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21 片棒を担ぐくらいなら 【葬舞師と星の声を聴く楽師/連載小説】

連載小説『葬舞師そうまいしと星の声を聴く楽師がくし』です。
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前話

21 片棒を担ぐくらいなら


 様々な大きさ、形に加工されたマホガニーの材木が、縄で括られて保管されていた。カースィム・エルジヤドの経営するマホガニー卸商社の敷地面積はかなり広く、幾つかの棟に分かれた倉庫はざっと見て回るだけで日が暮れてしまいそうだ。その中の〈あるゾーン〉だけ見ることをハーヴィドは希望した。案内役のカースィムと興味本位で見学に来たアシュディンが付き添った。そこは他の棟に比べると雑然とした場所だった。
「ねえ、野蛮人。ほんとにこんな不良売残り品アウトレットゾーンでいいの? 別に正規品をあげても構わないんだけど?」
 カースィムはいつかの夜に投げ飛ばされたことをまだ根に持っておりハーヴィドのことを〈野蛮人、暴力主義者〉などと呼んでいた。当の本人はまったく気にしていなかったが。
「材質の良し悪しは俺自身の物差しで判断する。テーブルや棚を造るわけではないのだから、品質が整っているか、高値がつくかなどは俺には関係ない」
 やはりマホガニーが絡むと口数が増えるハーヴィド。カースィムは「ふーん、野生の勘みたいなやつ?」と興味なさそうに言って、大きな欠伸あくびをした。アシュディンは倉庫内のはりやクレーンが目新しくて終始きょろきょろしていた。
 ハーヴィドは棚に無造作に置かれた不揃いの木材をひとつひとつ見て回った。大きさを見て、拡大鏡を用いて木目を具に観察し、各所を叩いたり、様々な方向に力を加えたりもした。楽器ヴィシラかなう木材を探すのにはかなりの時間を要した。その甲斐あって〈ハーヴィドのためのマホガニー木材〉がついに見つかったようだ。
「こいつにする」と言って、長辺が肩ほどまである木材を取り上げた。その念願の出逢いに楽師は顔を綻ばせ、まるで猫を溺愛するかのような笑顔すら見せた。
 いつしか材木を椅子とテーブルにしてカードゲームに興じていたカースィムとアシュディンは「やっと終わったか」と言って立ち上がった。

 しかしハーヴィドはすぐさま笑顔を崩して、複雑な表情をカースィムに向けた。そして倉庫全体を見渡すような遠い目をして言った。
「カースィム、手間をとらせて悪いが、やはり正規品の保管された棟も少し見せてもらっていいか?」
「ご自由にどうぞ、初めっからそう言えばいいのに」
 ハーヴィドは眉間に皺を寄せながら正規品の置かれるゾーンを見て回った。自身の楽器用の木を選んだ時ほどではないが、売り物の木材の品質を要所要所で確かめながら。
「うーん、やはりか……」立ち止まって独りごちたハーヴィドに、カースィムは「何か?」と気取った物言いで問いかけた。
「この倉庫にあるマホガニーは半分近くは偽装品ではないか? まさかお前の意思でこんな商売をしているのではあるまいな?」
 ハーヴィドは断定を避けるよう言葉を選んで言った。しかしカースィムは疑惑の目を向けられたことに不快感を露わにし、即座に反論した。
「は? 偽装品なんて、ここにそんなものあるわけないよ。先代から懇意にしている信頼できる業者から仕入れているし、国家資格を持った木材検査診断士だって雇っているんだから」
 やましい事などひとつもないと、社長は言葉と顔と身振りとで主張した。
「それはおかしな話だ。精巧でほとんど見分けがつかないのは確かだが、俺の目算の限りでは2割ほどがラウダナ産ではない。3割はそもそもマホガニーですらない。産地偽装はまだしも、材質偽装は決して許されることではないぞ」
 ハーヴィドは決して咎めるわけではなく、〈疑え〉というメッセージを発したつもりだった。しかし、
「ほんのちょっと見ただけで適当なことを言わないでよ。うちは怪しい商売なんて一切していない。人をたばかってまで金を稼ごうだなんて考えたこともない!」
 社長は子どもっぽく来訪者をきつく睨みつけた。アシュディンがおろおろして二人の間を取り持とうとした矢先──

「社長っ、社長っ、大変です!」
 不意に役員と思しき制服姿の男が舞い込んできた。アシュディンとハーヴィドは嫌な予感しかしなかった。
「なぁに? 今、お客さんが来てる──」
「実は材木の検査診断士が一昨日から出社していないんです!」
 取るに足らなそうな報告にあからさまに不機嫌な顔をしたカースィム。「風邪でも引いたんじゃないの?」と言ってまともに取り合ず、そればかりか男を追い払うような仕草を見せた。
 男は気まずそうな顔を浮かべながらしばらくそこに佇んで「それと、その、金が……」と、口の中でごにょごにょと言葉をこねくり回した。カースィムがようやく話を聞く気になって振り向いた瞬間、
「社の金庫に置いてあった金がすっかり……」
 その言葉で点と点が繋がってしまった。普段はへらへらしているカースィムは瞬時に顔を強張らせた。そして倉庫をざっと一周見渡した。
「……アシュディン、ハーヴィドさん」
 カースィムはハーヴィドのことを〈野蛮人〉と呼ぶのを控え、敬称までつけて呼んだ。
「ごめんね。ちょっと仕事が立て込んでるみたいだから、僕はこれで。その木材の代金は要らないからさ、代わりにまたふたりで家に遊び来てよね……じゃあね」
 最後にぽつりと別れの言葉を吐いて、普段よりも大股歩きで役員と共に倉庫を後にした。その背中はなかなか社長らしいものだった。
 アシュディンは全てを理解できたわけではなかったが、何となく状況を察した。
「あいつ、騙されちまったのか」
「どうやらそのようだな」
 ハーヴィドは近くに立て掛けられた大型の木材を見上げながら言った。
「俺の調査だと、ファーマール帝国への輸出のおよそ5分の1はこの会社からだ。宮廷家具にも使われていると聞いた。まさかとは思うが、国家間の問題に発展しないといいのだが」
 釈然としない様子のアシュディン。
「それにしても、金を持って飛んだ診断士とかいう奴、なんでこんな絶妙なタイミングで消えたんだ?」とハーヴィドに意見を求めた。
「おそらく、我々が来ることが〈視察〉だと思われたんだろうな」
 商売のことや流通のことを何ひとつ知らない舞師でも、その予想には納得できた。楽師は入手した本物のマホガニー材を胸に抱きながら、横行する詐欺に怒りを滲ませ、乱伐や違法伐採などの木々をめぐる諸問題に胸を痛めた。


 アシュディンはその晩〈葡萄の冠グレイプ・クラウン〉のステージで女装の舞を披露しながら、カウンターの方がずっと気になって仕方なかった。またあの背中が戻ってきてしまった。カウンターに突っ伏して、葡萄酒を呷っては項垂れて、奇声を上げて周囲の客に絡んで、誰にも相手にされず、ますます落ち込んでいる。
 自身のショーを終えて着替えを済ませたアシュディンは、すぐさまその席へと向かった。
「カースィム、飲み過ぎだよ」
 上からグラスを取り上げると、カースィムはおどおどしながら酒瓶だけは奪われないようにと抱え込んだ。そのうえで振り返ってきっと睨んだ。
「アシュディン〜、なぁにぃ? さっきの踊り、つっまんないのぉ〜。出会ったときの君はもぉ〜っとキレイで刺っ激的だったのに、ひっく、もうじぇ〜んじぇんつまんない」
 以前よりさらに酒癖が酷くなっている。しかし、それも仕方ないのかもしれない。
「商務局、でいいのかな? 行こうよ。あんたは騙されたんだからさ。今のままじゃダメだ」アシュディンは懇々と諭した。
 マホガニーの材質偽装・産地偽装を認知してからも、カースィムはそれを隠しながら商売を続けようとしていたのだ。
「だってさぁ〜、ひっく、騙されて詐欺に加担、だよ? め〜っちゃダサくない? ひっく、だったら僕が率先して詐欺してた方がよ〜っぽどマシだよねぇ〜?」
 きな臭い単語が飛び出すたびにアシュディンは周囲を気にした。時折混じる妙な声は、吃逆しゃっくりなのか嗚咽おえつなのかよく分からない。
「お兄さんには相談したのかよ? あの人ならきっと助けてくれるだろ?」
「はぁ!? 君まで兄さんの肩を持つ気ぃい? 兄、兄、兄、兄、みんなうるっさいんだからぁ、そんなこと言うと、またはりつけにしちゃうぞおぉ〜、あはは」
「カースィム!!」
 何を言っても怒鳴りつけてもまともに取り合おうとしない貴族の次男。
「うっざいなぁ、もう放っておいてよ」
 カースィムは身をゆらゆらさせながら立ち上がると、そのまま千鳥足で店の出口へと向かった。
「ありゃここ数年でもっとも重症だな……」とマスターがぼやいた。
 アシュディンは見かねてその背を追いかけた。彼にはダンサーの職を紹介してもらった恩義があるだけでなく、歳が近く憎めないところもあって、過去のことは水に流してでも力になってやりたかったのだ。

 先にカースィムが店を出て行った。彼はひとりで出た、はずだった。しかしアシュディンが店の前に出てすぐさま目にしたものは、両脇を凶暴そうな男に挟まれて、顔を右へ左へさせているカースィムの後ろ姿だった。
 異常事態を直ちに察したアシュディン。店内に向けて声を上げようとしたその時──

「声を出すな」

 突如、低い声で凄まれ、腰に何かを押し当てられている感触があった。硬く、尖ったものの感触。声を押し殺しながらそーっと振り返ると、そこには刃物のギラリとした輝きが。
「運が悪かったな、お前にも付いてきてもらうぞ」
 視界の端の闇に潜む男を横目で確認すると、それはどこからどう見ても堅気かたぎの人間の顔ではなかった。


── to be continued──

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