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22 笑いながら助けてと 【葬舞師と星の声を聴く楽師/連載小説】

連載小説『葬舞師そうまいしと星の声を聴く楽師がくし』です。
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前話

22 笑いながら助けてと


 連れて行かれた先は人気ひとけのない荒れ地だった。市街中心からだいぶ離れた、ほとんど郊外と言っていい場所だ。物騒な刃物を手にした荒くれの男たちが5、6人ほど集まっていた。カースィムとアシュディンを連れてきた3人を含めると、到底逃げおおせる状況ではなかった。自然と凶賊の輪が出来上がって、カースィムは首にナイフを突きつけられて前の方に座らされた。
「社長さんよ、悪いな、来てもらって」リーダー格と思しき男が言った。賊の中にいて彼を含めた何人かは身なりがよく整っていた。
「あー、あんたかー。会社うちにずっとマホガニーを仕入れてくれてたもんね。いつもありがとうね、ご苦労さま〜」カースィムの返答から、男が偽装詐欺の首謀者であることは容易に想像できた。戯けた口調は酒のせいか、それとも。
「虚勢を張るんじゃねえよ。まんまと騙されて、本当は悔しくてたまらないんだろう? 世間知らずの貴族のお坊ちゃんよぉ」
 男はカースィムを罵りながら紙巻きタバコに火をつけた。いちど大きく吸って、フーッと彼の顔を目掛けて煙を吐いた。
「ぼろい商売だったんだがバレちゃあ続けられねえ。最後に荒稼ぎさせてもらうぜ。あんたには人質になってもらう。名家の貴族だもんな、その貴い命の値段は……〈3億 yan〉だ」
「そ、そんな!?」アシュディンがその驚愕の金額に声を上げると、後ろから「黙れ」とまた刃物を押し当てられた。
 ふと、カースィムが賊の中につい数日前まで身近にいたはずの男の姿を見つけて声を上げた。
「あれ〜、君、うちの材木検査診断士じゃない。どうしたの? こんなところで、みんな心配してたよ〜」
 検査診断士は一瞬びくっとしたが、すぐ意を決したように元雇用主をきっと睨んだ。
「あ、あんたが悪いんだ! 俺は先代から世話になってるけど、代替わりしてからはずっと最悪だった。あんたは工場にも倉庫にも顔を出さないで、いっつも酒ばかり飲んでて。自分の眼で品質をチェックしない、商売もどんぶり勘定ときた。いつ倒産するかって不安で不安で仕方なかった!」
 裏切りの検査診断士はこの場を使って積年の不満をすべてぶち撒けた。詐欺集団に取り込まれたのにはそれなりの理由があった。しかし──
「せめて、せめてユスリーさまが跡を継いでくれれば良かったのに!」
 その言葉が発せられると、ほんの一瞬だけカースィムの顔から笑みが消えた。そして吹き消されなかった蝋燭の火のように、またすぐに不気味な笑顔が帰ってきた。
「…………あは、そうだよねぇ、僕もそう思うよ、あははは、うん、ごめん、そうだよ、そうだよ、やっぱ君、賢いね、それが良かったのにね、ごめんね」
 それはあらゆる感情が雑にコラージュされたような悲しい物言いだった。
「お喋りはそこまでだ」リーダー格の男は懐から手銃てづつを取り出して、その銃口をカースィムに向けた。
「こいつはな、西の国から仕入れた代物しろものだ。まだ試作品だが点火の不要な優れ物だ。頭くらい秒で吹っ飛ぶぞ」と言って撃鉄を起こした。ガチャッと鳴った音にカースィムが身を戦慄わななかせた。
「おい、そこのお前!」
 つと男はアシュディンに向けて声を荒げた。
「お前は伝令役だ。エルジヤド家に行って当主に伝えろ。こいつの命と引き換えに〈3億 yan〉を用意しろと」
 その言葉を合図に突きつけられていた刃物が下ろされ、アシュディンだけが解放された。歩き出すと賊どもがわざわざ道をあけた。カースィムを心配して振り返ると、彼は初めて〈葡萄の冠グレイプ・クラウン〉で会ったときと同じ、快楽主義者の笑顔を浮かべていた。
「アシュディン、別に兄さんたちに伝えなくていいからね。僕にそんな巨額に見合う価値があるわけないし、いつ死んだって構わないって……死にたいって、ずっと……ずっと、今だって……思っているんだからさ……あは」
 アシュディンはようやくカースィムのことを理解した。彼はずっと前から、こうやって笑いながら〈助けて〉と言っていたんだ。


 エルジヤド家邸宅の大広間、当主ユスリー・エルジヤドは何食わぬ顔で彫像のように直立していた。一方でアシュディンはその横でずっとそわそわして、立ったり座ったりを繰り返していた。
「大丈夫か、アシュディン!」
 〈魅惑を放つケレシュメ〉で事件のことを聞いて駆けつけたハーヴィドは、開口一番、解放された青年を気遣った。
「俺は何もされてない。けど、カースィムが……」
 アシュディンが気まずそうにハーヴィドの後ろを見やった。そこには同じように駆けつけたダルワナールが真っ青な顔をして身を震わせていた。
「ご報告申し上げます!」
 最後に現れたのは警吏官のジャイルだ。何の因果かアシュディンたちがラウダナの貴族街に足を踏み入れたときに引き止めた巡査だった。
「アシュディン殿の言った通り、市民街西の外れの荒れ地にカースィム・エルジヤドさまと犯人グループ9名の姿を確認。全員が刃物を、ひとりは手銃を携帯しています。奴らの要求は身代金〈3億 yan〉と、国外逃走経路の確保です!」
 入り口付近で声を張ったジャイルは、警吏官らしい行進でエルジヤド家の当主に近づくと、おもねるような口調になって言った。
「ユスリー様、交渉に行かれますか?」と、まるで《わたくしが付き従います》と言わんばかりの介添えの姿勢を見せた。しかし当主は警吏官には一瞥もくれずに鼻を鳴らした。
「ふんっ、交渉はしない」
「──えっ!?」
 ジャイルだけでなくその場にいた全員が驚嘆した。ユスリーはそれすらも意に介さない様子で淡々と続けた。
「金は出さん。警吏隊だけで処理をしてくれ。弟が死んだらそれで構わん。私は忙しいんだ」
「い、いや……それは……」
 まったく想定をしていなかった返答に困惑する警吏。
「カースィム、とんだ出来損ないだった。あちこちで問題を起こしてその度に私が尻拭いをしてやってきたというのに、たかが一社の仕事もまともに務められず、あまつさえこんなくだらん事件に家を巻き込むとは」
 ユスリーは本気で迷惑そうな顔を浮かべた。ダルワナールが肩を震わせながら一歩前に出た。
「兄さん、まさかそれ、本気で言っているんじゃないでしょうね!?」
「ふんっ、来月は貴族会への寄付金の納期が控えている。再来月は都議会の選挙活動。あんな落伍した弟のために金を浪費して、家名を汚すなんてもってのほかだ」
 そのあまりに冷酷な発言に、当主の妹は俄にいきり立った。
「ふ、ふざけんじゃないわよ。金が、家名がなんだっていうのよ!」
「お前もだ、ダルワナール。無責任に子を三人も産んでおいてどこにも嫁に行かないのは、家の金と爵号を失いたくないからだろう! 違うか?」
「い、今はあたしのことは関係ないじゃない! カースィムはあたし達の弟──」
妹弟きょうだい揃ってこれ以上、私の足を引っ張るな!」
 ユスリーは妹の言葉を無慈悲に遮り、エゴイズムを吐き捨てて、ひとり螺旋階段を昇っていった。
「この守銭奴! 冷血漢!」
 大広間にダルワナールの怒号が響いた。
「鬼や悪魔はあんたの方じゃないか! ユスリー兄さんっ!」
 罵声も呼び声も虚しく、靴音はそのうちに途絶えて二階の部屋の戸が閉まる音がした。

「あ、あの……自分は、ユスリー様のご意向を報告がてら現状の確認をしに行って参ります」警吏官ジャイルは居たたまれなくなって、そそくさと屋敷を出て行った。
 残されたのは人質の姉ダルワナールと、家とは無関係な、交渉に何の役にも立たないアシュディンとハーヴィド。
「みっともないところを見せちゃったわね」
 場を取り繕うように肩をすくめたダルワナール。その瞳にはじんわりと涙が浮かんできていた。
「よくある話よ、あたし達の父は大酒飲みで事あるごとに母に手を上げていたわ。母は偶然街を訪れていた異邦人に助けを求めるように恋に落ち、駆け落ちまでして、あたし達を捨てた」
 唐突に始められた身の上話。事態に関係ないわけではないことはすぐに察せられた。彼女は酒場のステージに立つ勇姿からは想像もつかないほど萎んだ様子で話を続けた。
「兄は父母の両方を憎んで、いつしか金しか信用しなくなった。あたしは父を憎んで母の真似事ばかりしている。カースィムは母親の愛情を知らずに育って、しかも父親があれなものだから酒に堕落……皆すっかり歪んじゃってさ。ほんと、恥ずかしい兄弟よね」
 自虐的な言葉を吐きながらも、ダルワナールは項垂れた顔をゆっくりと上げていった。
「でもね、歪んでしまうくらい誰かを憎んでも、なぜか〈生きていてはほしい〉って思うのよ、不思議よね。命だけは名誉にも金にも……いいえ、何にも替えられないもの。あたしもう一度、兄に頼んでみるわ!」
 ダルワナールは話しながら自ら気丈さを取り戻して、一気に螺旋階段を駆け上がっていった。
 アシュディンはこの時、なぜだか彼女に吸い込まれるように後を追いかけようとした。
「これは家族の問題だ、首を突っ込むな」と言って肩を掴んできたハーヴィド。その制止を振り払って、アシュディンは歪な三兄弟の行方を見届けに向かった。


── to be continued──

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