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日本語の動詞活用形の起源を解明する

【骨子】
未然形:語幹+a
連用形:語幹+je
終止形:語幹+(r)u
連体形:終止形+ru
已然形:連体形+e
命令形:連用形+lə

単母音間のr、sは脱落

他動詞化:語幹+as
自動詞化:語幹+ar

子音語尾語幹:四段活用、ar/as付加で二段活用
母音語尾語幹:二段活用、ar/as付加で四段活用


はじめに


動詞活用形の起源については定説がないが、最も精緻な分析をしているのは、おそらく以下のブログであろう。

そのうちのファイナル版(以下)がおそらく最も真相に迫っていると思われるが、これを基に、若干の修正を加えたい。

動詞の活用形の構造

活用形の形態素

動詞の活用形は、語幹に以下を付加したものとする。
連用形は、語幹-je
・終止形は、語幹-(r)u
(※母音語尾語幹にはrを挿入)
連体形は、終止形-ru
命令形は、連用形-lə(※lはrの異音。音素は同じだが、音声が異なっていたと考える。)
未然形は語幹語尾に付く-Vr、-Vs(後述)のV(=母音)に由来。基本的には-a付加だが、語幹の母音との母音調和の痕跡により、語によっては-ə、-u付加になる。
転成名詞は、語幹に-iを付加(連用形と転成名詞はもともとは異形であったと考える。)
已然形は、他の形よりも遅れて成立し、連体形に-e(動詞「得」の連用=未然形)を付加したものと考える。

他動詞化と自動詞化(四段活用と二段活用の関係)

動詞の語幹には子音終わりのものと母音終わりのものがある。

・子音語尾の語幹が活用したものが四段活用である。そこに接尾辞、-as(使役・行為(・尊敬)を表し、他動詞化する)か-ar(自発・受身・可能を表し、自動詞化する)した語幹とすることで、二段活用が形成されたと考えられる。
母音語尾の語幹は、語幹のみでは二段活用になり、そこに-ar(受身・自発)か-as(使役)を付加すると四段活用となる。

・-as/-arは、語によっては、語幹の母音に合わせる形で-us, -əs/-ur, -əsとなる。(これは母音調和の痕跡と考えられ、陽母音:o, a, e、陰母音:u, ə, i という構造によるものと考えられる。)
・一部語では、-arでなく-aj、-asでなく-atが付加されることがある。-asは純粋な動作・使役的なニュアンスだが、-atは「放つ」、「発つ」といったように、離れる・切り離すといったニュアンスが含まれているようである。-arと-ajの違いはよくわからないが(-arは動作のニュアンス、-ajは自発のニュアンスが強いか)、単音節母音語尾の語幹には-ajが付くようである。(※-ar、-aj、-asはそれぞれ助動詞「る、らる」、「ゆ、らゆ」、「す、さす」とも同根である。これらの助動詞の成り立ちについては最後に述べる。)
-ar付加された自動詞が再他動詞化する際は-arが-a(s-as)になり(/r/が/sas/に置換する)、-as付加された他動詞が再自動詞化する際は-asが-a(r-ar)になる(/s/が/rar/に置換する)とする。

s, r, lの脱落

規則として、活用形生成初期の段階において、短母音に挟まれたr, s, t, lが脱落する時期があったとする(rとlは異音)。(※jは脱落しない。)
・前後いずれかが二重母音や長母音の場合、脱落しない。また、脱落子音Xが連続して現れる VXVXV のような場合、VVXV となる。前の脱落子音が脱落することにより、後の脱落子音は短母音後ではなく二重母音 VV の後となるため、脱落しない。
・前の母音が[i]の場合、脱落しない。
・単音素語幹の場合、脱落しない。
・基本語幹内のr, s, t, lは脱落しない。
・この脱落は活用形形成の初期に生じたものであり、歴史時代以降の変化には適用されないと考える。

母音融合、音変化

イ甲音はi、イ乙音はwi、エ甲音はe、エ乙音はweと表記(※乙音については、「イ段乙音は[wi]、エ段乙音は[we]である -上代日本語の故地は豊前宇佐⁉-」を参照)。上代日本語で甲乙音の区別する段のみ区別して表記し、区別しない段は甲音として表記する。オ乙音はə、オ甲音はo。なお、イ甲音は場合によっては口蓋化しており、その場合 ji と表記する。

連用形接尾辞のjeについては、
①-Vje⇒-Vi
②-Cje⇒-Ci(Cがs,r,t,j以外の場合)
③-CVsje⇒-CVe、-CVrje⇒-CVe、CVtje⇒-CVe
④-CVVsje⇒CVVsi、-CVVrje⇒CVVri
⑤-jje⇒-je-(ただし、-ujje-については例外あり)
と変化するものとする。

二重母音の融合は、ai⇒(w)e、ae⇒(w)e、əe⇒(w)e、ui⇒(w)i、əi⇒(w)i、oi⇒(w)i、iə⇒e、ie⇒i、au⇒u、oa⇒o、ue⇒(w)e、uo⇒u、əu⇒u、əa⇒a。
※イ段・エ段の乙音を甲音から区別する段は、乙音として前に/w/が挿入される。
※最終的に短母音に収束するとする。

その他の変化は、以下事例に示すとおりである。

二段活用未然形の連用形代用

二段活用の未然形は連用形によって代用された。これは、二段活用と四段活用の未然形がともにa語尾であり、区別がつきずらくなったためであろう。

上記、結論ありきではあるが、このように想定することで、各形がうまく説明できる。以下、いくつかの事例を挙げる。動詞の日本語表記は連用形で示す。転成名詞も活用形に含むこととする。

事例①:語幹:ak(開、空)

四段活用(語幹:自動詞)開き甲、空き甲

子音語尾語幹:ak(「開き・空き」)を例に、上記の規則で活用形を作ってみる。

未然形 ak-a ⇒ aka(あか)
連用形 ak-je ⇒[音変化]aki(あき甲)
転成名詞 ak-i ⇒ aki(あき甲)
終止形 ak-u ⇒ aku(あく)
連体形 ak-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]akuu ⇒[短母音化]aku(あく)
已然形 aku(連体形)-e ⇒[母音融合]akwe(あけ乙)
命令形 ak-je(連用形)-lə ⇒[音変化]akilə ⇒[l脱落]akiə ⇒[母音融合]ake(あけ甲)

となる。

下二段活用(-as付加:他動詞化)開け乙

次に、語幹:akに使役・行為の他動詞化接尾-asを付けた形である、語幹:ak-asの活用形を作ってみる。これは、下二段活用の「開け乙」(口語:開ける)になる。

※二段活用の未然形はいずれ連用形に代用されることになるが、以下、従前の未然形を記す。

未然形 ak-as-a ⇒[s脱落]akaa ⇒[短母音化]aka(あか)(※後に連用形代用)
連用形 ak-as-je⇒[音変化]akae ⇒[母音融合]akwe(あけ乙)
転成名詞 ak-as-i⇒[s脱落]akai ⇒[母音融合]akwe(あけ乙)
終止形 ak-as-u ⇒[s脱落]akau ⇒[母音融合]aku(あく)
連体形 ak-as-u(終止形)-ru ⇒[s脱落]akauru⇒[母音融合]akuru(あくる)
已然形 akuru(連体形)-e ⇒[母音融合]akure(あくれ)
命令形 ak-as-je(連用形)-lə ⇒[sj脱落]akaelə ⇒[母音融合]akwelə ⇒[子音変化]akwejə(あけ乙よ)/akwerə(→akero/akere)(※東国)

このように、下二段活用の成り立ちがきれいに求まる。子音語尾語幹では、他動詞化語尾-asが、⓪無付加:四段活用⇒①1個付加:下二段活用となる。

事例②:語幹:ata(当)

次に、母音語幹であるataの例を見てみる。

下二段活用(語幹:他動詞)当て

ataは語尾の母音がaのため、-taje→-tai→-teとなることから、下二段活用となる。(※連用形と終止形のみ表示。)

未然形 ata-a ⇒[短母音化]ata(あた)
連用形 ata-je ⇒[音変化]atai ⇒[母音融合]ate(あて)
転成名詞 ata-i ⇒[母音融合]ate(あて)
終止形 ata-ru ⇒[r脱落]atau ⇒[母音融合]atu(あつ)
連体形 ata-ru(終止形)-ru ⇒[r脱落]atauru ⇒[母音融合]aturu(あつる)
已然形 aturu(連体形)-e ⇒[母音融合]ature(あつれ)
命令形 ata-je(連用形)-lə ⇒[母音融合]atailə ⇒[母音融合]ate

四段活用(-ar付加:自動詞化)当たり

受身・可能の-arを付加して四段活用となる。

未然形 ata-ar-a ⇒[短母音化]atara(あたら)
連用形 ata-ar-je ⇒[音変化]ataari ⇒[短母音化]atari(あたり)
転成名詞 ata-ar-i ⇒[音変化]attari ⇒[短母音化]atari(あたり)
終止形 ata-ar-u ⇒[短母音化]ataru(あたる)
連体形 ata-ar-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]ataaruu ⇒[短母音化]ataru(あたる)
已然形 ataru(連体形)-e ⇒[母音融合]atare(あたれ)
命令形 ata-ar-je(連用形)-lə ⇒[音変化,l脱落]ataariə ⇒[短母音化] ⇒atare(あたれ)

母音aが語尾の語幹について、⓪語幹:下二段活用⇒①-ar付加:四段活用となることがわかる。

事例③:語幹:aka(明)

下二段活用(語幹:自動詞)明け乙

同様に、語幹:akaの活用形を作ってみる。これは、下二段活用の「明け乙」(口語:明ける)になる。

未然形 aka-a ⇒[短母音化]aka(あか)(※後に連用形代用)
連用形 aka-je ⇒[音変化]akai ⇒[母音融合]akwe(あけ乙)
転成名詞 aka-i ⇒[母音融合]akwe(あけ乙)
終止形 aka-ru⇒[r脱落]akau ⇒[母音融合]aku(あく)
連体形 aka-ru(終止形)-ru ⇒[r脱落]akauru⇒[母音融合]akuru(あくる)
已然形 akuru(連体形)-e ⇒[母音融合]akure(あくれ)
命令形 aka-je(連用形)-lə ⇒[音変化、母音融合]akwelə ⇒[子音変化]akwejə(あけ乙よ)/akwerə(→akero/akere)(※東国)

母音語尾のため、語幹の活用が下二段活用となる。

四段活用(-as付加:他動詞化)明かし

上記にさらに他動詞化接辞-asを付加し、語幹:aka-asとすると、四段活用の「明かし」になる。

未然形 aka-as-a ⇒[短母音化]akasa(あかさ)
連用形 aka-as-je ⇒[音変化・短母音化]akasi(あかし)
転成名詞 aka-as-i ⇒[短母音化]akasi(あかし)
終止形 aka-as-u ⇒[短母音化]akasu(あかす)
連体形 aka-as-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]akaasuu ⇒[短母音化]akasu(あかす)
已然形 akasu(終止形)-e ⇒[母音融合、短母音化]akase(あかせ)
命令形 aka-as-je(連用形)-lə ⇒[音変化]akaasilə ⇒[l脱落]akaasiə ⇒[短母音化、母音融合]akase(あかせ)

同様に、⓪語幹:四段活用⇒①-as付加:下二段活用となる。

事例④:語幹:pag(剥)

さらに複雑な例として、自動詞化、他動詞化を繰り返す例を挙げる。
-ar付加された自動詞が再他動詞化する際は-arが-asasになり(/r/が/sas/に置換する)、逆に-as付加された他動詞が再自動詞化する際は-asが-ararになる(/s/が/rar/に置換する)。(※連用形と終止形のみ表示)

四段活用(語幹:他動詞) 剥ぎ

連用形 pag-je ⇒[音変化]pagi(はぎ甲)
終止形 pag-u ⇒pagu(はぐ)

下二段活用(-ar付加:自動詞化) 剥げ

連用形 pag-ar-je ⇒[音変化]pagae ⇒[母音融合]pagwe(はげ乙)
終止形 pag-ar-u ⇒[r脱落]pagau ⇒[母音融合]pagu(はぐ)

四段活用(-a(s-as)付加:再他動詞化) 剥がし

連用形 pag-as-as-je ⇒[s脱落・音変化]pagaasi ⇒[短母音化]pagasi(はがし)
終止形 pag-as-as-u ⇒[s脱落]pagaasu ⇒[短母音化]pagasu(はがす)

下二段活用(-a(s-a(r-ar))付加:再自動詞化) 剥がれ

連用形 pag-as-ar-ar-je ⇒[s,r脱落・音変化]pagaarae ⇒[短母音化]pagare(はがれ)
終止形 pag-as-ar-ar-u ⇒[s,r脱落・音変化]pagaarau ⇒[短母音化]pagaru(はがる)

このように、動詞は基本語幹に-arまたは-asを付加していくことで、形成されていることがわかる。この繰り返しにより、子音語尾語幹について、⓪無付加:四段活用⇒①-ar付加よる自動詞:下二段活用⇒②-asas付加による再他動詞化:四段活用⇒③-asarar付加による再自動詞化:下二段活用となる。

事例⑤:語幹:əkə(起、興)

次に、上二段活用の事例を挙げる。

上二段活用(語幹:自動詞) 起き乙

※語幹がəkəであるため、未然形に付加される接尾辞は-aでなく-əとする。

未然形 əkə-ə ⇒[短母音化]əkə(おこ乙)(※後に連用形代用)
連用形 əkə-je ⇒[音変化]əkəi ⇒[母音融合]əkwi(おき乙)
転成名詞 əkə-i ⇒[母音融合]əkwi(おき乙)
終止形 əkə-ru ⇒[r脱落]əkəu ⇒[母音融合]əku(おく)
連体形 əkə-ru(終止形)-ru ⇒[r脱落,母音融合]əkuru (おくる)
已然形 əkuru(連体形)-e ⇒[母音融合]əkure(おくれ)
命令形 əkə-je(連用形)-lə ⇒[音変化]əkəilə ⇒[母音融合・子音変化]əkwijə(おき乙よ)/əkwirə(→okiro/okire)(※東国)

上二段活用の成り立ちもきれいに求まった。
語尾が-aの母音語幹の場合、連用形が-Ca-je⇒-Cai⇒-Cwe(エ乙)になるため、下二段活用になるのに対し、語尾が-əの母音語幹の場合、-Cə-je⇒-Cəi⇒-Cwi(イ乙)となるため、上二段活用になるのである。

四段活用(-əs付加:他動詞化) 起こ乙し

さらに、これに使役-əsを付加すると、四段活用の「起こ乙し」になる。基本語幹の母音がəkəであるため、-əsが付加される。

未然形 əkə-əs-ə ⇒[短母音化]əkəsə(おこ乙そ乙)(※後にəkəsaに転じる)
連用形 əkə-əs-je ⇒[音変化]əkəəsi ⇒[短母音化]əkəsi(おこ乙し)
転成名詞 əkə-əs-i ⇒[短母音化]əkəsi(おこ乙し) 
終止形 əkə-əs-u ⇒[短母音化]əkəsu(おこ乙す)
連体形 əkə-əs-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]əkəəsuu⇒[短母音化]əkəsu(おこ乙す)
已然形 əkəsu(連体形)-e ⇒[母音融合]əkəse(おこ乙せ)
命令形 əkə-əs-je(連用形)-lə ⇒[音変化,l脱落]əkəəsiə⇒[母音融合,短母音化]əkəse(おこ乙せ)

四段活用(-ər付加:自動詞化) 興り

基本語幹に自発-ərを付加すると、四段活用の「興り」になる。基本語幹əkəのみでも自動詞だが、-ərが付加することで、より自発的ニュアンスが強い自動詞となる。

未然形 əkə-ər-ə ⇒[短母音化]əkəsə(おこ乙ろ乙)(※後にəkəraに転じる)
連用形 əkə-ər-je ⇒[音変化]əkəəri ⇒[短母音化]əkəri(おこ乙り)
転成名詞 əkə-ər-i ⇒[短母音化]əkəri(おこ乙り) 
終止形 əkə-ər-u ⇒[短母音化]əkəru(おこ乙る)
連体形 əkə-ər-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]əkəəruu⇒[短母音化]əkəru(おこ乙る)
已然形 əkəru(連体形)-e ⇒[母音融合]əkəre(おこ乙り)
命令形 əkə-ər-je(連用形)-lə ⇒[音変化,l脱落]əkəəriə⇒[母音融合・短母音化]əkəse(おこ乙り)

上二段活用においても、下二段活用と全く同様に、母音語尾語幹について、⓪語幹:上二段活用⇒①-ər付加または-əs付加:四段活用となることがわかる。

事例⑥:語幹:ətə(劣、落)

同様の例をもう一例挙げる。(連用形のみ示す。)

上二段活用(語幹:自動詞) 落ち

連用形 ətə-je ⇒[音変化]ətəi ⇒[母音融合]əti(おち)

四段活用(-əs付加:他動詞化) 落とし

連用形 ətə-əs-je ⇒[音変化・短母音化]ətəsi(おとし)

四段活用(-ər付加:自動詞化) 劣り

連用形 ətə-ər-je ⇒[音変化・短母音化]ətəri(おとり)

事例⑦:語幹:sugu(過)

上二段活用(語幹:自動詞) 過ぎ乙

-guje→-gui→gwiとなることから、語幹による活用は上二段活用「すぎ乙」になる。

未然形 sugu-u ⇒[短母音化]sugu(すぐ)(※後に連用形代用)
連用形 sugu-je ⇒[音変化]sugui ⇒[母音融合]sugwi(すぎ乙)
転成名詞 sugu-i ⇒[母音融合]sugwi(すぎ乙)
終止形 sugu-ru ⇒[r脱落]suguu ⇒[短母音化]sugu(すぐ)
連体形 sugu-ru(終止形)-ru ⇒[r脱落]suguuru⇒[短母音化]suguru(すぐる)
已然形 suguru(連体形)-e ⇒[融合]sugure(すぐれ)
命令形 sugu-je(連用形)-lə ⇒[母音融合]sugwilə⇒[子音変化]sugwijə(すぎ乙よ)/sugwirə(→sugiro/sugire)(※東国)

四段活用(-us付加:他動詞化) 過ぐし

語幹に使役・行為の-sを付加すると、四段活用「過ぐし」(口語:過ごし)となる。語幹がsuguのため、-usを付加する。未然形は語幹の母音と合わせて-uとする。

未然形 sugu-us-u ⇒sugusu(すぐす)(※後にsugusaに転じる)
連用形 sugu-us-je ⇒[音変化]sugusi(すぐし)
転成名詞 sugu-us-i ⇒[音変化]sugusi(すぐし)
終止形 sugu-us-u ⇒sugusu(すぐす)
連体形 sugu-us-u(終止形)-ru ⇒[s脱落]sugusuu⇒[短母音化]sugusu(すぐす)
已然形 sugusu(連体形)-e ⇒[母音融合]suguse(すぐせ)
命令形 sugu-us-je(連用形)-lə ⇒[音変化,l脱落]suguusiə⇒[短母音化,母音融合]suguse(すぐせ)

母音uが語尾の語幹についても、⓪語幹:上二段活用⇒①-ur付加:四段活用となることがわかる。

事例⑧:語幹:ama(余)

母音語尾語幹:amaは、-asを付加した四段活用「余し」と-arを付加した四段活用「余り」がある。

四段活用(-as付加:他動詞化) 余し

未然形 ama-as-a ⇒ [短母音化]amasa(あまさ)
連用形 ama-as-je ⇒ [音変化]amaasi ⇒[短母音化]amasi(あまし)
終止形 ama-as-u ⇒ [短母音化]amasu(あます)
連体形 ama-as-u(終止形)-ru⇒ [r脱落]amaasuu ⇒[短母音化]amasu(あます)
已然形 amasu(連体形)-e ⇒ [母音融合]amase(あませ)
命令形 ama-as-je(連用形)-lə ⇒[音変化]amaasilə⇒[短母音化,l脱落]amasiə⇒[短母音化,母音融合]amase(あませ)

四段活用(-ar付加:自動詞化) 余り

未然形 ama-ar-a ⇒[短母音化]amara(あまら)
連用形 ama-ar-je ⇒[音変化]amaari⇒ [短母音化]amari(あまり)
終止形 ama-ar-u ⇒[短母音化]amaru(あまる)
連体形 ama-ar-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]amaaruu⇒[短母音化]amaru(あまる)
已然形 amaru(連体形)-e ⇒ [母音融合]amare(あまれ)
命令形 ama-ar-je(連用形)-lə ⇒[音変化]amaarilə ⇒[l脱落]amariə⇒[短母音化,母音融合]amare(あませ)

事例⑨:語幹:pana(跳、撥、放、離)

語幹が下二段活用する「跳ね、撥ね」、-atが付加(※-asの代わりに-atが付加)された四段活用「放ち」と、-a(r-ar)が付加(/t/を/rar/に置換)して再自動詞化された下二段活用「離れ」がある。

下二段活用(語幹:自動詞) 跳ね、撥ね

未然形 pana-a ⇒[短母音化]pana(はな)(※後に連用形代用)
連用形 pana-je⇒[音変化]panai →[母音融合]pane(はね)
転成名詞 pana-i ⇒[母音融合]pane(はね)
終止形 pana-ru ⇒[r脱落]panau ⇒[母音融合]panuu⇒[短母音化]panu(はぬ)
連体形 pana-ru(連用形)-ru ⇒[母音融合]panuuru⇒[短母音化]panuru(はぬる)
已然形 panuru(連体形)-e ⇒[融合]panure(はぬれ)
命令形 pana-je(連用形)-lə ⇒[音変化]panelə ⇒[子音変化]panejə(はねよ)/panerə(→panero/panere)(※東国)

四段活用(-at付加:他動詞化) 放ち

未然形 pana-at-a ⇒panata(はなた)
連用形 pana-at-je ⇒panati(はなち)
転成名詞 pana-at-i ⇒panati(はなち)
終止形 pana-at-u ⇒panatu(はなつ)
連体形 pana-at-u(終止形)-ru⇒[r脱落]panatuu⇒[短母音化]panatu(はなつ)
已然形 panatu(連体形)-e ⇒ [融合]panate(はなて)
命令形 panati(連用形)-lə ⇒[l脱落]panatiə⇒[短母音化,母音融合]panate(はなて)

下二段活用(-a(r-ar)付加:再自動詞化) 離れ

未然形 pana-ar-ar-a ⇒panara(はなら)(※後に連用形代用)
連用形 pana-ar-ar-je⇒[r脱落,音変化,r脱落]panaarai⇒[母音融合,短母音化]panare(はなれ)
終止形 pana-ar-ar-u ⇒[r脱落]panaarau⇒[母音融合,短母音化]panaru(はなる)
連体形 pana-ar-ar-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]panaaruru⇒[短母音化]panaruru(はなるる)
已然形 panaruru(連体形)-e ⇒[融合]panarure(はなるれ)
命令形 pana-ar-je(連用形)-lə ⇒[音変化]panarelə ⇒[子音変化]panarejə(はなれよ)/panarerə(→panarero/panarere)(※東国)

事例⑩:語幹:kəm(込、籠)

この語幹は、-əs付加の下二段活用において、連用形と転成名詞の語形が異なる。

四段活用(語幹:自動詞) 籠み乙

未然形 kəm-ə ⇒ kəmə(こ乙も乙)(※後にkəmaに転じる)
連用形 kəm-je ⇒[変化]kəmi(こ乙み甲)
転成名詞 kəm-i⇒kəmi(こ乙み甲)
(以下略)

四段活用(-əs付加:他動詞化) 籠め乙

未然形 kəm-əs-ə ⇒[s脱落]kəməə ⇒[短母音化]kəmə(こ乙も乙)
連用形 kəm-əs-je⇒[変化]kəməe ⇒ [母音融合]kəmwe(こ乙め乙)
転成名詞 kəm-əs-i⇒[s脱落]kəməi ⇒[母音融合]kəmwi(こ乙み乙)
(以下略)

下二段活用(-ə(r-ər)付加:再自動詞化) 籠もり

未然形 kəm-ər-ər-ə ⇒[r脱落]kəməərə ⇒[短母音化]kəmərə(こ乙も乙)(※のちにkəməraに転じる)
連用形 kəm-ər-ər-je⇒[r脱落,変化]kəməəri ⇒ [母音融合]kəməri(こ乙も乙り)
(以下略)

事例⑪:語幹:nəbw(伸、延)

この語幹は、語尾が/w/であることから、語幹の活用が例外的に上二段活用となる。

上二段活用(語幹:自動詞) 伸び乙

連用形 nəbw-je ⇒[音変化]nəbwi(の乙び乙)
終止形 nəbw-u ⇒[音変化]nəbu(の乙ぶ) 

下二段活用(-əs付加:他動詞化)延べ乙

連用形 nəbw-əs-je ⇒ [変化]nəbwəe⇒[母音融合]nəbwe(の乙べ乙)
終止形 nəbw-əs-u ⇒ [s脱落]nəbwəu⇒[融合]nəbu(の乙ぶ)

事例⑫:語幹:nəbə(上、昇、登)

四段活用(-ər付加:自動詞化)昇り

連用形 nəbə-ər-je ⇒[音変化・短母音化]nəbəri(の乙ぼ乙り)

下二段活用(-ə(s-əs)付加:再他動詞化)上せ

連用形 nəbə-əs-əs-je ⇒[r脱落,変化]nəbəəsəe ⇒[母音融合・短母音化]nəbəse(の乙ぼ乙せ)

事例⑬:語幹:aga(上)

下二段活用(語幹:他動詞)上げ乙

未然形 aga-a ⇒[短母音化]aga(あが)(※連用形代用)
連用形 aga-je ⇒[音変化]agai ⇒[母音融合]agwe(あげ乙)
(以下略)

五段活用(-ar付加:自動詞化)上がり

未然形 aga-ar-a ⇒[短母音化]agara(あがら)
連用形 aga-ar-je ⇒[音変化]agaari ⇒[短母音化]agari(あがり)
(以下略)

事例⑭:語幹:kuju(悔)

上二段活用のうち数少ないヤ行動詞である「悔い」は以下のとおりである。

上二段活用(語幹:自動詞)

未然形 kuju-u ⇒[短母音化]kuju(くゆ)(※後に連用形代用)
連用形 kuju-je⇒[音変化]kujui⇒[母音融合]kuji(くい)
終止形 kuju-ru⇒[r脱落,短母音化]kuju(くゆ)
連体形 kuju-ru(終止形)-ru ⇒[r脱落]kujuuru ⇒[短母音化]kujuru(くゆる)
(以下略)

事例⑮:語幹:əjə(老)

同様に「老い」は以下の通り。

上二段活用(語幹:自動詞)

未然形 əjə-ə ⇒[短母音化]əjə(およ)(※後に連用形代用)
連用形 əjə-je⇒[音変化]əjəi⇒[母音融合]əji(おい)
終止形 əjə-ru⇒[r脱落]əjəu⇒əju(おゆ)
連体形 əjə-ru(終止形)-ru ⇒[r脱落]əjəuru ⇒[母音融合]əjuru(おゆる)
(以下略)

事例⑯:語幹:tubu(禿、潰)

語幹:tubu(「粒」と同根)からなる動詞は以下の通り(連用形のみを示す。)。語幹の活用が上二段で、再自動化された活用が下二段になっている。

上二段活用(語幹:自動詞):禿び

連用形 tubu-je ⇒[音変化]tubui ⇒[母音融合]tubwi(つび乙)

四段活用(-us付加:他動詞化):潰し

連用形 tubu-us-je ⇒[音変化]tubuusi ⇒[短母音化]tubusi(つぶし)

下二段活用(-u(r-ur)付加:再自動詞化):潰れ

連用形 tubu-ur-ur-je ⇒[r脱落,音変化]tubuurue ⇒[母音融合,短母音化]tubure(つぶれ)

事例⑰:語幹:kaku(隠)

語幹「kak」(隠)は他動詞化した四段活用を再自動詞化した下二段活用と、それとは独立に語幹から自動詞化した四段活用がある。(※陽母音aと陰母音uが同一語幹内に共存していることから、元は外来語か。)

四段活用(-us付加:他動詞化)隠し

連用形 kaku-us-je ⇒[音変化] kakuusi⇒[短母音化]kakusi(かくし)

下二段活用(-u(r-ur)付加:再自動詞化)隠れ

連用形 kaku-ur-ur-je ⇒ [音変化]kakuurue ⇒ [母音融合・短母音化]kakure(かくれ)

四段活用(-ur付加:自動詞化)隠り

連用形 kaku-ur-je ⇒[音変化] kakuuri⇒[短母音化]kakuri(かくり)

事例⑱:語幹:wak(別、分)

事例④のpagと類似の例である。

四段活用(語幹:他動詞) 分き

連用形 wak-je ⇒[音変化]waki(わき甲)
終止形 wak-u ⇒waku(わく)

下二段活用(-at付加:他動詞化) 分け

連用形 wak-at-je ⇒[音変化]wakae ⇒[母音融合]wakwe(わけ乙)
終止形 wak-at-u ⇒[t脱落]wakau ⇒[母音融合]waku(わく)

下二段活用(-ar付加:自動詞化) 分け(※途中過程想定。使用例なし)

連用形 wak-ar-je ⇒[音変化]wakae ⇒[母音融合]wakwe(わけ乙)
終止形 wak-ar-u ⇒[r脱落]wakau ⇒[母音融合]waku(わく)

四段活用(-a(t-at)付加:再他動詞化) 分かち

-arのrをt-atに置換して-a(t-at)を付加すると、再び他動詞となる。

連用形 wak-at-at-je ⇒[t脱落・音変化]wakaati ⇒[短母音化]wakati(わかち)
終止形 pag-at-at-u ⇒[s脱落]wakaatu ⇒[短母音化]wakatu(わかつ)

下二段活用(-a(t-a(r-ar))付加:再自動詞化) 分かれ

連用形 wak-at-ar-ar-je ⇒[s,r脱落・音変化]wakaarae ⇒[短母音化]wakare(わかれ)
連用形 wak-at-ar-ar-u ⇒[s,r脱落・音変化]wakaarau ⇒[短母音化]wakaru(わかる)

事例⑲:語幹:tor(取)

語根:tor の r は語根内であるため脱落しない。

四段活用(語幹:他動詞)取り

連用形 tor-je ⇒[音変化]tori(とり)

下二段活用(-ar付加:自動詞化)取れ

連用形 tor-ar-je ⇒[音変化]torae ⇒[母音融合]tore(とれ)

事例⑳:語幹:a(得、有)

下二段活用唯一のア行である「得」の活用形の成り立ちを以下に挙げる。連用形はもともと/we/であったと思われるが、前の語との接続の関係で/w/が脱落し、早くから/e/に変化していたと思われる。

下二段活用(語幹:他動詞) 得

未然形 a-a ⇒[短母音化]a(あ)(※連用形により代用)
連用形 a-je ⇒[変化]ai ⇒[母音融合]we ⇒[変化]e(え)
転成名詞 a-i ⇒[母音融合]we ⇒[変化]e(え)
終止形 a-ru ⇒[r脱落]au ⇒[母音融合]uu ⇒[短母音化]u(う)
連体形 a-ru(終止形)-ru ⇒[r脱落]auru ⇒[母音融合]uuru⇒[短母音化]uru(うる)
已然形 uru(連体形)-e ⇒[母音融合]ure(うれ)
命令形a-je(連用形)-lə ⇒[音変化]ailə ⇒[母音融合]welə ⇒[変化,子音変化]ejə(えよ)/erə(→ero/ere)(※東国)

ラ行変格活用(-ar付加:自動詞化) 在り

「あり」は、「得」と同根の a-arから成っているのではないかと考える。

未然形 a-ar-a ⇒[短母音化]ara(あら)
連用形 a-ar-je ⇒[変化]aari ⇒[短母音化]ari(あり)
転成名詞 a-ar-i ⇒[短母音化]ari(あり)
終止形 a-ar-u ⇒[短母音化]aru(ある)(※不使用。連用形で代用)
連体形 a-ar-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]aaruu ⇒[短母音化]aru(ある)
已然形 aru(連体形)-e ⇒[母音融合]are(あれ)
命令形 ar-je(連用形)-lə ⇒[音変化,l脱落]ariə ⇒are(あれ)

事例㉑:語幹:ko(越)

四段活用(-as付加:他動詞化) 越し

語幹:koに、使役・行為の接尾辞-asを付加すると、ko-asとなり、四段活用の「越し」となる。

未然形 ko-as-a ⇒[母音融合]koosa ⇒[短母音化]kosa(こさ)
連用形 ko-as-je ⇒[音変化・母音融合]koosi ⇒[短母音化]kosi(こし)
転成名詞 ko-as-i ⇒[母音融合]koosi ⇒[短母音化]kosi(こし)
終止形 ko-as-u ⇒[母音融合]koosu ⇒[短母音化]kosu(こす)
連体形 ko-as-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]koasuu ⇒ [母音融合・短母音化]kosu(こす)
已然形 kosu(連体形)-e ⇒[母音融合]kose(こせ)
命令形 ko-as-je(連用形)-lə ⇒[l脱落]kosiə⇒[母音融合]kose(こせ)

下二段活用(-aj付加:自動詞化) 越え(je)

語幹:koに、受身・自発の接尾辞-jを付加すると、ko-ajとなり、下二段活用の「越え」となる。この語では-rではなく-jを付加する。-j-je⇒-jeとなるので、ヤ行下二段活用になる。転成名詞も類推で連用形と同形に帰したものと思われる。

未然形 ko-aj-a ⇒[短母音化]koja(こや)
連用形 ko-aj-je ⇒[融合,短母音化]koje(こえ)
転成名詞 ko-aj-i ⇒[短母音化]koji ⇒[類推]koje(こえ)
終止形 ko-aj-u ⇒[短母音化]koju(こゆ)
連体形 ko-aj-u(終止形)-ru ⇒[短母音化]kojuru(こゆる)
已然形 kojuru(連体形)-e ⇒[母音融合]kojure(こゆれ)
命令形 ko-aj-je(連用形)-lə ⇒[融合,短母音化]kojejə(こえよ)/kojerə(※東国)

事例㉒:語幹:ta(絶)

この語幹は、他動詞化接尾が-at、自動詞化接尾が-ajである。(連用形のみを示す。)

四段活用(-at付加:他動詞化) 絶ち

連用形 ta-at-je⇒[音変化]taati ⇒[短母音化]tati(たち)

下二段活用(-aj付加:自動詞化) 絶え(je)

連用形:ta-aj-je⇒[音変化・短母音化]taje(たえ)

事例㉓:語幹:mji(見、召)

上一段活用(語幹:他動詞)見

上一段活用は、語幹語尾が-ji と想定される。(イ甲音は口蓋化した-jiだったと想定される。これは二重母音-iiのようになったため、後の/r/は脱落しなかった。)「見」を例にとる。なお、未然形は-aの代わりに-əを付加するが、これは母音調和の名残であろう。

未然形 mji-ə ⇒[母音融合]mje ⇒ [母音融合]mi(み)
連用形 mji-je ⇒[融合]miii ⇒[短母音化]mi(み)
転成名詞 mji-i ⇒[変化]miii ⇒[短母音化]mi(み)
終止形 mji-ru ⇒[変化]miiru ⇒[短母音化]miru(みる)
連体形 mji-ru(終止形)-ru ⇒[変化]miiruru ⇒[r脱落]miiruu⇒[短母音化]miru(みる)
已然形 miru(連体形)-e ⇒[母音融合]mire(みれ)
命令形 mji-je(連用形)-lə ⇒[変化]mijə(みよ)/mirə(→miro/mire)(※東国)

四段活用(-əj付加:他動詞化) 召

尊敬の-əsを付加すると「召し」になる。形としては他動詞化だが、意味としては尊敬である。

mji-əs-je⇒[変化]mjiəsi⇒[変化]miəsi ⇒[母音融合]mesi(めし)

下二段活用(-əj付加:自動詞化)見え

mjiに、自発の接尾辞-əjを付加すると下二段活用「見え」になる。転成名詞も類推により連用形と同系に帰したものと思われる。

連用形 mji-əj-je ⇒[融合]mjeje ⇒[変化]mije(みえ)
転成名詞 mji-əj-i ⇒[融合]mjeji ⇒[母音融合]miji⇒[類推]mije(みえ)

下二段活用(-ə(s-əs)付加:再他動詞化)見せ

「見え mji-j-je」の/j/を/səs/に置換して再他動詞化したものが「見せ」である。
連用形 mji-əs-əs-je ⇒[音変化]mjiəsəe ⇒[母音融合]mjese⇒[母音融合]mise(みせ)
転成名詞 mji-əs-əs-i ⇒[音変化]mjiəsəi ⇒[母音融合]mjesi⇒[母音融合]misi⇒[類推]mise(みせ)

事例㉔:語幹:ku(消)

語幹:kuは-uj付加により2種類の下二段活用が生じた。

下二段活用(-j付加:自動詞化)① 消(け)

連用形 ku-uj-je ⇒[変化]kuuje ⇒[変化]kwe

下二段活用(-j付加:自動詞化)② 消え(je)

連用形 ku-uj-je ⇒[音変化]kuije ⇒[音変化]kwije

事例㉑:語幹:k(来)

カ行変格活用(語幹:自動詞)来

カ行変格活用の「来」は、語幹:k(「此」kəと同根)と考える。命令形は未然形と同形のkəであるが、これは「此処(へ来い)」という意味から、代名詞「此」kəを単独で用いて命令形の代用としたものであろう。さらに、そこに他語からの類推でjəを付してkəjəとしたのだろう。

【語根:k】
未然形 k-ə ⇒kə(こ乙)
連用形 k-je⇒[音変化]ki(き甲)
転成名詞 k-i ⇒ki(き甲)
終止形 k-u⇒ku(く)
連体形 k-u-ru⇒kuru(くる)
已然形 kuru(連体形)-e⇒[母音融合]kure(くれ)
命令形 k-je (連用形)-lə ⇒[音変化,l脱落]kiə ⇒[母音融合]ke(け甲)※不使用

命令形 kə (=此)
    ⇒[他語からの類推]kə-lə ⇒[音変化]kəjə (こ乙、こ乙よ)

事例㉕:語幹:s(為)

サ行変格活用(語幹:自動詞/-ar付加:自動詞化)為

サ行変格活用の「為」は、語幹:sの活用形とそれに-arが付いた語幹:s-arの活用形の混合形と考える。so)(そこの「そ」)と同根か。

【語幹:s】(四段活用):するという動作
未然形 s-a ⇒sa(さ)※不使用
連用形 s-je ⇒si(し)
転成名詞 s-i ⇒si(し)
終止形 s-u ⇒su(す)
連用形 s-u(終止形)-ru⇒suru(する)
已然形 suru(連体形)-e⇒ [母音融合]sure(すれ)
命令形 s-je (連用形)-lə⇒[音変化,l脱落]siə⇒[母音融合]se(せ甲)※不使用

【語幹:s-ar】(下二段活用):自発的にする
未然形 s-ar-a ⇒[r脱落]saa⇒[短母音化]sa(さ)(⇒[連用形代用]se(せ))
連用形 s-ar-je⇒[音変化]sai⇒[母音変化]se(せ)(※連用形としては不使用・未然形へ代用)
転成名詞 s-ar-i ⇒[r脱落]sai⇒[母音変化]se(せ)※不使用
終止形 s-ar-u⇒[r脱落]sau⇒suu⇒su(す)
連体形 s-ar-u(終止形)-ru⇒[r脱落]sauru⇒suru(する)
已然形 suru(連用形)-e⇒[母音融合]sure(すれ)
命令形 s-ar-je (連用形)-lə⇒[音変化]sealə ⇒[母音融合,子音変化]sejə(せよ)

事例㉖:語幹:in(去)

この動詞はナ行変格活用である。連用形が/inu/ではなく/inuru/になっているが、打消しの「ぬ」と区別するために後から/-ru/が付加されたものであろう。idu)(いづこの「いづ」)と同根か?

ナ行変格活用(語幹:自動詞)去に

未然形 in-a ⇒ ina (いな)
連体形 in-je ⇒ ini(いに)
転成名詞 in-i ⇒ini(いに)
終止形 in-u ⇒ inu(いぬ)
連体形 in-u(終止形)-ru ⇒[r脱落]inuu ⇒[短母音化]inu ⇒[-ru付加]inuru(いぬる)
已然形 inu(連体形)-e ⇒[母音融合]ine(いね)
命令形 in-je(連用形)-lə ⇒[音変化,l脱落]niə ⇒[母音融合]ne ⇒[i付加]ine(いね)

事例㉗:語幹:kwoj(蹴)

下一段活用の「蹴」は複雑な変遷をたどっており、かつては古い順に、(連用形でいうと)「くえ(ヤ行)」、「こえ(ヤ行)」、「くゑ」(いずれも下二段活用)、「くゑる」(上一段活用)などがあったことが記録されている。語幹を/kwoj/と想定し、以下のような変遷を辿ったと考える。(2形目以降は、すべて歴史時代以降の変化である。)

【古形:下二段活用】

未然形 kwoj-a ⇒kuoja(⇒kuja/koja(くや、こや)⇒×消滅)
連用形 kwoj-je ⇒kuoje(⇒kuje/koje(くえ、こえ)⇒×消滅)⇒①kuwe(くゑ)
終止形 kwoj-u ⇒kuoju(⇒kuju/koju(くゆ、こゆ))⇒×消滅
連体形 kwoj-u(終止形)-ru⇒kuojuru(⇒kujuru/kojuru(くゆる、こゆる)⇒×消滅)

【①以降:下一段活用】

未然形  [連用形による代用]kuwe(くゑ)⇒kwe⇒ke(け)
連用形 ①kuwe(くゑ)⇒kwe⇒ke(け)
終止形  [上一段活用からの類推]kuweru(くゑる)⇒kweru⇒keru(ける)
連用形  [上一段活用からの類推]kuweru(くゑる)⇒kweru⇒keru(ける)

助動詞「ゆ、らゆ」(自発、受身、可能)の成り立ち

助動詞「ゆ、らゆ」は、自発を意味する自動詞化接尾辞-ajに由来する。

四段活用に付着する場合、「書く」(語幹:kak)を例にとると
 連用形 kak-aj-je ⇒[音変化]kaka-je(かかえ)(書か(未然形)+え)
 終止形  kak-aj-u ⇒[音変化]kaka-ju(かかゆ)(書か(未然形)+ゆ)
となり、未然形に-j-が付着する形に再解釈できる。ここから類推し、二段活用においても、未然形接続となった。二段活用の未然形は前が二重母音のため、間に/r/を挿入したのであろう。
「過ぐ」(語幹:sugu)を例にとると、
 連用形 sugwi(未然形)-raj-je ⇒sugwiraje(すぎらえ)
 終止形 sugwi(未然形)-raj-u ⇒sugwiraju(すぎらゆ)
となる。

助動詞「る、らる」(自発、受身、可能)の成り立ち

助動詞「る、らる」については、こちらのブログから引用する。

① 四段動詞(例:「焼き」)は,もとは自動詞派生形「焼け」を受身にも用いていた。
② 受身に専用の語形を作る必要が生じ,用いられたのが「剥ぎ・剥げ・剥がし・剥がれ」のような推移的な自他派生系列であった。「焼き」の受身形に,自動詞派生形「焼け」の代わりに再自動詞派生形「焼かれ」を用いるようになった。
③ この「焼かれ *jakaarae」は,*jakaa-rae,すなわち,自動詞派生形(もとの受身形)「焼け」の未然形 *jakaaに *-rae を付けたものとして解釈された。これを二段動詞(例:「上げ」)にも適用し、自動詞派生形「上がり」の未然形 *agaaraに -raeを付け,「上がられ *agaararae」とした。
④ 短母音化して *jakarəe, *agararəeになるに及び,原動詞「焼き」「上げ」未然形に -rəe, -rarəeを付けた *jaka-rəe, *aga-rarəeとして再解釈を受ける。
⑤ 下二段未然形が *aga > agəeになり,「*上がられ」も「上げられ」になった。

https://omatsuja2.blogspot.com/2020/02/ver-3.html

しかし、「る、らる」は、中古(平安時代)以降に発達した語であることを考慮する必要がある。動詞活用形が形成された遥か後に誕生した形である。そうすると、もう一つの説としては、「ゆ、らる」から変化した可能性はないだろうか。

 連用形 kaka-je ⇒[j弱化消失]kaka-e ⇒[r挿入]kaka-re(書か+
 終止形 kaka-ju ⇒[j弱化消失]kaka-u ⇒[r挿入]kaka-ru(書か+

/j/が弱化し、母音連続となるのを避けるために/r/が挿入されたのではないだろうか。この/r/は、/j/同様に自発のニュアンスを持つ形態素でもある。

助動詞「す、さす」(使役など)の成り立ち

こちらも中古(平安時代)以降に用いられた(それ以前は使役には「しむ」を用いた。)。おそらく、「る、らる」からの類推と思われる。「る、らる」の/r/を、使役などのニュアンスを持つ形態素/s/に置換することで、「す、さす」とし、使役などを表したのであろう。

 連用形 kaka-re ⇒[r→s置換]kaka-se(書か+
 終止形 kaka-ru ⇒[r→s置換]kaka-su(書か+

次稿へ向けて

今回は動詞活用形の起源について、大まかな作業仮説にとどめたが、次稿では、上代東国方言や琉球語の活用形も考慮しながら、活用形の成り立ちを時系列で追い、各方言においてどのように変化していったのか考察したい。
                               

                                以上

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