もももの庭の物語 感想置き場
みなさまこんにちは。令和4年11月1日から令和11月30日にかけて開催された「もももの庭の物語」にご参加いただきありがとうございます。
厳しいレギュの中、エントリー作は全26作品と予想を上回る数でした。
読みたい物語が読みたいんだ!と始めた企画でしたが、こんなに多種多様な癖の集まる庭になるとは思わずウハウハです。
またFA投稿や庭をのぞいて下さる方もいらっしゃり、とても賑やかな庭になりました。ありがとうございます。
それでは始めます。
◆ファンアート紹介
こちらは「幽霊提灯」によせて、尾八原ジュージ氏が描いてくださいましたファンアートになります。ありがとうございます。
こちらはジュージ氏による「蝶々」の自作アートです。
こちらはもちうさ氏による「不夜城砦の吸血鬼」の自作アートです。
また庭イラストをジュージさんよりいただきました。ありがとうございますー!!
それでは以下、エントリー作品への感想です。
◆全作品感想
1.墓参り/惟風
タグ【生贄 幽霊 兄弟】
今回の種まき第一号は惟風さんです。おめでとうございます!
「かんぱーい!」では後輩から先輩へ、「おでん」では娘から母への想いを語るお話でしたが、惟風さんはそうした誰かに対する想いの吐露が非常に巧みで好きです。「墓参り」は弟と兄(幽霊)の物語。兄弟ものはいいぞ。
村の存続と弟のため自ら志願して生贄になり幽霊となったのにどこまでも明るい兄と、生き残ってしまったことに後ろめたさを感じる弟の対比がすごくよく、まるで兄が生き返ったかのように会話が取り交わされる。けれど生者と死者の立場は変わることがなく、兄は墓から離れられず時間は止まったままで、どれだけ手を伸ばしても触れることは叶わない悲しさ。
生きていた頃、兄が怖さに震える姿が脳裏に浮かぶだけに、より一層痛々しく映る。そして長髪兄に対する弟のクソデカ矢印はとても美味しい。
そんな大切な兄を失い失意のどん底にいただろう弟が、前向きになるラスト。兄の犠牲により、恵の雨は降った……血の雨だけどな!!
イイハナシダッタノニナー。大々的な儀式を執り行ったにも関わらず兄の墓参りに村人がいかなかったのはどうしてだろうと疑問に感じていたら、そういうことかー……となりました(白目)。読者視点では夜の青さから赤一面へと情景が一転。救われたと思った村は血溜まりになっていたという怖さ。
しかも肝心の雨は降らなかった。ああ無情。兄の死を無駄にしないためにも、雨を物理的に降らせるしかない。兄が頑張ったなら、弟も頑張らなくてはいけない。
どこか鈍感そうな兄は雨が降ったと聞いたら安心して成仏しそうで、弟はそんな兄の墓から離れず弔って生きていくのかと思いました。とてもよい兄弟ものでした。
2.蝶々/尾八原ジュージ
タグ【人外 吸血鬼 昆虫 体格差 美形】
昆虫タグを見かけた瞬間、「完全にノリで入れた昆虫を!?」となりどんな物語なのかと思ったのですが、こうきたか!となりました。
顔がよく動いて表情が豊かな哺乳類とは異なり、昆虫は何を考えているのか分からず、どこか無機質で分かり合えなさを感じるところが好きです。そんな昆虫と金髪小人少年との合わせ技……最高だと思いました。なんといっても体格差です。
歴然とした力の差がある中、弱き者を強き者がどう扱うのかに体格差ロマンを感じるのですが、意思疎通の難しい小人に対して何をしたら喜ぶのか考える主人公の姿はいじましく、そして何をしても虫の顔だった小人が鏡にだけ反応して喜んだのは、片割れを探しているからかもしれないという理由には心からぐっときました。
またザミラン先生から対価を求められた時に、ボタンをみっつ外すところがすごく好きです。血を吸うためならボタン二つでもいけると思うのですが、あえてみっつ。胸元がはだけてしまう。そのほっそりした白い指でゆっくり焦らすように一つずつ外していく様がありありと浮かび、官能的で耽美でした。二回目の時は前回からそこまで日を置いてないので、まだ首筋に赤い点がポツポツ二つ残っているのはないでしょうか。
双子の片割れの無惨な姿が、先生との関係性にスブズブとはまっていく主人公の行く末を暗示しているようにも見える一方で、飲み込まれないようヴンダーカンマーに吸血鬼の首を飾ってやると抗う意志を見せる主人公、大好きー!となりました。
主人公目線で描かれるために、本当に小人がそう考えているのか分からない点もものすごく良かったです。自分本位な物語を組み立て、ザミラン先生を己のモノにする口実を作るため、という見方もできる。とてもよい吸血鬼物語でした。
3.今日から毎日花の蜜を吸おうぜ!/ 秋乃晃
タグ【吸血鬼 幼馴染】
吸血鬼と幼馴染の組み合わせは黄金律です。開幕のジョジョネタとコミカルなやりとりで騙されそうになるのですが結構ハードなお話です。
優秀な幼馴染が隣にいるばっかりに己を卑下してしまう主人公。例え特別でなくてもありのままでいいとキミは考えていると思うのに、少しでも力になれるよう隣に並び立てるように願い、そうして手に入れた特別な立場、吸血鬼。自ら進んでなった訳ではなく完全に偶然によるものですが、だからこそ、ついに運が巡ってきた!とテンションが上がる気持ちが非常に分かります。
かつて身内を殺されハンターとしての使命を背負ったキミはシリアスモードで、でもボクの前ではポンコツモードでなってしまうところがとても好きです。隠しているのがバレバレでボロボロと機密を情報漏洩する。でもそんな態度は主人公の前だけで普段は抜かりない人間なのでしょう。
そんな真面目な人間が周囲に信頼されていることを利用して、大事な人を守るために手を汚していくは展開は大好きです。花の密、絶対に貴重なものだと思いますし、一歩間違えれば立場を危うくするかもしれないのに、そんなそぶりを見せずしれっと主人公に渡しそう。そしてその大切な花の蜜を前にした時の主人公の心情はといえば、題名に現れている。なんという題名回収。
お互いを想い合っているのに、どこかズレているために起こるすれ違いもまたとても美味しいです。吸血鬼になったボクがキミに守られながら、ここぞとばかりに隠れていた才能を発揮して眷属を増やしてとんでもないラズボスになりそうな予感がします。
4.いつかのひまわり/クニシマ
タグ【年齢差 擬似親子 昆虫】
かつては同級生だったのに、かたや順当に歳をとり白髪混じりになった男と、かたや永遠の少年のお話です。擬似親子は何の繋がりもない者同士の心のあり方をどう描くのがポイントだと個人的に思っているのですが、少年を温かい目で見守り、縁石の上を歩くのを手伝ってやる主人公の姿はまさによき父親。擬似親子はいいぞ。
どうして少年は少年のままなのか、少年はどういう存在なのか理由は一切ないことが少年を少年の輪郭を持った透明感のある、どこかふわっと消えそうな儚さのある何かのように感じさせ、とても好きです。
「有閑ムッシュと春の朝」を読んだ時に、クニシマさんは穏やかな日常に潜むジメっとした暗い部分を描くのが非常に巧みだなと思ったのですが、今回はどこか閉じた世界を生きている二人の、とある夏の日の情景を丁寧に描かれており、読んでいてあの気怠い暑さをぐわっと感じるようでした。暑さにかこつけて、深く考えなくてもまぁいいかと思えるような不思議な読み心地。とてもよい物語でした。
5.夏の余韻/草食った
タグ【人外 昆虫 メリーバッドエンド 生贄】
未成年人外ブロマンスだ!未成年人外ブロマンスはいいぞ!!ふらりと現れて生活にスッと溶け込む人外は大好きです。牧野に友達と認識されいつも一緒にいるのが当たり前な余呉ですが、完全に人間の擬態が出来ているかといえばそうではなく、昆虫を生きたままむしゃむしゃ美味しいそうに食らう姿は異様で人外味が強く残っておりとてもよきです。
親の目を盗んで夜に家を抜け出すのはアオハルならではイベントで、二人しかいない夜の世界で、余呉が牧野にしなだれた後に体を起こす時に、一拍遅れて肩をするりと束ねそこねた髪を滑らせていく描写は、ぞくっとするほど官能的で黒髪長髪好きならではの職人技だと思いました。
ここからは強めの妄想なのですが、余呉に連れられ光の奔流に呑まれそうになったものの牧野が生還できてしまったのは、牧野が余呉を強く思うあまりに、余呉を余呉と認識し続けることが出来たからなのかと思いました。この時に牧野という生贄がささげられなかったばかりに、もともと衰退に向かっていた限界集落の消失が決定打になってしまったのではないでしょうか。そして、誰も余呉の存在に何の疑問を持っていなかったのに、牧野が何かがおかしいと感じたその瞬間、余呉の存在が揺らぎ、余呉を余呉だと認識してしまう支配から牧野は意図せず逃れたのではないのでしょうか。けれど、余呉のことをいつまでも忘れずにいたことで印のようなものが残り、再び集落を訪れた時に余呉に出会い、強制的な力によるものではなく自らの意志で身を捧げた、と解釈しました。
余呉はこの限界集落に昔から根付き繁栄と引き換えに生贄を要求する人外と考えているのですが、もう誰もいなくなってしまったこの土地に生贄が捧げられるメリットは人間側にはあまりないと思います。けれどシステムだけが形骸化して残り、形ばかりの最後の生贄に牧野はなってしまったのかと思いました。
でも当人たちはハッピーなのでオーケーです。これぞメリバ。メリバはいいぞ。とても好みの未成年人外ブロマンスでした。
6.憎悪/紫陽凛
タグ【半獣人 体格差 身分差 メリーバッドエンド 年齢差】
体格差身分差年齢差の三点セットに加えて半獣人とメリバのタグを見た瞬間、強欲欲張りハッピーセットかと思いました。こんなにてんこ盛りなのにきっちりと約3000字におさまる凄まじさ。
二人の関係が好きです。王に連なるものなのに兄たちとは雲泥の差の待遇を受けるハジャ。そして(恐らく)敵国に身ひとつで潜入せよと使命を受けた捨て駒のようなハヌム。高貴な生まれながら扱いはスペアのスペアのスペアぐらいで冷遇されている似たもの同士ですが、二人の立場は飼う側と飼われる側の線引きがきっちりされている。
父親からの初めての贈り物であるハヌムを所有欲を超えた執着で自分のモノであると誰の目にも見える形で連れ回すハジャは、年齢相応の子供らしさがあるのですが、やがて16歳になり、彼のとった行動は互いの立場を超えたいという想いがあったからではないでしょうか。捕らえているつもりで実は囚われている。私の好きな言葉です。
けれどハジャの一方通行の偏愛かと思っていたら、そんなことはなく互いに雁字搦めになっていたことが分かるラスト。最高でした。この時代の、人と獣人の敵同士という立場上、絶対に交わらない境界が死によって超えられたと思いました。メリバはいいぞ。とてもよかったです。
7.不埒な季節/押田桧凪
タグ【人外 身長差 身分差】
開幕のセリフと二人の親密さにウヒョー!となった直後に、ぬらりと現れる二人の正体に驚愕しました。まさかのカタツムリBLです。人外BLを少しばかり嗜む身ですがカタツムリ系は初でした。
動物系人外は元となる生物の要素をどう表現するのかが勝負所だと考えているのですが、今作はカタツムリならではの習性がたくさん盛り込まれておりとても好きです。
カタツムリには恋矢(ラブダート)という、交尾の際に生殖器と一緒に突き刺す槍のような器官があると今回初めて知りました。相手に刺すことで付着した粘液を相手に送り込み精子の受精率を高める一方で、相手にブスブス刺すので弱らせてしまう……何とも妄想が広がる習性です。
人外考察を読んだ時に押田さんは、生物知識を物語に落とし込むところが非常に巧みだと思ったのですが、今回も遺憾なく発揮されていると感じました。
形態による差を身分差と解釈した点もすごく好きです。先輩はどちらの形態のほづみくんも関係なく受け入れていますが、人間の姿であれば 差が解消され好きな相手と同じ立ち位置に立てると考えるほづみくんが好きです。カタツムリ型なら巻き方で身分差のある二人が、人型ならば身長差で逆転するのは人外ならではの要素だと思いました。好き。
誰でもよかった始まりが、だんだんと相手に惹かれ今では彼でなくてはならないほど一途に想っているのに素直になれない先輩のアオハルさ。でもほづみくんには全部バレバレで両想いだと分かるラストはすごくよかったです。とても良きカタツムリBLでした。
8.伊予狸恋路/赤井風化
タグ【妖怪 メリーバッドエンド】
狸と人間の人外BLのお話です。人に化ける妖怪の代表格ともいえるタヌキですが、眉目秀麗な美人に化ける狐とは異なり、丸顔の人柄がよさそうな人物に化け、やることなすことすべてどこか抜けていてお茶目で憎めないところが好きです。(カチカチ山をのぞく)
急速に近代化されていく日本が舞台で、人と自然の密接なつながりがなくなっていく一方でまだ神秘が残る時代の、属するグループからつまはじきに合う似たもの同士の悲恋の物語。現代とは異なりまだ人と人外との垣根がなく、狸の世界を行き来しながら二人が愛を育む過程が好きです。
けれどその恋路は人の世界により阻まれる。時代に奔流され呑み込まれてしまう公一郎の結末は、毘沙門が神通力で見た光景とあまり変わりません。けれど、くだらない人生だったと嘆き怯えて死ぬのではなく、ここに生きたのだという意志を残した終わりであり、二人が出会い、最後に毘沙門が傍にいてくれたからこそ迎えられた少し異なる未来だと感じました。とてもよかったです。
9.髑髏のスープ/平坂四流
タグ【人外 美形 吸血鬼 獣人】
現代知識が持ち込まれた異世界のお話です。転移者をあまり好んでなさそうなヴォルフラムがクラウスに太宰治かよとツッコむぐらいこの世界には現代知識が浸透しているのでしょう。勇者にやられたクラウスに生命力を補充するため、生ける骸骨を煮込んだスープが必要だけれど、味にケチをつけたため試行錯誤が始まりいつの間にやらラーメン店を出すことになったというお話でした。
様々なキャラがわちゃわちゃ現れて楽しいのですが、中でも吸血鬼の才能が低いために蘇生しても生ける骸骨になったというヴォルフラムの設定が好きです。魔王にとっては生き返っても生き返らなくても別にいいと思われていたヴォルフラムがクラウスの横に立てるよう奮闘し、魔王軍四天王にのぼりつめるまでになり、そしてその特異な体質のために今回クラウスを命を助けるに至った過程はブロマンスを感じました。よいブロマンスでした。
10.幽霊提灯/いぬきつねこ
タグ【人外 妖怪 幽霊】
読み終わった瞬間、うおー好きだー!となりました。一番好きなのは物語の核となる幽霊提灯です。
その人の目に映った景色を映すことで幽霊の記憶を見ることができる代物。多くの依頼者が一番見たいのはきっとその人の生前の姿ではないかと思うのですが、決して見えない。
どれだけ大切な記憶でもだんだん消えかかっていくため、そこにあった確かなものを見たいがために、人はこの店を尋ねるのだと思います。人によって希望だったり深い絶望だったり、あるいは故人から判定を下されたいとさまざま。共通しているのは「このようなものが見えるはず」という強い想いだと思います。それは相手に信頼・信用があるからこそ。けれど、誰しも見せたくない秘密を人は一つや二つ抱えているもので、表と裏の面がある。死人に口なしとは言いますが、無理やり口を開かせてしまい、表だけでは幸せでいたのに裏を見せられてしまったばかりに、時に容赦のないものにもなり得るこの幽霊提灯は残酷で、しかしとても美しいものだと思いました。
そんな幽霊提灯を作り出した周さんは、温もりを感じさずどこか無機質な存在。満ち足りた世界にいたのに好奇心で人の世界に現れ、人と交わる。そして裏では人という生き物の真似をしているにつれ本質に近づいていき、完璧な生き物が欠けていく過程が描かれていると思いました。
裏の物語で悪魔という単語が出てきた瞬間、うわ――!!となったのですが、しかし、執着とも言える感情の芽生えは人間そのもの。
悪魔は本来、人を欲に溺れさせるものですが、周さん自身が己の中で生まれた欲により溺れていくようにも見えました。
時の流れは深い悲しみをぼやけさせてくれますが、記憶の衰えない周さんは死の消失の痛みが永遠と続く。いずれ終わりを迎えてしまう時に彼はどうなるのか。表と裏。現実と幻想。とてもよい幻想小説でした。
11. 不夜城砦の吸血鬼/月餅
タグ【吸血鬼 擬似親子 お仕事 バディ】
亡くなった親友の忘れ形見を育てるお話が大好きの民にとって大歓喜な物語でした。あの時ああしていれぼ、そばにいてやれば、という後悔を抱えながら残された子を育てる行為は贖罪や自己満足かもしれません。あの人の代わりにはならないという想いは、父となった自分に対して、あるいは育っていく子にかつてのあの人の面影を見出してしまった時に抱いてしまうかもしれず、どこか後ろめたさが伴うものではないでしょうか。
そしてフランくんもまた、どこか己のことを見ていないのではという不安が見え隠れしているように感じられました。
諸々の気持ちをフランくんの前では決して出さないようにするけれど、人知れず墓参りにいったことがバレていたり、酔っ払い本心を話してしまうヴァルさんがとても好きです。
そんなヴァルさんが昔は人間を餌としか見ていなかったこと、レイシーと出同じ時間を過ごすことで、どこか満たされなかった想いが埋まり変わっていく様子は、人外が人間と交わり変質していく過程が大好物なためとても良かったです。いつまでも続くかと思っていたレイシーとの日常が、気づかないうちに変わっていた場面は、人間と吸血鬼の間で流れる時間の早さは違うのだという当たり前の事実を突きつけられたようにも見えました。
一人で生きていればどこか満たされない飢えを抱えることになり、誰かといれば満たされるかわりに、いつかまた一人になるかもしれない恐怖をふとした時に思い出してしまう。そんな中、フランくんが選んだ選択、そして最終話の題名が不夜城砦の吸血鬼たちになっているところに、うわー!好きー!!となりました。これから二人、共に肩を並べて歩んでいく姿がありありと浮かびました。とても好きな物語でした。
12.月下に猫を釣る/南沼
タグ【人外 妖怪 身分差 怪盗】
猫の物語です。猫はいいぞ。一人と一匹の出会いが好きです。釣りをしている最中、傍にきた猫がしゃべり出して驚きはするがそんなこともあるだろうと受けとめられる、まだ人と自然の間にはっきりとした境界がない大らかな時代。長い年月を生きてきただけに風格が備わっているものの、ちょろい猫又こと黒吉と、そんな彼に敬意をはらい親しみを持って接する次郎衛門。二人の掛け合いのテンポの心地よさ、そして種を越えて仲良くなっていく過程がとても好きなだけに二人の最後がとても悲しい。
猫として生きてきた黒吉にとって、つがう雌猫がいたことがあっても、友という立場は次郎衛門が初めてだったのではないでしょうか。
誰かと物を交換したり共有したりする楽しさは、社会を営む人間ならではの行為だと思います。市井の人たちの交わり話を聞いているうちに、義賊の話を聞いて「この楽しさをもっと誰かと分かち合いたい、それに次郎衛門もきっと喜ぶだろう」と思っての行動だったらなお辛い。人の形をとって、人らしく振る舞ってしまった故の悲劇。それも、人と人外は決して分かり合えないものだとは必ずしも言えない、もしあの時こうしていれば違う未来があったのではないかとも思えるビターエンド。
もっと人の理を教えてやっていれば、もっと目をかけていれば話をしていれば、流行病により世情が不安定でなければ、窃盗罪に重い罰が与えられる江戸時代でなければ……幾つものたらればが思い浮かぶ。
黒吉はこれから先、人間なんて理解できないという想いを抱えていくのか。またどこかで人間と関わって、あの時次郎衛門がどうしてあのような行為をとったのか分かる日が来るのか。彼の行先が気になる物語でした。とてもよかったです。
13.夢と救済/藍﨑藍
夢の章を読んだ時は、おっとこれはブロマンス小説か?と訝しげになったのですが、救済を読み終わった時にああそういうことだったのかと思いました。読み直すと探偵の名残が端々に残っており、夢を見ながらもかつての面影を感じさせ、そして彼女もふとした瞬間にまた掻き消えてしまいそうな儚い存在のようでした。
バディの果ての物語だと思いました。辛い記憶を思い出さないよう夢に逃げ込んだ鷺沢さん。そんな彼の元へ通う露木さんもまた、過去という夢に囚われたままだと感じました。悪夢のような現実しか待ち受けていないのならば、覚めない方がいいのではないか。鷺沢さんを夢から起こすことは果たして救済と呼べるのだろうか。本当に救済されたいのは露木さんの方なのではないか。松永さんをかつての相棒に重ね合わせてしまうのは、夢の延長ではないだろうか。
そして彼ら二人を現実世界から冷めた目で眺める松永さんは、喪失の痛みを知らない青臭さを感じました。彼ら三人にそれぞれの立場や思いがあり、誰の立場に立って考えるかで、どう読むのか変わりそうで、他の方の感想をぜひ聞きたいと思う物語でした。とてもよかったです。
14.éclosion/朧(oboro)
タグ【兄弟 人外 昆虫】
昆虫タグだ!どんなお話だろうとワクワクして読み始めて、ガツンとやられました。羽化の過程がある、人と同じような社会を持つ人外の兄弟のお話だと聞いただけでも好きポイント満載でした。
羽化は未完成のものが完成される劇的な変化だと思っています。そんな羽化のある世界で、遅い羽化を迎える兄と羽化をとっくに終えた弟の関係性が好きです。人ではないために兄弟の体格の逆転があるものの、人に近い生物のために兄弟の序列が残る。けれど羽化してないために外見が少年のままの兄を無意識に子供扱いしてしまう弟。何でしょうこの屈折具合。最高だと思いました。
幼生成熟した個体や羽化に失敗した個体が社会からどういう目で見られるか、はっきり描かれていないのもとても好きです。一人で生きていくことさえ大変そうですが、羽化途中の兄の羽翅を傷つけその枠に押し込めたいとふと考えてしまう弟の仄暗い感情は非常に美味しく、どうにかその感情を押し込めたと思ったのに、最後の最後で失敗してしまい、兄は羽化不全になってしまう。
けれどそこにいたのは羽化前の幼き者ではなく、(物理的に)一皮剥け裏にあった剥き出しのエゴと妖艶さを露わにした羽化して完成した兄。弟は兄の掌の上で踊らされていたのだと分かった時の衝撃は最高でした。
永遠に関係性が固定されてしまった二人のこれからに幸あれと心から思いました。とても素晴らしかったです。ありがとうございました。
15.E・E・L / 姫路 りしゅう
タグ【バディ 平凡】
死にゆく親友に何かできることはあるか。姫路履修さんのE・E・Lです。
余命が少ない友人の元へ無理をして駆けつけた戸川が「おう、まだ生きてるか、竹山」と気さくに声をかけることで、二人がどのような間柄が分かる導入で、物語へ入り込みやすかったです。
エンタメと人生、その二つの死を軸に置いた物語だと思いました。
死という重い現実に直面しながらも、二人の茶化し合いながら好きなエンタメを語る姿はどこまでも明るい。けれど、先の長くない竹山との最後をどう迎えるか、どのような言葉をかけるべきか、どうすれば傷付けないでいられるか、死をまとった竹山を前に思ったように振る舞えるか。竹山と面会するまでの間は、戸川が語る以上に想像を絶するような葛藤の毎日だったと思います。
けれど長年の友というものは、会ってしまえばどれだけ年月の隔たりがあろうともあの日の頃に戻れる。そして二人は死を前にしても、変わらずエンタメを楽しむことこそが生きる意味だと再確認したのではないでしょか。
エンタメの凄さは、楽しむために必要とされるもののハードルが低い点にあると思います。言葉や国を超えて楽しむことができるものは数多くありますが、専門的な知識、ルール・作法を覚える必要がある場合もまた多いです。
その点、エンタメは観る手段があれば楽しめる。そして何より同じエンタメを摂取したことがあると聞くと、初対面でも仲間意識のような芽生えを感じるあの感覚はエンタメならではだと思います。また人の数だけ感想があり、どこか面白かったと聞くだけでもこんな見方があるのかと自分一人では気づけなかったことを語り合う楽しさもまたエンタメ。
出会った頃に語り合った作品パロディをして人生を締めるのも良き案かもしれない。けれど、生まれたからには、エンタメを楽しむのを諦めなくねぇよなぁ!エンタメも人生もどちらもトコトン最後まで楽しむを突き通していくのだという意志を示す終わりには一本の映画を見たような満足感がありました。めちゃくちゃ良かったぞ、お姫――――!!!
16.火神と愚かな贄 / 月見 夕
タグ【神 生贄】
神と生贄の二人の関係性が好きです。
望まれて生まれてきたものの己が何者なのか分からぬ神と、戦闘民族として生まれたが勇敢でもなく気高くも信心深くもないために村社会から無用とされた生贄。初めは火神にとってジャラルさんは己の渇望を満たす存在だったかもしれません。けれど彼の傍で生きていくうちに情が芽生えたのではないでしょうか。
ジャラルさんの煩悩は若き青年ならば誰もが抱く普遍的なものではありますが彼が他人と違うことは愚直で誰の目を気にせず己の欲望を曝け出し、ありのままに生きていることだと思いました。
そんな二人の出会いは偶然によるかもしれませんが、運命によって結ばれたようなハマり具合に終始ニヤニヤしました。
また出会いがなければ歴史のうねりに飲み込まれていただろうジャラルさんの人生が、三毒と祈りで渇望が満たされた火神によって新たな世界へと羽ばたき、時代・宗教・運命・血族・宗教を超え、何のしがらみもなく生き続けていくラストが非常に好きです。
自由に外の世界を旅するという身の丈の合わない大きく希望に満ちた願いを持ったジャラルさんの傍で、煩悩を喰らい続けながらその夢を見守ることこそ火神の生きる理由になったのだと感じました。
人は無限の煩悩により心も身も縛られ、いくら生きても満足できない生き物かもしれません。この物語はそんな生の肯定の物語だと思いました。とても面白かったです。
17. オタクくん、忍者と決闘する。/梅緒連寸
タグ 【美形 体格差】
オタクくん、忍者と決闘する。という題名を見た瞬間「どういう経緯を経たらそうなるの!?」となりすぐに引き込まれました。つかみがとても好きです。題名に偽りなしでした。
なんといってもステレオタイプがちがちのオタクくんです。ツイッター漫画でよくチャラ男くんやギャルに揶揄われているのを見かけるタイプ。美形キャラである浜万どのにギャルの幻影がチラチラ見えるのは気のせいかもしれません。
ゲラゲラ笑いました。いえ、内容は殺伐としてシリアスなのですがオタクくんのコミカルな動きと浜万どの辛辣な対応により物語に謎のギャップが生まれとても楽しい。
オタクくんが浜万どのを助けた理由も殺すチャンスがあれば、というのも好きです。殺し愛じゃないですか。チョロすぎますぞ、浜万どの!
今は殺気1000%の浜万どのですがゆくゆく絆されていく未来しか見えません。二人の道行に幸あれと思いました。とても面白かったです。
18. 血を吸う獣と銀の月/こむらさき
タグ【吸血鬼 美形 身分差】
こむさんの王道ファンタジーだ!不遇の子が救われる話はいいぞ。
代々家で飼われている獣に淡い恋心を抱くセオドアが好きです。セオドアは隠しているつもりでも、絶対メルにすべてバレバレなんだろうなとニヤニヤしました。そんな二人の関係が実は三百年前の因縁から始まっていたというのもとても好きです。
メルにとっては娯楽のため、ルベル家の先祖にとっては家のために取り交わされた1人と1匹の契約。きっかけこそメルの思いつきから始まったものかもしれませんが、三百年という時間を経て鎖に繋がれているうちに、災厄の名前を冠した蝙蝠の王にも人に似た感情が芽生えたのではないでしょか。
「俺以外のヴァンパイアにはそんな簡単に契約を承諾するんじゃ無いぞ」と、セオドアへの執着を隠そうとせず、しかし契約から解き放たれてもどこか従順な獣でもよしとする姿も好きです。三百前に言った俺の宝物という言葉が、今や圧倒的な湿度を帯びている。しっかり育った宝物に向けての、「愛しているよ」は最高だと思いました。
一方で三百年前の始まりの時には弱き者に過ぎなかった人間が今や化け物じみた力を得ている。これは始祖に近づいているフラグでしょうか。彼の人の想い人はきっとセオドアと何か関係があるかもしれない波乱の予感がしました。
彼らを縛っていた家そのものがなくなり、新たに始まる初めての関係性。二人の今後が気になりました。とても良かったです。
19. 私の悪い魔法使い/灰崎千尋
タグ【身分差 美形 妖精 魔法 メリーバッドエンド 動物 ハッピーエンド】
王道ファンタジーブロマンスです。灰崎さんはバドエンのイメージが強いだけに、メリバのタグを見かけた瞬間どんなラストでも受け止めるのだと心構えして読みましたが最高でした。
物語の始まりが好きです。長年の間、岩窟に封印されていた魔法使いが果たしてどんな悪を行ったのか先が気になる展開である一方、少しずつ記憶を取り戻していくのはバッドエンドフラグがガンガン建っているのではないかという不安感があり非常にドキドキしました。
また塔の上に監禁された囚われの姫君であり生贄であり身代わりであり一人称私の健気な美形幸薄女装敬語男子の、属性を詰め込んだクローデッドもガンガン癖に刺さりました。
ひょんなことで出会った彼らの縁は、五百年前に起きた悲劇から繋がっていた。かつてシャルルを安らかに死なせるために使われた毒が、はるかなる時を超えて国の礎となるためにクローデッドに与えられていたことをきっかけに、イザークにかけられていたのは呪いではなく祈りことが分かる。
シャルルは忘れてほしいという呪いに似た願いをイザークにしましたが、クローデッドは覚えていてほしいという切実な願いをしたことにより、クロヴィスとしての生を取り戻した場面はとても良かったです。二人のこれからが気になりました。
20. くちなしの庭/狂フラフープ
タグ 【年齢差 身長差 擬似親子】
この物語を読んで真っ先に思い浮かんだのが夏の庭でした。夏の庭は死に興味を持った少年たちが近所のおじいさんの観察を始めたのをきっかけに交流が始まる物語でしたが、この物語もまた庭をきっかけに二人の出会いがあったのでしょう。
なんとも寂しい物語だと思いました。二人はどういう関係性だったのかぼんやりとしか分かりません。もしかしたら老人にとって少年は初め、主人公の代替のようなものだったかもしれません。けれどいつしかお互いの孤独が埋めるような温かい交流があったのだろうと感じさせるものがありました。
けれど、そうして誰よりも故人の最後に付き合ったというのに、縁より血のつながりが優先されてしまい形式上の葬式でお別れを言えない。せめてもの救いは、自宅葬であったために故人の愛した庭で少年が一人弔うことができたことでしょうか。
語ることが何よりの死者への弔いだと思っていますが、少年が庭の手入れをしていたからこそ、クチナシをきっかけに主人公が祖父との記憶を思い出せたのは良かったと思いました。言語化が難しくなんか好きとしか言えないのが何か悔しいです。とても好きな物語でした。
21. Fossil/292ki
タグ【幽霊 人外 メリーバッドエンド】
白骨死体BLです。今回カタツムリBLにもびっくりしましたが白骨死体BLも初めての出会いでした。人外BLならぬ人内BLと呼ぶべきなのでしょうか。人外BLの奥深さと多様性を改めて感じました。
骨が好きです。なんと言ってもあの白さ。死を超えた先には白しか残らない無常さです。そして肉が削ぎ落とされ内蔵がなくなった時の、あるべき姿の内側に隠された設計図の極地。ここに靭帯が付着していたのだと分かるあの凹みや骨と骨をつなぐ滑車にも魅力を感じます
開幕人生終幕から始まる本編。殺伐とした内容なのにライトな読み口で奇妙な味わいと思っていたところへポップに登場する同居人。梅津なのに埋められているは草でした。
ナイスフェイスであろうと骨になってしまえばみな同じ。現世のしがらみもなく魂が平和にイチャイチャする様は微笑ましく、ここからメリバにどうやったらなるのだろうと思っていたらそうきたかエンド。
何も思いださずにいれば幸せでいられたのに、あーさんが肉をまとっていた時の姿の記憶を思い出してしまったばかりに、優しさが白ではなく黒い何かが詰まったものだったと分かる衝撃。初めは名詞だった二人が、彼の名前が明かされ私の名前が判明し、そして最後にイニシャルで終わる。もし遠い未来に彼ら二人が発見された時に、つけている指輪からA &Uと呼ばれる化石になるのかなとふと思いました。既成事実なんて外堀から埋めればいいのだの突き抜けた感が好きです。とても良かったです。
22. 誰も知らない/ナツメ
タグ【人外 年齢差 体格差 メリーバッドエンド 兄弟】
ナツメさんの小説を読むときは過去の経験からクリストファーノーラン監督作品を観る時のように、どんな伏線もとり逃さないような構えを取ります。なので最初のボクっこ天使は初めから疑いの目でかかり、本当に天使だった場合と自称している二つのパターンを想定しました。
そうして全警戒でいたのにエピローグにぬわー!!!となりました。そして読み終えた後に「誰も知らない」という題字に叩きつけられた気分になりました。
ナツメさんは感情のコントロールがすごく巧みだと常々思っております。読んでいる側がどんな気持ちになるのか計算し尽くされた構成で、気づいた時には袋小路に追い詰められており、慌てふためいていたら背後から最後の一撃を喰らわせてくる感覚が一番近いかもしれません。毎度毎度ガッツリはまっています。
百合の間に挟まる男ならぬ、薔薇の間に挟まる女だと思いました。読み返すと「男だろ、そんなことくらいで泣くな」という兄の言葉が、もしかしたら弟のとどめになっていたかもしれません。
兄は弟の感情を知らない。女は弟の感情を知っている。読者はどちらも知っているが、兄の弟への感情が親愛なのかそれを超えたものなのかは知らない。
兄が知ってしまったら拒絶していたのか、許容していたのか、はたまた別の道があったのか。読者がどういう感情を抱くかで解釈が分かれる。それらすべて含めて正解は誰も知らない、なのかと思いました。これぞメリーバッドエンド。知っている・知らないの組み合わせによって起きる事態。シンプルそうに見えて複雑。とても良かったです。
23. ともぐい池/武州人也
タグ【人外 妖怪 動物】
サメ小説です。サメはトルネードにより飛ばされてくるもの。そんなどこからかやって来たサメが日本のとある池に住み着き、打ち倒せる者がいなかったばかりに起こる悲劇。
死を繰り返す悪夢のような現実を見せるのは、仲良し二人組を精神的に追い詰めるにはこれ以上ない方法で、そんな運命からどうにか逃れてハッピーエンド……とはいかず、優しい優里は罪の意識に囚われたままこれから生きていくビターエンドだと思っていたら、奏汰視点で明かされる驚きの真実。
一度目をつけられてしまったが最後、彼らはこれからも贄を投じなくなってしまったのではないか。今は眷属である奏汰にまだ自我があるように見えますが、いずれは侵食されていくのではないのか。友食いの池がやがて共食いの池になるのではないかと感じるこの薄ら寒さ。とても良かったです。
24. 影喰らいエルド・レッド/狐
タグ【人外 半獣人】
ハンターものです。狐さんの狩人物語といえば「タマ川のタマちゃん」「ワニガメを撃て」だと思います。今回の舞台は川でも住宅街でもなく地図の裏にある黒蝕荒野。本能的に死の恐怖を嗅ぎ取る野生動物が恐れをなして逃げ出す神秘の残る不毛の土地に記録者が踏み出す始まりが好きです。
彼の前に現れたのはハーピーと元墓守ガントウ。執着する者であり取り残された者であるガントウは狐さんの癖が詰め込まれた人物だと思いました。
ガントウは亡き親友の顔をした影喰らいへの未練を果たすことに人生を賭けているものの、その後に残るものはあるのだろうかと考えてしまう点は、完全な世捨て人になりきれない人間のエゴが光る部分であると思いました。
対するハーピーが明確な悪と描かれないところが好きです。
彼はずっとガントウと遊んでいただけ。その無邪気さが残酷にも見える一方で、親友の覆せない死のその先の延長をガントウにみせて、外で一緒に遊ぶ夢を果たしたという見方もできる。魂が彼に宿っていたらいいなとふと思いました。
また作中、マンドレイクがぬっと出てきた瞬間、「来たな!」となりました。とても正直な話をすると最終日に中々マンドラゴラが庭に生えてこなかったため「狐さん、無茶振りしてすまねぇ……!」と心の底から思っていたのですが、マンドラゴラという突如生えたお題をきっちり回収するどころか、物語の中心にすえて動かす手腕は素晴らしかったです。
追いかけっこの果てと、その記録。とても良かったです。
25. 銀鎖の呪い/悠井すみれ
タグ【吸血鬼 美形 兄弟】
始まりが好きです。生きた彫刻が飾られていると噂されているとある娼館で、鎖で雁字搦めに繋がれる吸血鬼。圧倒的な力をもつ者を鎖で繋ぎ止めて服従させたい&足元に落ちてきた高嶺の花を踏み潰してぐちゃぐちゃにしたい欲望を叶えてくれる存在だと思いました。
彼を飼うのは美の翳りを恐れる少年。一見、傲慢な性格そうに見えてその実、不安が絶対に表に出ないよう必死に押し隠して振る舞っているようで癖に響きました。
彼の双子の兄弟もまた好きです。同じ顔と声を持つのに顔に火傷があるために下働きにならざるを得ず、羨むばかりで相手の苦難を知ろうとしない卑屈者。
かたや傲慢、かたや復讐に燃える双子たちの隙をついて叛逆を試みた吸血鬼に血を吸われバッドエンド……かと思いました。まんまとハマりました。
弱い奴から食われる弱肉強食の世界で、双子たちはそれぞれの逆境に耐えながら密かに爪を研いでおり、狩られたのは傲慢で復讐心に燃えていたのは吸血鬼の方だった。
真正面からでは確実に負ける上位存在に対し、一歩間違えば死が待ち受けるギリギリの中に一筋の光を見出すお話は大好きです。最高でした。
美しい人外2人の生誕物語。二人の今後に祝福があれと思いました。
26. イモータル・エンパイア/宮塚恵一
タグ【吸血鬼 兄弟 擬似親子】
架空歴史ものです。屍者の帝国好きとしては癖に響く内容でした。
冒頭が好きです。ルスヴン卿って一体誰だろうと思っていたらロシア侵攻が始まり、「あのクトゥーゾフがやられた……だと?!」となりました。
こちらの世界の歴史とは異なる道を辿っていく過程はfgoの異聞帯のような楽しさがあり「ルスヴン卿って誰?」という選択肢を選ぶと、マシュが解説してくれる映像が幻視されました。
一方で一万字の枠ではおさまらない物語規模だという印象を受け、情報の多さで少し目が滑るところがありました。
またブロマンスもしくはBL小説ならば、もっとガードナーとジャックの二人の関係性が読みたいとも思いました。どうして後継者は二人なのか。どのように二人が育ったのか、後継者なのにどうしてルスヴンの元を離れることになったきっかけが気になりました。怪物が世を統べてはならないと思った過去が知りたいです。
トライガンで一番読みたいのは、どうしてあの二人が道を違えることのなったかの因縁であり、キリシュタリア・ヴォーダイムについて一番知りたいのは生まれながらの君臨者なのにどうしてあのような夢を持ち得たのかです。やはり過去編。過去との因縁こそ関係性に様々な彩りを与える。エモになり得る要素がたくさんあるのですが、エモを感じるまでには燃料が足りないと感じました。
そしてタグに擬似親子があるのならば擬似親子成分がもっと欲しいとも思いました。タグは読者にとって目当ての物語にたどり着くための検索性を高める手段であり、作者にとっては読まれるためのきっかけを増やす手段だと考えています。タグがあるからこそ大いなる期待があり、それ目当てで読むとちょっと足りないと感じてしまいました。
ただこれは個人の好みであり、宮塚さんの書きたいものと私が読みたいもののズレが生じたためで、そこらの読者の一人が何か言っているなと受け取っていただければ幸いです。物語は好きなように書くのが一番だと思っています。
歴史のイフの先の物語。変容した世界のこれからを彼がどう生きていくか気になりました。
◆終わりに
「タグを指定したらどんな物語生まれるか?」という試みで立てた企画でしたが、こんなにも多種多様な癖の詰まった物語が集まり、とても楽しい庭になりました。ありがとうございます。
そんな癖もりもりの庭で一番使われた属性は――「黒髪長髪」でした。
……お分かり頂けたでしょうか。分かる人には分かるナニカ。
タグがないのにどんどん集まっていき、やがて庭の一角に生えた黒髪長髪の森を眺めながら、常日頃から「これが好きなんだ!」と主張することの大切さを改めて実感しました。癖を伝染するもの。明日から叫ぼう己の癖。
今回本当に楽しかったので、また機会があればやりたいです。その時はまたご参加いただければ幸いです。
誰かの癖の詰まった庭も見てみたいです。庭はいいぞ。癖が集まるとてもよい庭。ぜひ気軽に開いて欲しいです。
改めましてみなさまご参加いただきありがとうございました!!
◆追記
庭の後夜祭的な感じで新たな自主企画を立てました。
→もももの庭の物語 夕暮れ
自作語り、書ききれなかった裏設定、二本目があったらこんな物語だったなどなど庭関連ならなんでも植えてくださいませ。
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