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94歳のゲイ 見る価値有りです

「94歳のゲイ」をみてきました。漠然と予想していたよりもかなり良い作品でした。ご本人のあり方はもちろんですが、時代背景、人と人との交流、コミュニティなど考えさせられることがたくさんありました。西成の炊き出しで立ったまま屋外で黙々と食事をする一人の高齢者の姿から映画は始まります。これが主人公の長谷忠さんです。

作品は、民放テレビ局(MBS)で放送されたものに新たなエピソードや映像が追加されて映画化されたもので、ソーシャルメディアの発達やミニシアター文化の定着などが優れたドキュメンタリー作品に確実な市場を提供しているのではないかと推察されます。監督の吉川元基氏は、MBSの報道記者などを経てディレクターになられた方で、このような市場の存在が新たな優れた映像の作り手を輩出する装置になっているのではないかと思います。

高齢者を収容する施設なのでしょうか、長谷さんは狭いアパートメントのベッドの上で1日の大半を過ごします。時にシニアカーで出かけてスーパーで買い物をしたり、路上にシニアカーをとめて行き交う人を眺めます。この行き交う人々を眺めるシーンは強く印象に残ります。長谷さんの「眼差し」に特別なものを感じるのです。雑な表現をすると「物色」しておられるのですね。「あの清掃員や、あの人がいいんや」みたいなことをおっしゃるわけです。94才にして気分は現役なのです。なんとも言えない「眼差し」で物色しておられるのです。これは何かと考えざるを得ません。女性を好きな男性もやはり路上で「物色」することはあると思うのです。しかしあの「眼差し」にはならないような気がします。なぜか…

長谷さん、実は好意を寄せた相手に告白したことがないと言われます。いや、そもそも自分と同じような傾向を持った人が他に存在するということを長い間知らなかったそうです。したがって、それを口にすることはできず、ずっと異性愛者の中で息を潜めるようにして生活してきたのです。アパートのベッドの周囲の壁には、一面、様々な写真が無造作にピンでとめられています。有名人の写真、無名の誰かの写真、お気に入りの顔写真の数々です。

もちろん、時代は移りゲイを取り巻く環境も変化します。今回改めてその存在の大きさに気付かされたのが、1971年創刊の雑誌『薔薇族』です。私がその雑誌の存在を知ったのは、高校生の時でした。小さな本屋の「大人の本」エリアの中でも一際ヤバい「要注意」の特別なコーナーにその雑誌は鎮座していたものです。今でも見るとドキッとするあの表紙のイラストこそが私にとって「ゲイ」の象徴でした。同じヤバいコーナーに置いてあったスワッピング誌の『オレンジ・ピープル』や『SMスナイパー』なども、ごく限られたセグメントに向けられた雑誌でした。これらは、インターネットの時代に先駆けて登場した新しいメディアの形だったのかもしれませんね。

当時高校生であった異性愛者の私にとって禁断のはるか遠い存在だったあの雑誌は、実は当時のゲイにはとてつもなく大きな変革をもたらした革命的な雑誌であったことが映画で明らかにされます。編集者であった伊藤文學氏にもインタビューが行われいています。憧れの人にも告白できず、いや自分と同じような仲間が存在することすら知らなかった長谷さんや少なからず日本各地に潜伏していたであろうゲイの皆さんにとって、この雑誌の創刊がどれほど大きな意味を持ったのか、想いを巡らすと熱いものがこみ上げてきます。その後メディアを通じた交流は、インターネットへと移行していくことになるのですね。

さて、映画には魅力的なゲイの方がもう二人登場します。一人は長谷さんのお世話をするケアマネジャーである梅田さんです。表現に困りますが、ケアマネとしての梅田さんの働きぶりは、それほど冴えた感じではありません。しかし、仕事を離れ、ゲイのアクティビストとしての側面が光ります。ゲイの集会や西成の何やらヤバそうな集会で演説する姿はなかなかのものです。そしてその人柄に引き寄せられてゲイのコミュニティが形成されています。94才の長谷さんも重い腰をあげて集会に出かけて若い人たちとのコミュニケーションに参加します。ドキュメンタリー撮影期間中に梅田さんが急死するというエピソードでは、映画館の観客もろとも悲しみのどん底に突き落とされます。

もっともしっかりと救済があるのがこの映画の良いところであります。それがもう一人のゲイとして映画に登場するボーンさんです。ボーンさんはテレビのドキュメンタリーを見て長谷さんのことを知り関心を持ち東京から西成に会いに来ます。さてボーンさん、何から何まで長谷さんのツボ、タイプなのですね。幸せいっぱいの長谷さん、最後にはボーンさんに銭湯で背中を流してもらったりします。

ところで長谷さん、いろんな仕事をしながらゲイであることを隠して生きてきましたが、他方で現代詩の作家としてキャリアを積んでいます。94歳なのに話がぶれないし面白い。余計なことを言わない。生き様がスマートです。気のせいか住まいや着ているものもスッキリして見えます。間違いなく長谷さんの人としての魅力がこの映画に人を惹きつけるところです。

ポレポレ東中野、最後は拍手で劇場に来たみなさんが一つになって上映終了となったのでした。当日劇場には、様々な性、単独やカップル、幅広い年齢層の方がいらしてました。いい空間で良い作品に出会えたなと思いながら暗くなった通りを駅に向かったのでした。

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