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【旅】ホテルで就寝中にカバンが盗まれた怪

ネパールでほぼ全財産を失って得た物は、意外にも『何も持たないことの幸せ』だった。

スッカスカの商品棚に安心すら覚える。当時のネパールでは、商品が揃っていないことが彼らのノーマルだった。

ソーシャルディスタンスを守る今の私たちみたく、あの時のネパールの店の商品たちの間にはそこはかとない距離があり、商品たちは殿様みたく我が物顔で棚を専有する。殿様は、客を待つうちにホコリだらけだ。

日本に帰国してスーパーに行った際にあまりの商品の多さにめまいと吐き気がした。

目に入ってくるパッケージのカラフルな色、棚が歪んで見えるほど大量に積み上げられた商品、これでもかと主張してやまない黄色のポップたち。

こんなにもモノで溢れているのに、まだ私たちは足りないと叫ぶ。何に対してのレクイエムだ。

あれはネパールのポカラにいた時だった。
お金もカメラも盗まれた。
パスポートと命は無事だったけれど、犯人たちの巧妙な手口には腹が立って仕方がなかった。

ホテルの部屋で寝ている時にカバンを盗まれるとはどこのアホだ。犯人たちはそのアホを最初から狙っていたのだろう。

大きな石を無理やり開いたドア下方にかませ隙間を作ると、そこから長い竹を使ってベッドの上のカバンを引っ掛ける。

犯人、どんだけ器用なのだ。

そして、物音に気付かない私もどんだけだ。

犯人は全ての証拠を部屋の前に残していった。人を馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたかった。

かわりに私はすぐに立ち直った。
わずかな日本円を換金してバスに乗り、カトマンズに向かう。宿の主人への不信感はポカラに置いてきた。

ポカラよりも都会のカトマンズで、商品のない商品棚を目にした時、なぜか力が抜けた。頭から空気がプシューと音を立てて出て行くかのようだった。

命はあるよ。
信頼できるネパール人の友達だっているよ。
生きてるよ。

そんな声が聞こえた気がして、力が抜けたはずなのになぜか元気になった。要らないものが取れたのか。

もしもの時のトラベラーズチェックは換金するのに3時間も並んだ。ネパールの銀行で地元の人に交じって並ぶ自分がとにかくおかしかった。

あの後、嬉しくて少し遠回りして、世話になった友人にWIMPだったかWIMPYだったか忘れたが、変な名前のインド系ファーストフードでハンバーガーセットをおごったことを覚えている。

炭酸のぬけたコーラは甘すぎて、まるで砂糖水を飲んでいるようだった。しかし、それは友人に感謝を表すにはちょうどいい甘さだった。

「あんな。日本人に生まれただけですでに勝ち組なんやで。」

いつだったか誰かがそう言っていた。

その恵まれた境遇に気づけたら、自分が経験したこと全ての意味と使い途がわかってくる。

『何も持たない幸せ』って、自分がいるだけで幸せだと気づくことなんだな。

犯人たちよ、今は君たちにありがとうを言おう。




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