虫のせい
「それは虫のせいだよ」
「虫?」
学校の宿題をするやる気が出ないんだよねーと話すと、香織ちゃんはそんなことを口にした。
「うん、真子ちゃんのやる気が出ないのはね、真子ちゃんの中にいる虫が宿題をするやる気を食べちゃってるからだよ」
そのときの香織ちゃんの表情が冗談を言っているようには見えなかったので、今でもはっきり覚えている。
「その虫は香織ちゃんの中にもいるの?」
「私の中にもいるよ。それにみんなの中にもいて、いろんな気持ちを食べてるんだよ。だから人間は気持ちが変わるの」
切れ長の目を少し伏せながら、さらさらとした黒髪が揺れる。
香織ちゃんは美人で、優しくてクラスの人気者だったが、少し自分たちとは違う世界をみている、そんな不思議な雰囲気を纏っている子だった。
そんな香織ちゃんとも、高校を卒業して別々の大学に進学すると、顔を合わせることはなくなった。
香織ちゃんがマンションの屋上から飛び降り自殺をした。
そんな知らせを受けたのが、就職をしてやっと仕事を覚え始めたころだった。
お葬式は粛々と行われ、高校の同級生が何人か来ていた。
今でも香織ちゃんと仲良くしていた子に聞いてみると、なぜ自殺をしたのか、わからないという。
遺書も残されていなかったし、香織ちゃんが何かに悩んでいる風には見えなかった。
わたしはその子にお礼をいうと、お葬式会場をあとにする。
そして、私は思った。
香織ちゃんは生きたいという気持ちを虫に食べられちゃったんじゃないのだろうか
誰の心にも潜んでいるというあの虫に。
だから生きる気持ちをなくしてしまって、自殺をした。
そんな気がしてならないのだ。
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