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遺言の書き直しについて考える

遺言書は一度作った後でも、書き直すことができます。

時がたてば、周囲の人との関係性も変わりますし、人の気持ちも変わります。

ですから、一度遺言書を作ったらそれまで、ではなくて、何度でも書き直すことができるのです。

もっとも、公正証書で作った遺言を何度も書き直すと、その度に費用がかかってしまいます。

なので、まだ気持ちが変わるかもしれないという段階では、ひとまず自筆で作成しておき、これ以上気持ちは変わらないと思えたら、その時に公正証書遺言を作成する、というのも一つの策です。

・・・というのが、遺言の「制度」としての説明ですが、問題は、その先、「実際に書き直すべきかどうか」という点にあります。

実は、「いつでも書き直すことができる」というのは、それはそれで、ある意味リスキーだなと感じることがあります。

しっかり考えて作った遺言書を、一時の感情や思いつきで書き換えることだって出来てしまうからです。

人間誰しも年齢を重ねると判断能力が衰える時期がやってきます。たとえ認知症というレベルに至らなくても、気力や体力が低下し、十分な情報収集や思考ができない中で、不十分な判断をしてしまうことがないとも限りません。

まだ気力体力が充実し、よくよく考え抜いた末に作成した遺言であっても、後に年齢を重ねてから、不十分な判断や一時の気の迷いで書き直すということも出てきてしまうのです。

残念ながら、この仕事をしていると、こうして内容が全く異なる遺言が複数作られ、残された親族の間で、「あの遺言は、うまく言いくるめられて書かされたものだから無効だ」「いや、そんなことはない。後の遺言を作成したときも、本人は十分しっかりしていた」などといった争いとなるケースをよく見かけます。

争いを予防するために作った遺言が、かえって争いの元になってしまうようなこともあるのです。

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さて、こんなことを書いているのも、先日、とある依頼者の方から、一度作成した遺言の書き直しのご相談を伺ったためです。

実は、以前に作成した遺言も、私がご依頼を受けて、公正証書遺言にまとめたものでした。特段の事情の変動があったわけではないものの、これを違う内容に書き換えたいとおっしゃるのです。

お気持ちを詳しく伺ってみると、ご自身が亡くなった後に、残された子らが争う事態にならないようにしたいというお考えからのご相談でした。

もっとも、書き直しをしようとする新たな内容は、客観的に見ると、残された子らの争いをより一層引き起こしかねないような内容でした。

幸いなことに、この依頼者の方の場合は、そのことを丁寧にご説明したところ納得されて遺言を書き直さないことになりました。しかし、人によっては、こうした場合に、そのまま書き換えを強行してしまう方もおられるでしょう。

こうした事態を防ぐためにどうするかはなかなか難しい問題です。

体力気力が充実しているときに、とことん納得がいくまで考えて遺言を作成し、後はその時の自分の判断を信じて、特段の事情の変更がない限りは、書き直しはしないと決意しておくのも策ですが、その決意が揺らがない保障もありません。

結局、周囲に、心を開いて相談できる人、冷静にアドバイスしてくれる人がいること、それが一番大切になってくるような気がします。

「老後の備え」と聞くと誰しも真っ先に思い浮かべるのがお金の問題です。しかし、全ては、豊かな人間関係があってこそ。そのことを、こうした遺言の書き直しを巡る場面でも感じるのです。

                            弁護士 G.N

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