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12 ヒエラルキーを足蹴に 【葬舞師と星の声を聴く楽師/連載小説】

連載小説『葬舞師そうまいしと星の声を聴く楽師がくし』です。
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前話

12 ヒエラルキーを足蹴に


 丘の上からから見たラウダナ国都は、中心部からの放射状に伸びる道と、同心円上に描かれる道とが交錯する街だった。外側に行くほどに建物はまばらになる。かといって中心部がもっとも密というわけでもなく、その一帯には公的機関と思しき大きな建造物や、庭を有する広い屋敷がゆったりと並んでおり、せせこましい印象は全くなかった。
 山で喩えるなら中腹あたりがもっとも過密だ。そこは〈市民街〉と呼ばれ、一般市民たちの住居や生活必要施設などがぎゅうぎゅうに押し込まれた区域だ。路地は狭く、ひどく見通しが悪い。石畳の道はどこもかしこも同じようで、方向感覚を狂わせる大きな要因となっていた。

 つまり、アシュディンたちはラウダナ国都で早くも道に迷っていた。関所を抜け、まず駱駝を売り払い、閑散とした郊外を横並びで歩いているうちは良かったのだが、市街地に足を踏み入れた途端、すっかり自身たちの居る場所が分からなくなった。
「おい、ハーヴィド! お前まさか、方向音痴じゃないだろうな?」
「先頭を歩いてるのはお前だ、責任を押し付けるな」
「ねえ、ここ……さっきも通ったよ」
 三人がいがみ合いながら向かっているのは医院だ。ザインの親戚の家を訪れる前に、まずはハーヴィドの怪我を診てもらう予定とした。案内板によれば医院は街の中心部に位置し、容易に到達できるように思われた。しかし道が微妙に交差していなかったり、曲がりくねっていたりで、度々あらぬ場所へと運ばれてしまった。実情は、遠目に見た整然さとは大違いだった。
 道中の人通りは、街の規模の割に少なく感じられた。しかし工場こうばからは石や木を叩いて削る音が、食堂からは「早くしろ、昼に間に合わないぞ」などと従業員を叱咤する声が響いてきて、みな屋内で精力的に働いているようだった。精密な石工と木工で有名なこの都市は、まさにその建築の内にこそ活気を秘めていたのだ。

 やや開けた通りに出た一行は、その場所がどこかを確かめる間もなく、向かいから駆け寄ってきた制服姿の男に声をかけられた。
「おい、お前たち。ここで何をしている?」
 張りのあるよく響く声に立ち止まる三人。長い手足と蛇のような顔立ちが印象的な男だったが、最終的に目に留まったのは帽子の正面に貼り付けられたラウダナの国章だ。
「え、いや、俺たち医者を探してるんだけど。あんたは、警吏けいり官だよな? 」
 アシュディンは言いながら、救済を得た気持ちになった。《良かった、道を──》しかし警吏の男は出し抜けに「見慣れない顔だな、住所は?」と威圧的に詰め寄ってきた。
 ハーヴィドが矢面に立って、ひとりひとり指を差しながら説明する。
「我々はつい先ほどこの国に着いた者だ。俺とこの青年はファーマール国領から、この子は国境付近の村落からで、親戚がここの〈市民街〉に住んでいる」
 警吏官は最後まで聞くと、渋い顔をしながら言った。
「やはり異邦人か。ここは〈貴族街〉、立ち入るには手形が必要になる区域だ。今すぐ出て行きなさい」
 男は一行の代表としてアシュディンの腕を掴もうとしたが、その手はすぐさま振り払われた。
「は? 市街に入る前に身体検査も受けたのに、まだなんか必要なの? いちゃもん付けてるんじゃないの、あんた」
「いちゃもんとはなんだ。しかと明文化されている規則だ、自明すぎるがゆえに関守も言わなかったのだろう」
 喧嘩腰のアシュディンに対して、警吏は全く動じない。アシュディンは埒があかないことを悟って、すぐに作戦を変更した。
「俺たち医院に行かなきゃならないんだよ。ほら、こいつ怪我人。分かるだろ、見逃してくれよ」と言って、帯でぐるぐる巻きにされたハーヴィドの胸を差し示した。
「ならんならん。一般市民でさえここに立ち入るには臨時手形の携帯を義務付けられているのだ。市民権を持たないお前たちに、これ以上歩かせるわけにはいかない」
 警吏の鳩尾みぞおちを突き出すような仁王立ちに、行く手は完全に塞がれてしまった。

「分かった。規則通り速やかに出て行くが、ひとつだけ教えてはくれないか?」
 ハーヴィドが落ち着いた調子で問うと、警吏は事務的に「言ってみろ」と許可を与えた。
「貴族街の外の住人にも傷病で急を要する時があるだろう。その時はどうしているんだ?」
「ああ、市民ならば役場にて臨時手形の申請ができる。発行まではおよそ1時間だ。当日に限り、その手形で貴族街への立ち入りが許可され、医院にもかかれる。休日・夜間の発行には応じていない。郊外の者たちはそもそも医院にはかかれない。が、外には民間療法士や呪術医がいるから、皆そちらの世話になっているようだ」
 淀みのない弁舌だった。アシュディンとハーヴィドが返す言葉を失していると、警吏は「何か言いたげな顔だな」と不服そうにぼやいた。
 アシュディンは「いや、別に」と言って目を逸らした。警吏はますます胸を反らせて、ぎょろりとした目を爛々らんらんと光らせた。
「この国は貴族の寄付金と市民税とで成り立っているんだ。当然のことだろう」
 その悪びれることのない物言いに気を悪くしたアシュディンは、少年ザインの背に手を回しながら憮然として立ち去ろうとした。
 その時、〈カツン、カツン〉と甲高い音を立てながら一同に近付いてくる影があった。
「おい、ハーヴィド、もう行こうぜ! なんか胸糞わりぃ──」
 アシュディンが、なかなかついて来ないハーヴィドを気にして振り返ると、ちょうど警吏と楽師の間に、場違いな、薔薇のような深紅のドレスが立ち現れた瞬間だった。

「ねえ、あんたたち、なんか揉め事かい?」
 女性の声だ。程よい高さの、艶のあるまろやかな声。その声の持ち主はゆるくウェーブのかかった黒髪を掻き上げながら、警吏の顔を覗き込んだ。化粧で仄暗ほのぐらくしている目蓋の下で、瞳が意味ありげに煌めいた。
「あんた……名前なんて言ったっけ?」
「はっ、貴族街南区域巡査ジャイルです! ダルワナールさま」
「ああ、そうだったね。警吏隊長はお元気かしら? たまには店に顔を出すように伝えといてよ、あたしが首を長くして待ってるって」
「はっ! 確かに」
 警吏の男は先ほどまでとは打って変わって慇懃な態度を取った。一行がその変貌ぶりに呆れていると、女性はすっとアシュディンたちへと向き直った。黒いショールの下には襟の広く開いたドレスが控えており、形の良い乳房が前に横にと張り出していた。
「で、この者たちが何かしでかしたのかい?」
「はっ、この男が医院にかかりたいと申しておりますが、異国の者ゆえ、規則通り直ちに退出させます」
「ふぅ〜ん……」女性は値踏みするような目を向けながら、アシュディンらの前を往復した。編み上げの靴の底に貼り付けられた木の板、石畳にゆっくり時を刻むような高鳴りは、ハーヴィドの前に来たところで止まった。
「いいよ! 彼らに〈特別手形〉を出してやって。書類は後で屋敷の召使に届けさせるから」
「はっ!……え!?」女性の意想外な提案に、警吏はへんてこな声を上げた。
「しかし、ダルワナールさま、どこの馬の骨とも知れない者たちに、貴族街への出入りを〈30日間も〉許可するなんて、いくらなんでも示しが付きません」
「示しねぇ、その響き、好きじゃないわ。ねぇジャイル、あんた、あたしがどんな女か知っててそれを言ってるのかしら?」
 媚態と脅迫の入り混じった強烈な目を向けられ、警吏はひどく狼狽えた。
「ははっ、申し訳ございませんでした。特別手形、直ちに発行いたします」声を裏返らせながら、制服に備え付けられた広いポケットからふだを取り出すと、せかせかと字を書きつけ始めた。

「お姉さん、すげえカッコいいな! 助かったよ、ありがとうな」アシュディンは大興奮だ。
「過分なお心遣いに感謝する。どう礼をしたら良いか」ハーヴィドも丁寧に首を垂れた。
「ふふふ、あたしはダルワナール。もし礼をしてくれるんなら、いちど飲みに来ておくれよ。市民街の北東にある酒場、満月の日の前後にはだいたいいるからさ」
 彼女はハーヴィドの左胸にそっと指先を当てると、触れるか触れないかのタッチでゆっくり撫で下ろしていった。帯に覆われていない裸の腹に達したところで手を引っ込め「お大事にね」と言って、身を翻した。
 手形を用意している警吏の横を過ぎる際、彼女は「そうそう、やっぱり隊長には何も伝えなくていいわよ」と告げた。警吏は「はっ」とカラクリ人形のような同じ動きで応えた。
 ダルワナールは去り際に「じゃあね」と一度だけ振り返った。ショールが舞った一瞬、ドレスの布の空いた腹部に、縦に線を引く綺麗なへそが覗いた。
 〈カツン、カツン、カツン〉 靴音がフェードアウトする貴族街の通りで立ち尽くす一行。
 アシュディンは何度か瞬きをして「あ、あの女性ひと、本当に貴族なのか?」と我が眼を疑った。ハーヴィドもまた《なぜ貴族の娘が市民街の酒場なんぞに……》といぶかしんだ。


── to be continued──

(*性描写あり、LR18)

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