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33 ここは俺たちの庭だ! 【帰還の章・最終話/葬舞師と星の声を聴く楽師】

連載小説『葬舞師そうまいしと星の声を聴く楽師がくし』です。
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前話

33 ここは俺たちの庭だ!


 帝国暦265年6月28日、午前。雨は止んだが、まだ霧の晴れない帝都の大通りを、舞師と楽師は闊歩した。行く手にはファーマール帝国の宮廷。そのさらに奥には重々しく聳え立つ岩肌の山。
 宮廷の門が見えてきた辺りで、ハーヴィドはいよいよ不安に駆られて訊ねた。
「入宮の手続きとか本当に必要なかったのか?」
「ああ、大丈夫だ……たぶん」
「多分って、アシュディン。ここまで来ておいて自ら門前払いを食らいに行くような真似を」
「だから大丈夫だよ、たぶん」
 生返事しかしない青年にハーヴィドはむっと気色ばんだ。《まったくこいつは。追放されている自覚はどこへ行った?》
 門が近づいてきた。宮廷への道は黒の鉄格子で固く閉ざされている。その手前には鋭い長槍を携える衛兵がふたり。ハーヴィドほどではないがそれぞれ体格が良く、険しい顔つきで来訪者から視線を離さずにいた。
 彼らの顔が認識できるほどになったところで、アシュディンは不器用な笑みを浮かべながら
「よっ!」と右手を挙げた。
「あ……」固まる右の衛兵。
「あ、あ、あ……」戦慄く左の衛兵。
 衛兵ふたりは突としてアシュディンに飛びかかってきた! ……長槍を投げ捨てて。
「アッシュディーーーン!!」
 伸びる声のさなかにカランカランと槍先が石畳に跳ねる音が鳴った。瞬く間にアシュディンは衛兵に抱きつかれ、揉みくちゃにされた。
「お前、4ヶ月もいったいどこ行ってたんだよ? 心配してたぞ!!」
「お前、痩せた? 太った? 背ぇ伸びた? いや縮んだか?」
 なおも友好的な歓迎は続けられた。
「お前の斡旋アテンドがなくなったせいで女舞師たちとの懇親会合コンが出来なくってさ、俺たち衛兵隊がどれだけ乾いた日々を送っていたか」
「ははは、俺じゃなくてそっち?」と苦笑いで返すアシュディン。
「衛兵隊長がずっと冷や冷やしてたぞ! お前が素行の悪かった衛兵を国外から暴露告発してるんじゃないかって」
「ははは、ナニソレ? 」と頭にはてなを浮かべるアシュディン。
 その会話を横で聞いていたハーヴィドは《こいつ職権濫用してたのか、追放されて然るべきだったか?》と正統血統の舞師に白い目を向けた。
 とはいえ古巣に歓迎されている青年を見てハーヴィドは心底安心し「仲が良いのだな」と言って顔を綻ばせた。
「ああ、衛兵隊のウォールズとレグルス。ふたりとも幼馴染みたいなもんだ」
 アシュディンによる紹介を受けて、ハーヴィドはふたりに対し律儀に頭を下げた。
「アシュディン、こちらの方は?」
「あ〜、えっと、俺の専属楽師、かな」
「専属?……」衛兵らの訝しむ視線が、
「……専属?」舞師と楽師を往復した。
 衛兵たちはスーッとふたりに背を向けてヒソヒソ話を始めた。
「なぁ、どう思う?」「バカ、新しいコレだろ、コレ」「分かってるって、どっちがいいかって話だ」「どっちって、そりゃあ……」
「「絶対こっちだろ!」」
 密議を済ませたふたりはハーヴィドに向かい、彼がしたよりもずっと深く頭を下げてきた。
「あの、アシュディンのことよろしく頼みます」
「こいつバカですけど、すげぇいい奴なんで」
 ハーヴィドは人生において受けたことのない類の歓迎に目を丸くして、事もあろうか心の内を明け透けに語った。
「良い友人がいるようで安心しました。大事にします」
「ちょ、ハーヴィド! お前らもやめろよ!」
「ささ、どうぞどうぞ、お通りください。アシュディン、ラッパ隊を呼んで凱旋のファンファーレでも鳴らすか?」
「それとも結婚行進曲かぁ?」
 衛兵たちは新生カップルを茶化しながら、鉄柵の門を開いた。
「相変わらずバカだなぁ、お前ら。でも、ありがとうな。ちょっと団を抜け出してたお仕置きを受けに行ってくるよ」
「ああ、頑張れよ!」
「また呑もうぜ!」
 昔馴染みの3人は揃って手を上げて別れた。


 宮廷の敷地内に足を踏み入れたふたり。中央部分は石畳の庭園広場が占めており、その奥に、玉座の間や皇帝一族の居住空間のある大宮殿が鎮座する。
 庭園を囲むようにして左右に二棟ずつの専門機関が置かれていた。左手前から時計回りに、宮廷衛兵隊の棟、学者たちの棟、大臣など要職たちの棟。
 そして右手前に位置するのが帝国伝統舞踏団ダアル・ファーマールの棟だ。その一階には祭祀を行うための神殿が設けられ、二階は修練場や居住空間になっている。
 エル・ハーヴィドの時代とは異なり、宮廷楽師は舞踏団の組織には含まれない。現在の彼らは小さな規模で、衛兵隊らの棟を借りて生活していた。いかに帝国が帝国伝統舞踏団ダアル・ファーマールを優遇しているかが窺い知れる構造になっていた。
 舞踏団の棟に入ってすぐのこと。アシュディンたちは思いがけず、宮門をくぐった時と同質の歓迎を受けた。
「ア、アシュディンさま!?」
「本当だ、アシュディンさまだ!」
「みんな、アシュディンさまがお戻りになられたぞ!!」
 数名の舞師がアシュディンの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。他の数名は嬉々として二階へと上がり正統血統の帰還を報告に向かった。
「皆、心配かけてごめんな。4ヶ月も団を空けて悪かった」
 そこには確かに、団の舞師らに慕われているアシュディンの姿があった。ハーヴィドは《追放など本当にあったのか?》と後方から訝しげに眺めていた。
 しばらくして神殿の前室にあたるその部屋に人が集まってくると、アシュディンは一周見渡してぼやいた。
「……やけに団員が少なく見えるけど」
 彼を取り囲んでいるのは男舞師ら20人弱。部屋の奥や階段の辺りから遠巻きに見る女舞師を含めて50人ほどしかいない。もしこの部屋に団員の半分でも集まれば、すっかりひしめくはずだった。
 アシュディンを最初に歓迎した若い舞師が、苦い顔をして口を開いた。
「アシュディンさまが団を出られてから、男舞師の60名、女舞師の20名が団を離れました」
「なんだって!? そんなに? いったいどうして」
「……正統のご乱心ですよ」
 長く団に仕えている舞師がぽつりと呟いた。
「姉さんの?」
 アシュディンが眉を顰めると、別の年配の舞師が「おい、やめておけよ」と言って周囲を制止しようとした。しかし──
「恐れながら、老師団は正統の選択を完全に見誤りました。今の、今の正統はとても正気とは思えません!」
 その言葉を皮切りに男舞師らの不満が一斉にぶち撒けられ、前室は騒然となった。ひとりひとりの訴えが全く聞き取れないほどだ。

 必死に場を収めようとするアシュディン。
「分かった、分かった、俺がちゃんと話してみるから、みんな落ち着け──」
「いったい何の騒ぎだ?」
 神殿に続く扉の方から声が飛んでくると、声の主に気付いた者から順に口を噤んでいった。やがて前室は完全に静まり返った。
「ア、アシュディンではないか。なぜここに?」
「ナドゥア老師……」
 老師団の一員の姿を見取ったアシュディンは、思わず直視を避けた。
「出て行きなさい!」俯く青年に追い討ちをかけるように、厳しい言葉が飛んだ。
「ここにはもうお前の席はない!」
 なおも畳み掛けられる冷然たる大声。その内臓をえぐるような重みに耐えながら、アシュディンは固く拳を握った。
「出て行かないよ」
「……」
「出て行かないよ! ここは団である以前に俺の故郷だ。里帰りまでとやかく言われる筋合いはない」
 場にはどことなく、ナドゥア老師ひとり対アシュディンと舞師集団の構図ができあがっていた。それを悟ってか、老師は声を和らげた。
「アシュディン、あまり私を困らせないでくれ。もういちど言う。お前はすでに除名されているのだ。この宮廷に足を踏み入れる権利はない。今すぐに立ち去り──」
「権利ならある!」
 男の声が城宮をひと息で震わせた。皆が一斉に振り向くと、そこには彼らの見知らぬ楽師の姿があった。
「建国以前より続く帝国伝統舞踏団ダアル・ファーマールの伝統をいったい何と心得る? その者は第12代正統血統にして、天才舞師と謳われる第5代正統舞師ディ・シュアンの血と異才を継ぐ男。ほんの一時代の一介の老師ごときに愚弄される存在ではない。除名などにいったい何の意味がある」
「ハーヴィド……」
 ナドゥア老師は、唐突に割り込んできた男をきつと睨みつけた。
「部外者は首を突っ込まないで頂きたい。誰か、衛兵を呼べ!」
 しかし先達の呼びかけに誰ひとりとしてその場を動かなかった。長考のチェス盤のようになった部屋で、ハーヴィドがただひとり足を進めた。
「この俺を〈また〉退けるつもりか?」
「〈また〉だと? お前のことなど知らん! おい、早く衛兵を──」
 楽師はアシュディンの傍らに堂々と立ち、たける猛虎のごとく言い放った。
「俺は、かつて帝国伝統舞楽団ダアル・ファーマールを追われた第5代正統楽師エル・ハーヴィドの末裔。ふたりの正統を前にして〈退け〉とは何たる無礼。追放は不当だ。ここは〈俺たちの庭〉だ!」


帰還の章・了

── to be continued──

〈終章・予告〉

帝国伝統舞踏団ダアル・ファーマールに帰還したふたり
〈星天陣の舞〉失敗の真相は?
アシュディン追放の理由は?
立ちはだかるのは姉と元恋人
疾風怒濤の最終章へ、ついに突入!

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