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何が言いたい

 祖父母の家には、何十年も、何代にもわたって猫が居る。みんな捨て猫や保護猫。数年前に亡くなった白いチンチラの伽羅だけがペットショップから来た猫だった。そんな祖父母の家の猫たちは一昨年から遂にたった1匹になってしまった。10年前の夏。大雨の前夜、私の家の裏で鳴いていた所を保護した黒猫。名前を《ちび》という。

《ちび》

なんとも芸のない名前だが、前に愛護センターから引き取った《とわ》という素敵な名前がついていた黒猫を《くろ》と勝手に改名してしまうような家だ。その辺のことは涙を呑んで諦めてほしい。ちなみに、今までに《くろ》と名のついた猫たちは歴代何匹もいた。黒猫に《くろ》と名付ける仕来りがある、というのは命名に関して全権を握る祖父の言い分だ。(初代の黒猫は《とむ》だったぞ)
 そんな祖父母の家で猫生を送るちびだが、今まで居た猫たちとは一線を画す特徴がある。それは、大の抱っこ嫌い。歴代猫たちは隙あらば人間の腕の中に滑り込んでいたものだが、ちびは抱き上げようものなら3秒後には大暴れし、先日、10年一緒に暮らしている祖父を血まみれにした。まるで「気安く触らないで。安い女じゃないのよ。」と言わんばかりの態度をとる。そう、気高き猫なのだ。少し前までは撫でられることすら好きではなさそうだった。ただ、一昨年ちびの親代わりだった《とわ》改め《くろ》が亡くなってからは徐々に人間に甘えるようになった。膝の上にクッションがあれは飛び乗り、ぐるりと回ってから丸くなって寝ることもある。最近は頭を撫でると爆音を奏でる変わりっぷりだ。余談だが、今年私は、ちびの飼い主である祖父母を差し置いて「クッション無しでちびが膝に乗って寝てくれる」という偉業を達成した。皆頭が高い。讃えよ。
 ちびは避妊をしていない。(避妊するしないに関しては祖母との大論争が頭を過り具合が悪くなるため割愛したい。)そのため、月に数度発情期が来る。ちびの発情期は凄まじい。とにかく昼夜を問わず、のべつまくなし大声で鳴き続ける。その声は家の外まで聞こえる程の大音量で、いつか声が枯れやしないかと私は毎度肝を冷やしている。あまりにもエンドレスで鳴き喚くため、避妊をしないと突き通した祖母がノイローゼになりかけた。加えて祖母が頭を抱えているのがマーキングだ。ちびは普段決められたところで排泄をしているが、発情期の時は別だ。外の匂いがする玄関で用を足すのだ。どんな対策を講じても糠に釘だった。そこで祖母は諦めて、マーキングをされてもすぐに取り替えられるように新聞紙を敷くことにした。
ある日の夕方、私が祖父母の家を訪ねた時のこと。発情期真っ盛りのちびは居間で喚きまくった後、「部屋から出せ」と私に命令した。「ちび、部屋の外は寒いよ?」という私の声も聞かず、結局部屋から出ていった。全てはちび様の仰せのままに。ちびが部屋から出ていった数分後、玄関の方から何か紙のようなものが激しく擦れる音が聞こえてきた。玄関には雑紙が置いてあり、ちびのおもちゃになっていた。そのためちびはそれで遊んでいるのだろうと放っておくことにした。それまで永遠とも呼べる長い時間鳴き続けていたのが嘘のように、静かな時間が過ぎていった。ああ、ちびの喉が壊れなくて済む。ちびもさぞ心落ち着くひと時をすごしていることだろう、と私は内心涙を拭った。
 1時間ほど祖父母の家で油を売った私は、「お腹が空いたから」という極めて動物的な理由で腰を上げた。玄関で靴を履こうと電気を点けた。おや、私の靴の周りの新聞がビリビリに破かれている。よく見たら敷いてある新聞紙の私の靴が置いてある左側に染みができている。なんだ、ちびはここで用を足したから、いつも猫砂でやっているように隠そうとしたんだな。本能って凄い。あ、私の靴にはおしっこかけなかったのね。ありがとう。お利口さんだね。ん〜ちび今日も可愛いね。また明日ね、バイバイ。ちゅ。私は祖父母の家を後にした。
 極度の猫アレルギーのため、顔面が痒くなりつつ帰宅。ちびの配慮で難を逃れた靴だが、一応消臭スプレーをしておこうと思い立った。ボトルを持ち、いざ噴射しようと靴を覗き込んだその時。履いてきた冬靴の片方に、何かが入っているのが見えた。なんだなんだと引っ張り出してみれば、それは新聞紙の切れ端だった。ははーん、さっき祖父母の家の玄関で散乱していた新聞紙の一部だな?かつてミステリーを読み漁っていた私は造作もなく真相に辿り着いた。はっ、これはもしかして、ちびが私に密かに伝えたいことがあって忍ばせたメッセージなのかも?重要なキーワードが書いてあったり、暗号が潜んでいたり!かつてミステリーばかりを読み漁り、それっぽいロケーションに出くわすと「こういうところで事件が起きるんだよ!」と興奮して周囲を困惑させる私は、またしてもたちまちちびの真意に気が付いた。飼い猫が人間に何かを伝えたくてあの手この手でメッセージを送る話、読んだことある(気がする)!かつてミステ(以下略)私は、動物と人間の交流を描くハートフルファンタジーも嗜んできた。きっとそうに違いない。ちび、今すぐあなたの伝えたいことを汲み取るからね。待っていて…!
以下、その新聞紙の切れ端に書かれていた主なキーワードである。


「あなた」「汚」「血」「吸引」「痛み」「きりたんぽ」「温まりたい」


ちび、何が言いたい。


前の投稿で今年最後とか言ってたの誰だっけ。

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