見出し画像

『遠距離現在 Universal Remote』の幸福な社会とは何なのか.

18世紀後半から19世紀初頭にかけて起こったイギリスの産業革命.我々の生活をより豊かにするべく普遍的な幸せを追い求めてきた.時代は21世紀に入ったが、変わらず人間は嫉妬と欲望にまみれ必要以上の豊さを手に入れようとする.

そんな時代には社会から忘れられた人々が存在する.それがこの遠距離現在の世界観だと感じる.

今、僕らが期待している未来は表の世界.ドラえもんの世界観は正に人間の追い求めていく究極系だ.科学技術と文化により作られる価値は素晴らしい美しさを持っている.しかし同時に裏の世界が存在するのも事実だ.

科学技術によって、文化によって排除されてしまう人々は裏の世界にいる.その裏の世界を間近に感じることができる.

中ではXu Bing(シュビン)氏による映画『とんぼの目』が等間隔で上映されていた.驚くことに映画のマテリアルは中国社会を常に見張っている「監視カメラ」だった.この監視カメラを繋ぎ合わせ一つのストーリーを構成する試みをとっている.

この映画の最大の特徴は言うまでもなく「人々」がテーマであることだ.ストーリーの構成は人々の何気ない日常に理由を付けていく実験的な映画になっているが生々しさが素晴らしい.

そして展覧会のテーマである「遠距離現在」を感じることができる.普通映画は観客と映画を一体化させる試みを取る.感動系であれば観客は映像に同情し涙を流すかもしれない.SF系であれば映像に出てくる謎が人々の頭の中に残り続け答えを求めようと奮闘するかもしれない.
これらは映像と観客(人間)が一体化することによって可能にする.

しかし、「とんぼの目」の世界観では映像に入ることはできない.常に客観的視点(監視カメラ視点)でしか見ることができない.僕自身もこの映画に対して膨大なエネルギーは使わなかった.ボーッと監視カメラのストーリーを見る感覚は新しかった.

社会が便利になると人は自由を感じるかもしれない.しかし実際に起こっているのは監視カメラによる監視カメラによる監視生活であり不自由な生活と言えるかもしれない.表象の中で生きる人間の危機感を感じることができる映像展示であった.

この人間の自由を扱った作品の一つにティナ・エングホフの『心当たりあるご親族へ』という作品がある.写真に残すのを忘れてしまうほどセンセーショナルな作品であり創造と哲学が入り混じる作品だった.

人は自由を手に入れ集団生活を嫌う者も現れ始めた.孤独で生きることを望む者もいれば社会に適応できず、取り残された人々も生まれてしまった.日本でも年々増加する孤独死の社会問題化を始め、孤立に対する意識が広まっているように感じる.この作品が表すのは孤独死によって忘れられた人々の最期.しかし、これも遠距離から眺めるだけの現在だという認識に興味深さを感じた.

我々の孤独を推し進めるかのように登場したのがインターネット技術と言えるかもしれない.インターネット技術は世界を一つにした明るい面もあれば現実世界でのコミュニケーションを恐れインターネットが現実世界となり誰もその人のことを知らないまま居なくなってしまう世界.それがインターネット社会の生み出した裏の部分だ.

それを展示したのがエヴァン・ロス氏による『あなたが生まれてから』という作品だった.壁一面360度写真に埋もれた展示はエヴァン・ロス氏自身のコンピュータの写真データだという.

この写真は一生動くこともなければ意味を持たないただの写真だ.しかし、スマホの中に人生があるようでスマホの中に生きてきた感覚を味わう.

現実世界と仮想世界ではなく、混ざり合ってできる新しい世界なのだが、やはりデメリットには人間のリモート化、非接触化によるコミュニケーションの希薄、共同体の衰退を感じる.

自分は一体どこに住んでいるのか.自分を自分と認識できるのは現実世界だけなのか.そんな哲学的問いを感じながら楽しむことができる.そして一人の観客として責任を感じることなくボーッと見るのである.

『遠距離現在 Universal Remoto』展は国立新美術館 企画展示室1Eで6月3日まで開催されているそうなので是非足を運んでみてほしい.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?