく勇気が出たのだ。

「いいわよ。あたし、あと1時間ぐらいしかプレーできないけど。こっちはもう夜だから」と彼女。

「こっちは夜、ってどこに住んでるの?」

「ロサンゼルスよ。出身はクロアチアだけど、留学でロスに来たの。あなたは?」

「日本だよ。なんで言葉が通じるんだろう?」

「自動翻訳らしいよ。すごい性能だね。」

彼女の名前はルチアで、友也と同じ18歳だった。昼間は大学で生物学を学んでいるらしい。友也は、自分も大学生で、経済の勉強をしていると嘘をついてしまった。

二人は意気投合して、その林でモンスターを刈りまくった。レベル9まで上げたところで、友也の方から、「もう寝た方が良いよ」と声をかけた。楽しかったけど、彼女に無理をさせてはいけないと思ったからだ。

ルチアがログアウトする前に、二人は明日もその林の入り口で落ち合うことにした。日本との16時間の時差を考えて、日本の12時、ロスの20時ということにした。本当はもっと早い時間でも良かったのだが、朝からずっとゲームをしていたら、友也が大学に行っていないことがバレてしまう。

友也もすぐにログアウトし、グラスを外した。パーティ戦を楽しむなんて、友也にとっては初めての体験だった。それも女の子がパートナーだ。

姿はゲームが提供する女性戦士なので、ルチアが実際にどんな顔をしているかわからないが、声から想像するにとても可愛いに違いない、と友也は勝手に思い込んでいた。ネットで、クロアチアの若い女性の顔を検索しては、「こんな子かも!」と一人で盛り上がっていた。

友也はここでようやく、これがUBIプログラムから提供されているものであることを思い出した。こんな楽しい思いが出来て、毎月生活費がもらえるなんて、なんて素晴らしいプログラムなんだろう、友也はUBIプログラムの設計者に心底感謝した。

第二章

友也がUBIプログラムから提供されたオンラインゲームを楽しんだ翌日の朝、霞ヶ関の会議室で、サーバーに繋いだパソコンの画面をプロジェクターに写しながら、一人だけその場に不釣り合いなTシャツを着たエンジニアが、同席する背広を来た人々に向けて説明をしていた。メンバーの多くは明らかに霞ヶ関の官僚だが、そのうち二人は議員バッチをつけた初老の政治家だ。

「昨日の0時までの段階で、UBIグラスでログインした被験者は、現時点で865人。そのうち、UBI受け取りの手続きを完了した被験者は、321人です。期待していたよりも少ないですが、1週間以内にほとんどの被験者が登録すると見ています。1週間立っても手続きが完了していない被験者にはノーティフィケーションを送ります。

一方、オンラインゲーム『H・O・P・E』を遊んだ被験者は762人と予想を上回る比率です。審議官からのリクエストに応じて、ホーム画面から2ステップでゲームに辿り着けるようにしたのは正解だったようです。」

とエンジニアは斜め前に座る官僚の一人に目を向けた。

審議官と呼ばれた男は、自慢そうな顔もせずに「続けてください」とだけ言った。

「平均プレー時間は、4時間32分。グラスが彼らの手元に届いたのが、午後だったことを考えれば、悪くない数字です。

『パーティ戦』にまで進んだ被験者は303人と、50%を切っていますが、まだ1日目なのでそれほど心配する必要はないと思います。

パーティを組んだ303人のうち、1対1のパーティを組んだのが240人、もしくは3人以上のパーティを組んだのは63人です。通常のオンラインゲームのパーティ構成とは大きく異なりますが、これは意図的な設計の結果で、ほぼ予想した通りの展開になっています。

一度組んだパーティを解消した被験者も13人ほどいますが、パーティの解消にそれほど神経質になる必要はないと考えています。最終的に居心地の良いパーティを見つけて、長く楽しんでもらうことが重要ですから。」

続いて、審議官と呼ばれていた男が立ち上がり、部屋の反対側にいる議員たちに向かって解説を始めた。

「先生方には既にご理解いただいていると思いますが、オンラインゲームは、UBIプロジェクトを成功させるためには、最も重要な存在であることを再度、強調させていただきます。

十分な用意もなくUBIを開始したヨーロッパでは、UBIを受け取った若者の中で、うつ病もしくはそれに近い症状を訴える割合が30%を超し、自殺者と家庭内暴力も急増しています。街によっては、彼らが徒党を組んでショッピングモールを襲う、などの事件を起こして大きな社会問題になっています。

心理学者たちの分析によれば、UBIを受け取る若者たちが精神的に不安定になる一番原因は、UBIが提供する『働かなくても生活できる』環境そのものにあります。『自分は社会に必要とされていない』ことを実感した若者が、うつ病にかかったり、暴力に走るのだと、説明されています。

UBI懐疑派は、ヨーロッパの事例を理由にUBIの導入に猛反対して来ましたが、AIの進化により壊滅状態になった知的労働市場、および、今後同じことがロボットの進化により他の労働市場に引き起こされることが明確なことを考えれば、日本においてもUBIの導入が必須であることは明確です。

ヨーロッパと同じような状況に陥ることを避けるために開発されたのが、今回、被験者全員に提供している、「UBIグラス」と呼んでいる専用のグラスと、それを使って遊べるオンラインゲームです。

我々が提供するオンラインゲームは、表面上は、従来型のオンラインゲームに似てはいますが、一つだけ大きな違いがあります。その目的が『社会の秩序と安定』にある点です。

我々のチームは、長年、若者の行動について研究して来ました。

『なぜイジメや不登校が起こるのか』『なぜうつ病にかかる若者が増えているのか』という身近なテーマから、若者が暴徒化したり、暴力団やテロリスト集団に入ってしまう心理状態まで、徹底的に研究してきました。

イジメからテロリストまで、かなり広い範囲の話ですが、一つだけ共通点が明らかになってきました。それは、『自分が社会に必要とされている』という感覚の欠如です。

人間は、エリオット アロンソン氏が著書『ザ・ソーシャル・アニマル』で指摘した通り、社会に属していなけれえば生きていけない動物です。社会インフラや食べ物などの物理面はもちろん、精神面もとても重要なのです。

既に社会インフラが整い、モノや食べ物が溢れる世の中で育った子供たちには『社会は自分たちが支えなければならない』という感覚が薄く、その裏返しとして、『自分は何のために生きているのか』『自分は社会に必要とされていないんではないか』という疑問や不安による情緒不安定に陥りやすいのです。

それは、うつ病や不登校のような消極的形で現れることもあれば、逆に、イジメや家庭内暴力のような暴力的な形で現れることもありますが、根っこは同じです。

暴力団やカルト集団が、そんな若者たちの弱さにつけ込んでメンバーを集めることはよく知られていますが、これは見方を変えれば、彼らがそんな若者たちに対して『自分を必要としてくれている場所』を提供しているとも言えるのです。

極端な例が、テロリスト集団です。先進国で暮らしている若者が、自ら進んで中東のテロリスト集団に参加したり、彼らに同調して国内でテロを起こしたりする問題の根底には、社会の中で自分の居場所を見つけることが出来ない、若者の不安があるのです。

2013年のボストンマラソンで起こった爆破テロは、チェチェン共和国から移住してきた兄弟二人が中東のテロリストに同調して起こした事件ですが、この背景には彼らが子供の頃に受けていた人種差別やイジメがあったとされています。

この事件の後、この手のテロ事件を未然に防ぐには、ティーンエージャーのメンタル・ケアが最も効果的だ、という提言をした学者がいたそうですが、FBIは相手にしてくれなかったそうです。

UBIプログラムの被験者に対して提供されるオンラインゲームは、そんな『悩める若者たち』に、リアルな社会の代わりに『生きる理由』『自分を必要としてくれている場所』を与えるために開発されたゲームです。フラグシップ的な役割を果たすゲームのタイトルが『H・O・P・E(希望)』と付けられているのは、被験者に『生きる希望』を与えることを目的に開発されたゲームだからです。

最新のAI技術を最大限に活用することにより、被験者の性格・プレースタイルに合わせたパーティに参加できるように、プレーヤーを配置します。『ボス風』を吹かせたがる人にはパーティのリーダー役を与え、異性と二人でパーティを組むことを好む人には、最適のパートナーとの出会いを演出します。

自己嫌悪に陥っているプレーヤーには、ゲーム内に配置したトレジャリーボックスで強力な武器や防具を与え、パーティ戦で活躍することを可能にして、自信を取り戻してもらうようにはかります。

UBIグラスには、通常のカメラやモーション・センサーに加えて、装着した人の脳波、脈拍、体温、心電情報を測定するセンサーを装備していますが、これらの情報を総合的に判断して、被験者の感情の動きをリアルタイムで読み取り、それに合わせて適宜、環境をダイナミックに変化させています。

数年前から、テキストデータだけでなく、画像・映像・音も処理できるマルチモーダルなLLMが話題になっていますが、我々が開発している人工知能は、それらに加えて、各種センサーからのデータを処理することが可能なのです。

モンスターと正面から戦うのに不安を感じるプレーヤーには、モンスターの後ろから忍び寄る能力を与え、逆に、簡単すぎて面白くないと感じているプレーヤーには、よりチャレンジングな戦いの場を提供します。

この人工知能を使えば、うつ病を未然に感知したり、暴力的な行動に走りやすい性格の人を見つけ出すことが可能ですが、我々の目的は、単にそんな『ハイリスクな若者』を見つけ出すことではなく、ゲームを通じて、そんなリスクを大幅に軽減することにあります。

ゲームを遊ぶ被験者の心理状態を操るには、とても高度なテクニックが必要ですが、実は日本にはそのノウハウを持ったエンジニアが大勢いるのです。

インターネットのインフラ・ビジネスを米国のGAFAMに奪われてしまった日本のベンチャー企業は、モバイル・アプリというニッチな市場で成功を収めることに成功しましたが、そこで使われているのが、ユーザーの射幸性を操る『ガチャ』という手法です。

『ガチャ」は、ユーザーの射幸性を刺激して課金を促す、いわゆる『弱者から搾取する』悪質なビジネスモデルであり、批判されても仕方がないモノですが、これを通して日本のエンジニアたちが学んだノウハウは、今回のプロジェクトに大いに役に立っています。

ユーザーから搾取することを目的としたガチャとは違い、UBIプロジェクトの一番の目的は、参加した若者たちに『生きる理由」『生きがい』を与えることにあります。別の言い方をすれば、学校や職場に代わる『居場所』を提供するのです。

心地よい居場所で充実した人生が送れれば、うつ病になったり、暴力に走ることもなくなるし、彼らが居場所を求めて暴力団やカルトやテロリストに参加する可能性も大きく減らすことが可能だと考えています。

つまり、UBIプロジェクトは、単なる職につけない若者の救済ではなく、犯罪やテロの防止策でもあるのです。

ちなみに、このオンライン・ゲームは、日本だけでなく、米国のいくつかの州で、同時にベータテストを開始しました。ボストンマラソン後に受けた提言に対して、FBIが何も行動を起こせなかったことを問題視している米国の議員たちからも、このプロジェクトには大きな期待が寄せられているのです。

ライセンス料による外貨収入を期待しているのはもちろんですが、このプロジェクトが、単に、日本国内の秩序だけでなく、世界平和に繋がるのでは、と期待しています。

これは、総理が、就任演説で語られた『日本は武器を売って外貨を稼ぐのではなく、平和を売って外貨を稼ぐ国になるべきだ』という言葉を具現化したもの、と考えていただいても結構です。

第三章

翌日、友也は朝から上の空だった。オンラインゲーム「H・O・P・E」でルチア と過ごした時間があまりにも楽しかったので、その余韻に浸っていたこともあるが、早くゲームにログインしたくて仕方がなかったのだ。

しかし、昼は大学に通っていると言ってしまった手前、あまり早くログインしてはその嘘がルチアにバレてしまう。せめて昼過ぎまでは我慢しようと決めて、午前中はネットで役にも立たない動画を見て時間を潰した。

結局、約束した時間よりも三十分ほど早くログインすると、ルチアはすでにログインしていると画面の片隅に表示されている。昨日一緒に狩りをした林の東側にある池の近くにいる。友也が戻った場所から、それほで遠くではない。

友也はルチアに話しけようとしたが、出来ないことに気が付いた。このゲームは、パーティを組んだ相手の場所を知ることは出来るが、近くに移動しない限り話しかけることは出来ない設計になっているようだ。

早足でそこまで歩くと、池の辺りにルチアが座っているのが見えた。何かを熱心にしているようだ。友也が近づきながら声をかけると、気がついて手を振り返してくれる。

友也が走って近づくと、ルチアは嬉しそうに立ち上がり、

「見て見て、こんなに釣れたのよ!」

とバケツの中の魚を見せてくれる。

「これを焼き魚にして、今日の狩の携帯食料にするの」

ととても自慢そうだ。

このゲームは、モンスターと戦うと体力を消耗するため、時々休む必要があるが、食事をすると回復が早くなるのだ。

嬉しそうなルチアを見て、友也はなんとも言えない気持ちになった。先にログインしたルチアは、ソロで狩りをしてレベル上げをしていることも出来たのに、友也との狩りをより効率的にするために、魚釣りをしてくれていたのだ。

昨日、ルチアがログアウトすると同時に自分もログアウトしてしまったことを、友也は少し反省した。今日は少し残って、二人のために何かをしよう、と友也は心の中で誓った。

焼き魚を作るのは思ったより手間がかかった。かまどはその辺に転がっている石を積み上げることで簡単に出来たが、燃料にする薪を拾い集めるのに結構時間がかかったのだ。ルチアと話しながらだと、そんな時間すら楽しいと感じる友也であった。

ルチアが最初に気がついたのだが、このゲームは、細かなところが実際の世界に近く作ってあるのが特徴だ。近くにいる人にしか話すことが出来ないとか、時間をかけて薪拾いをしなければいけないとか、他のオンラインゲームとは一味違う。

彼女に言わせると、釣りも簡単ではなく、釣具だけはトレジャーボックス内に見つけたものの、餌になるミミズは自分で調達する必要があったし、釣りに適したスポットも試行錯誤で見つけるしかなかったそうだ。

魚も良い具合に焼けたので、それを二人で分け、友也とルチアは狩に出かけた。ルチアが池の反対側にいるモンスターがちょうど良い強さであることを前もって調べておいてくれたので、狩りは順調に進んだ。

途中で手榴弾が複数入ったトレジャーボックスを見つけたので、それを使ってみると、さらに狩りは効率的になった。

目に付くモンスターを狩り尽くし、小川にたどり着いた時には、二人のレベルは13になっていた。

小川の先に、灯りが見えるのを見つけた友也が「あそこに灯りが見える。街があるのかも知れない。行ってみよう。」と提案すると、ルチアは「ごめんね、私そろそろ寝なきゃ。明日は朝イチから授業があるの」と言う。

「そうだね。遅くまで付き合ってくれてありがとう。今日もとても楽しかったよ。」と友也が言うと、「先に街に行って何があるか調べておいてくれてもいいかも。強い武器とか、良い釣具とかも売ってるかも知れないし。」とルチア。

「じゃあまた明日、ここで同じぐらいの時間に」と今度は友也から握手を求める。ルチアの手は、昨日と同じく柔らかかった。

ルチアがログアウトすると、友也は早速、街に向かった。ルチアが喜ぶ何かを見つけたい、という思いで一杯だった。

街に入ると、最初に目についたのが、刀のロゴがついた小さな小屋だった。武器ショップかも知れないと、友也が中に入ると、すぐに目についたのは、真っ赤に焼けた細長い金属をハンマーで叩いているロボットだった。武器ショップではなく、刀を作る鍛冶屋のようだ。

ロボットは手を止めて、友也の方に振り向き、話しかけてきた。

「まだ狩人になりたての新人みたいだけど、良い狩人になりたいなら、武器の作り方から学ぶのが一番だよ。興味があるなら、そこに椅子に座って、ちょっと待ってていてくれ。これを仕上げちゃうから。」と入り口の近くにある丸椅子を顎で指し示す。

友也は椅子に座りながら、「このゲーム内では、NPCはロボットなのか」と感心した。最近のゲームは、AIの進化により、プレーヤーとNPC(Non-Player Character)の区別が付きにくいのが難点だが、ロボットにしてくれれば、分かりやすい。

ロボットはハンマーを叩きながら、「こうやって叩いていると、鉄は叩いた方向に圧縮されて、強度が増すんだ。この作業が、良い刀を作るのには欠かせないプロセスなんだ。これが出来たら、次は君にもやらせてあげるから、良く見ておくんだ。ちなみに、俺の名前は、マックス。君は?」

「友也です。」

刀を一本仕上げたマックスは、約束通り友也にもハンマーを握らせ、一本の小振りのナイフを打たせてくれた。最初は恐る恐るハンマーを打っていた友也もマックスに励ませれて、だんだん調子が出て来た。

そんな友也を嬉しそうに見ながら、マックスは刀作りについて色々と教えてくれた。金属の粘性の話から原子構造まで、まるで物理の授業だ。

マックスの話を聞いていて思い出したのが、高校で生徒たちから「ハカセ」と呼ばれていた物理の教師のことだ。ハカセの授業はいつも色々な実験を交えた授業で、友也だけでなく、他の生徒にも大人気だった。

打ち終えたナイフを研磨する作業にもチャレンジしたが、なかなか上手く出来ず、最後はマックスに仕上げてもらう必要があった。

「何本も作っているうちに、だんだんコツが掴めてくるから焦る必要はないよ」と励ましてくれるマックス。

出来たナイフに木製の柄を付けて革製の鞘に入れたマックスは、「モンスターと戦う武器にはならないけど、魚を捌いたり、枝を削ることなら十分だよ」と友也に渡してくれる。

「ありがとうございます!また来てもいいですか?」

「もちろんだよ。次はもう少し大きなナイフにチャレンジしよう。」

鍛冶屋を出た友也は、結構な時間をナイフ作りに費やしてしまったことに気がついた。慣れないハンマーを扱ったために腕もだるいし、汗も結構かいている。

ルチアが指摘した通り、このゲームは妙なところがリアルだ。これまでもゲームの中で武器を作ったことはあるが、どのゲームでも、素材を用意すれば一瞬で出来てしまう。しかしこのゲームでは、ナイフ一本作るにも小一時間必要なのだ。

友也はその後も街を少し散策したが、単なる武器ショップはなく、旋盤工場、弓矢の製造場、防具の製造場など、狩に必要なものを作る工場ばかりが並んでいることに気がついた。

ひょっとしたら、このゲームの世界にはお金というのもが存在しないのかも知れない、と友也は思い始めていた。必要な武器や防具は、トレジャーボックスで見つけるか、自分で作らなければいけない、そんな世界なのかも知れない。

第五章

友也がオンラインゲーム「H・O・P・E」で遊び始めて、3ヶ月が経とうとしていた。ルチアとの関係も良好で、二人ともすでにレベルは67に達していた。パーティを組んで狩りをしていない時は、ルチアは、釣りを始めとした食料の採取や料理に時間を費やし、友也は武器や防具作りに専念していた。

他のパーティと合流して大きなパーティを組んで「大物狩り」をしたこともあるが、二人きりで行うパーティほど楽しくはなく、「必要に応じて」だけ行うことにしていた。基本的に二人のパーティで十分に狩りを楽しめるのだが、たまに、二人だけではどうしても倒せないモンスターに行き先を阻まれることがあり、そんな時にだけ、「アドホック」と呼ばれる、大きなパーティを組んで戦うのだ。

友也は一度だけ、勇気を出してルチアに「ロサンゼルスまで会いに行きたい」と言ってみたが、「こうやって『H・O・P・E』の中で友也と一緒に狩りをするのが私は大好きなの。直接会うことにより、その関係に変化が生じるのが怖いの」と断られてしまった。

確かに、オンライン・ゲームで出会った男女が、実際に会ってみたらイメージが違って離れ離れになってしまう話などはよく聞くので、ルチアが言うことにも一理ある。ルチアのように気があうパートナーと簡単に出会えるとは思えないので、余計なことはしない方が良いのかも知れない。

ルチアとは狩りをしながら、家族の話とか、子供の頃の話も色々とした。友也は幼い頃に父親を病気で亡くし、母親一人に育てられたこととか、高校ではサッカー部に入っていたが、万年補欠だったとか、ルチアになら気軽に話すことが出来た。

ルチアには一人の兄がおり、今は医者になるために病院でインターンとして働いているそうだ。父親は金融関係の仕事だが、母親は看護師をしており、その影響が大きかったようだ。ルチアが生物学を勉強しているのも、同じ理由で、大学を卒業した後は、メディカル・スクールに行くことを考えているそうだ。日本とは違い、米国では大学で生物学などの基本的な勉強をした後、メディカル・スクールと呼ばれる医療専門の大学院に進む必要があるらしい。

友也は、大学にも行かずにUBIの受給者として遊んでいる自分を恥ずかしいとは感じなかったものの、実際に会うようになれば、大学に通っているという嘘をついたことを隠しておけなくなるので、このままが良いと思った。

狩の際、二人は、友也が正面からモンスターと対峙し、ルチアが後ろに回り込んで弱点を攻撃するパターンを得意としていた。ある日、ルチアの動きがあまりにも素晴らしいのを友也が褒めた時、ルチアが「私、今まで話していなかったけど、リアルの世界では走ることが出来ないの」と突然告白した。子供の頃の交通事故が原因で、右の足首がうまく使えないらしい。「今の技術なら、いっそ義足にした方が自由に走れるようになる、とも言われたんだけど、そんなこと絶対したくないし」とルチア。

どう答えて良いか分からずに言葉に詰まってしまった友也に対して、「でもいいの、ここでは友也よりも、私の方がずっと上手に動けるし」と嬉しそうに跳ね回るルチア。友也は、そんなルチアを見て、急に胸が苦しくなってしまった。

「何、突っ立ってんの。次はあのモンスターよ!」と叫んで走り出したルチアを、友也は懸命に追いかけながら、「だからルチアはリアルの世界では会いたくないのかも」と思うと、ますます胸が苦しくなった。

第六章

「H・O・P・E実行委員会」と書かれた札が立っている霞ヶ関の会議室に、再び官僚たちと政治家が集まっていた。

政治家の一人が口を開いた。

「今朝、アメリカ大使から連絡があったばかりだが、米国政府内でも『H・O・P・E』の評価がとても高いそうだ。米国では、今回のベータ・テスト期間中に、麻薬中毒者に明らかな効果があることが数字で現れており、本格的な導入を検討したいとのことだ。」

審議官は、「私の方にも同様の報告が寄せられています。米国では、麻薬中毒者のリハビリに莫大な税金が投入されていますが、せっかくお金をかけて中毒症状を取り除いても、すぐに麻薬の常習者に戻ってしまう人が多い中、『H・O・P・E』を適用したグループに関しては、その比率が極端に下がることが数字で証明されているそうです。

米国では、刑務所から出てはすぐに戻って来てしまう犯罪の常習者に対してのテストも始まっており、こちらでも高い効果が現れ始めているとのことです。来月からは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む退役軍人へのテストも開始する予定です。」

別の政治家が審議官に質問した。

「ライセンス料に関しての交渉は進んでいるのか」

「はい。順調に進んでいます。米国政府が、麻薬常習者や刑務所のリピーターにかけているコストから、米国政府にとっての価値の算出は十分に可能なため、それをベースにした交渉を進めています。間に立って交渉をしてくれているユダヤ系の弁護士事務所がとても良い仕事をしてくれています。彼らによると、トータルでは、米国政府の支出は削減されることになるため、米国議会での承認は十分に可能だとのことです。」

「シリコンバレーの連中のロビー活動が激しいと聞いたが」

「激しさはます一方ですが、同様のサービスを作ろうという試みがことごとく失敗しており、全く説得力のないロビー活動になっています。人工知能の技術だけを見ると、米国ははるか先を走っていますが、人工知能のゲームへの応用やアバター等に関しては、単なる技術力ではない部分もあり、現時点では『H・O・P・E』に匹敵するサービスは、シリコンバレーにはまだ作れないと見て間違いはありません。」と審議官。

「中国や韓国はどうかね」

「中国には、『H・O・P・E』に相当するサービスを作る技術力はあるし、実際に似たようなサービスのテストが始まったとの情報がありますが、米中の貿易摩擦により、経済圏に大きな壁が出来てしまったため、少なくとも西側諸国に関して言えば、彼らが出てくる心配はありません。また、中国にとっては、共産党政権の維持が最重要課題であり、そちらを最優先した設計になるため、かなり違うものになると見ています。

その意味では、唯一のライバルとなりそうなのが韓国ですが、彼らはあくまでエンターテイメント・ビジネスとしてのオンラインゲーム作りを優先しており、日本や中国のように、社会秩序のためにゲームを活用しようという動きはまだ出て来ていません。」

政治家の中で、比較的若い(50代半ば)の政治家が、口を開いた。

「私も先日、『H・O・P・E』のプレー体験をさせてもらったのだが、確かによく出来ていると思う。妙な魅力があって、廃人のようにいつまでも遊んでいたくなる。」

「このケースでは、廃人という言い方が適切とは思いませんが。プレーヤーを夢中にさせて、そこに生きがいを見出させる、結果として、社会を安定させる、という意味では、高い効果を発揮していると言えます」と審議官。

「確かにそうかも知れない。ちなみに、複雑なゲームだってことは分かるけど、それだけでどうして莫大な計算能力を持った人工知能が必要なのかが理解出来ない。エンジニアの君なら説明できるんじゃないか?」その政治家は、審議官の隣にノートパソコンを開いて何やら操作しているエンジニアらしき男に話しかけた。

突然話を振られたエンジニアは動揺し、助けを求めるように審議官の方を見た。

審議官は彼を制して代わりに答え始めた。

「オンライン・ゲームは、人と人が集まって遊ぶため、必ずしも良いパートナーが見つかるとは限らないし、人間同士の言い争いや、いじめなどがどうしても起こってしまいます。それを防止するための数多くの仕組みが、『H・O・P・E』には仕組まれています。そこに、大量の人工知能能力が必要なのです。」

「具体的にはどのあたりなのかね。」

「先生がプレーされた際、良いパートナーは見つかりましたか?」

「たまたまかも知れないけど、簡単に見つかったよ。私が、ちょっと試しているだけだと言うと、向こうも同じだと言うんだ。それで、二人で2時間ほど一緒に狩りをして、その後は、単独行動で探索したんだ」

「たまたまではないんです。人工知能が先生の目的を先読みし、良いパートナーを見つけてくれたのです」

「そんなことが可能なのかね」

「はい。プレーヤーの行動、表情、発言などから判断して、何を求めているか、どんなパートナーを探しているのかを的確に判断して、マッチングを行うのです。その仕組みこそが、『H・O・P・E』を簡単には真似できないものにしており、今後、『H・O・P・E』を外貨の獲得だけでなく、テロ防止や戦争の回避に活用することを考慮すれば、価値の源泉とも言える国家機密です」

第七章

会議が終わった部屋に、審議官とエンジニアだけが残っていた。

「審議官、さっきは助け舟をありがとうございます」とエンジニア。

「あの若い政治家は、技術のことなんて全く分かっていないのに、根掘り葉掘り聞いてくるから、とても面倒なんだ。今回の質問も想定内だっとは言え、君に直接聞いてくるとは予想外だった。」

「技術に詳しくないにしては、マトを得た質問でした。」

「確かにそうだな。技術に詳しい秘書でも抱えているのかも知れない。」

「専門家が見れば、『H・O・P・E』があれほどの人工知能を必要とする理由は別のところにあることが分かってしまうと思います」

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