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15 玩具への果たし状【葬舞師と星の声を聴く楽師/連載小説】

連載小説『葬舞師そうまいしと星の声を聴く楽師がくし』です。
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前話

15 玩具おもちゃへの果たし状


 北東の歓楽街にある酒場〈魅惑を放つケレシュメ〉は、活気を優に超えてほとんど熱気に包まれていた。フロアに20ほど置かれたテーブルはすべて満席。みなジョッキやグラスを片手にステージに向かい、絶え間ない歓声と拍手を送っている。時折、目立った掛け声や、もて囃す声が飛び交っていた。
 アシュディンとハーヴィドは、初対面の夫婦と相席になることで、なんとか四人席のテーブルにつくことができた。
 ステージ上では、三人の踊り娘が三人の楽師の伴奏で情熱的なダンスを披露していた。ど真ん中で踊っている女性があのダルワナールだった。先日会った時よりも更に露出の多い、光がちらちらと反射する赤いドレスをまとっている。長くて肉付きの良い手足を活かしたダイナミックなダンスに、観衆はみな釘付けになっていた。
「なぁ、あのお姐さん、やけに人気あるみたいだけど有名人なのか?」
 アシュディンは歓声に掻き消されないよう、声を張って同席の夫に尋ねた。
「お、お前さん、あのダルワナールを知らないのか?」夫はまるで幽霊でも目撃したかのような目を向けてきた。
「名家、エルジヤド家の長女だよ、超有名な三兄弟の真ん中。貴族だっていうのに、こうして一般市民を相手に盛り上げてくれてるのさ。いや、貴族だからこそみんなそそられるんだろうね。あんなエロいお嬢さま、他にいねぇもんなぁ」と言って、恍惚の眼差しでステージを見つめた。その会話に妻も嬉々として加わってきた。
「私もファンなんだけど、女性からも大人気なのよ! あの抜群のプロポーションに強気なダンス、ほんと惚れ惚れしちゃうわ〜」女性に目をハートにする女性をアシュディンは初めて目の当たりにした。夫の方が「あれで三児の母だっていうから驚きだよなぁ」と呟いたが、それは歓声に紛れて聞き取れなかった。

 ダルワナールは踊りながら、一瞬こちらに視線を向けた。「きゃっ、ダルワナールさまがこっちを見たわよ!」妻が沸き立つ。二度目に向いてきた時には「お、おい! 目が合ったぞ!?」夫が頭を抱えた。
 やがて大人気の踊り子は、曲の途中ですっと舞台を降りると、なまめかしく腰を振りながらゆっくりとこの席に向かってきた。「うそっ、こっちに来るわ!」「こ、こんな近くで!?」夢のような展開に悶絶する夫婦の横を通り過ぎて、ダルワナールはハーヴィドの横に立った。
「来てくれたのね、ありがと」
 慣れた所作でハーヴィドの眼下に手の甲を差し出す。彼はその手を取ると、額に触れる寸前まで掲げて、軽く頭を垂れた。ラウダナ国式の挨拶の作法だ。
「お姉さん、めっちゃダンス上手だな! 俺、すげえ興奮したよ」
 アシュディンが手放しに賞賛すると、ダルワナールが目を見開いてぱちくりさせた。
「……ああ、あの時の坊やね。やだ、てっきり未成年かと思っていたわ」
 扱いの違いにカチンと来たが、ハーヴィドの顔を立ててその場は作り笑いで返した。
 ダルワナールは給仕を呼びつけると「ここのテーブルはうちにツケておいていいから、料理も酒もどんどん持ってきてあげて!」と気前よく言い切った。
「道で助けてもらっただけでなく、こんなにもてなされては流石に申し訳ない」と辞退を申し出るハーヴィド。彼女はそれを無視して、給仕に持って来させた椅子に腰をかけた。
「いいのよ。あなたとはお話がしたかったの。旅をしてるんですってね、聞かせてほしいわ」と、熱っぽい眼を向けてきた。

 テーブルに乗り切らないほどの料理と酒は、ほとんどアシュディンによって消費された。やけ食いにやけ酒、完全に機嫌を損ねていた。
「ふぅん、マホガニーねぇ……」
 ハーヴィドの話を一途に聞いていたダルワナールは、つと思い立って言った。
「あたしね、マホガニー材木の卸商おろししょうをしている社長を知ってるの。なんなら紹介してあげてもいいわよ?」
「それは本当か!?」思わぬ収穫にハーヴィドの敬語の壁が崩れた。
「ええ、でもね、ひとつだけ条件があるの」
 女が急に猫撫で声に変わったことに、アシュディンは胸騒ぎがして仕方なかった。
「あたしの専属楽師にならない?」
 ダルワナールは言いながらハーヴィドの大きな手を取って、いやらしく指を絡めた。
「手を見れば分かるわ。この肉刺まめ、皮の厚くなった指先、日頃の修練を絶やすことのない本物の楽師の手ね、ぞくぞくしちゃう──」
「ちょ、ちょっと待て!」突如アシュディンが割って入った。
「何よ?」急に白けた顔になるダルワナール。
「専属って……それは……ダメだ」
「あら、ハーヴィドはあなた専属の楽師だとでもいうの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、あなたたち恋人同士なのかしら? そう、妬いているのね」
「ち、違う!」アシュディンは顔を真っ赤にしながら否定したが、ダルワナールはさらに揶揄からかおうとしてアシュディンの頬を指でつついた。
「ふふ、いいわよ、綺麗な坊や」
 踊り娘は椅子をる音を立てながら、威勢よく立ち上がった。 

「あんたの噂は聞いているわ。舞師なんですってね、西の歓楽街で道場破りしてるって。だったら、ここであたしと勝負しない?」
 鼻先を指差す無礼な挑発だ。退屈しのぎの玩具おもちゃでも見つけたかのような顔つき。アシュディンは憤り、ダルワナールを睨み返しながら自身もおもむろに立ち上がった。
 踊り娘はなおも声高らかに続けた。
「もしあんたが勝ったら、マホガニーの卸商を紹介するだけじゃなく、あたしのステージの枠の半分をあんたにあげてもいいわ。でももしあたしが勝ったら……」
《勝ったら?》アシュディンは固唾を呑んだ。
「専属楽師としてだけじゃなく〈特別に〉仲良くしちゃうかもね」
 ダルワナールはハーヴィドの首に手を回して、すでに勝ち誇ったかのような顔を浮かべた。アシュディンは《なんでお前、拒絶しないんだよ!?》と苛立ちながら「やってやるよ」とその勝負を受けて立った。
「ハンディをあげるわ。伴奏はお互いハーヴィドにやってもらいましょうよ。一緒に旅をしてきたんでしょう? さぞかし息の合った演技を見せてくれるのよねぇ──」

 舞踊対決の話は一瞬で津波のごとく酒場中に広がっていった。それは店外にまで伝播し、立ち見客や窓から覗き見する野次馬まで呼び寄せた。
「おい、ダンス対決だとよ!」「マジか、ダルワナールに敵うわけがない」「身の程知らずな坊やだなぁ」と男たちが盛り上がった。
「ねえねえ、すごい綺麗な男の子よ」「どんな踊りを見せてくれるのかしら?」「ダルワナールさま! 負けないで〜!!」と女たち。
 コイン・トスが行われ、先攻はアシュディンに決まった。舞師と楽師はふたり並んでステージに向かう。その途中、アシュディンは顔に矜持きょうじたぎらせながら言った。
「こう見えて俺、民族舞踊だってなんだっていけるんだぜ。そうだ、いっちょファーマール帝国の剣舞でもかましてやるか!」
「駄目だ。披露するのはあくまで伝統舞踊ダアル、そして演目は〈なぎ木立こだち〉にしろ」
 アシュディンは自信満々の提案を却下されたことよりも、指定された舞の方に驚愕した。
「は!? 正気か。こんな騒々しい場所で〈なぎ木立こだち〉なんて出来るわけがない。お前、俺に恥をかかせる気かよ?」
「あの娘、かなりのやり手と見た。それにここは敵地アウェイ、大衆扇情で闘っても全く歯が立たないだろう。お前はいつも通り、技術と格式で勝負するんだ」
「……信じていいんだよな?」
「お前が信じるのはお前自身だ。俺はその信念に応える」


── to be continued──

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