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しっぺ返し

平成生まれで物心ついたときからパソコンがあるせいか、何でもペーパーレスにすればいいと思っていた。
職場に溢れる紙の束。管理要領はとてつもなくめんどくさいし、かさばるし、うんざりしていた。ほぼ全ての業務をデジタル化している企業の話を聞くたび、なんて羨ましい、と憧れていた。


フェリーで北海道に向かっていた。乗り組んだ直後、動きの鈍いスマートフォンを再起動したら、読み込み画面を表示するだけの文鎮と化した。

まずい。

この船は明朝4時半に小樽に着く。もとより電波は入りにくいが、方方に「フェリーで北海道に行きます!」と喧伝した以上、音信不通となると各方面にご心配とご迷惑をかける。船内をうろつき、古めかしい公衆電話が目に止まった。そこでハタと気づく。肉親と職場の電話番号は何とかなるが、かけがえのない人達との連絡手段をLINEに依存している。
文鎮は変わらずささやかな彩りを映すのみだ。あらゆるボタンをあらゆる手段で触ってみたが、電源が落ちる気配はない。一晩放置してバッテリー切れを待つか。古めかしい機種なら物理的に引っこ抜いて再起動に賭けられたが、5年落ちの元・ハイスペックスマホはバッテリーを密封してしまっている。様々な思惑があってのことかもしれないが、「枯れた技術」は馬鹿にできないと痛感した。
小樽付近に満喫はあるか。予定にはないが、ダメだったら札幌方面に移動するか。土地勘はないが、カーナビは使えるし、船内で売っている北海道の紙地図を見れば情報はあるかもしれない。とにかくネットに繋がれば、何かしらの糸口は見えてくる。スマホも、SIMカードが生きてさえいればどうにかなるかもしれない……。

SIMカード。

このスマホ、唯一いじれるとしたら、あとはSIMカードを引っこ抜くことだ。そのためには、コネクタを外すボタンを押す細長いピンが要る。
少し考え、インフォメーションに針金のクリップを頂けないか頼んでみた。縦長の楕円に巻かれた、職場でしょっちゅう出くわすアイツだ。めんどくさいなあと思いながら紙束をまとめる、アレ。おニイさんは不審がることなく優しい笑顔で、差し上げます、と一つ渡してくれた。
結果として、わたしはこのクリップに救われることとなる。針金を真っ直ぐにしてSIMカードを引き抜いた刹那、カラフルな文鎮はスマートフォンとして息を吹き返した。そして、今わたしはこの文章を書くに至っている。

ごくわずかな電波を拾った瞬間を見計らい、喫緊に伝えるべき人に電話番号とメールアドレスを報せた。小樽に着き、いきなりウェルカムシャワー(大雨)を浴びせられ、途方に暮れながらこれを書きつつ、時間を見て順次連絡をしていくつもりだ。
紙ベースをナメていた自分に手痛いしっぺ返しが来た。便利さに覆い隠されて見えにくいが、現代のテクノロジーは、儚く、脆い。いざという時には、原始的な技術が力を発揮する。そうした手段を侮ってはならない。己の在り方として、大いに反省した。
いくら自分が大事にしたいと思っている縁でも、何重にもセーフティを張らなければすぐに途切れてしまうのだ。

そんなわけで、わたしから電話番号の通知を受領した各位は直ちに自己の番号を回答されたい。


それから、スマホは近々買い換えようと思う。

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