「 ハッピーじゃないセット! 」人生に問い×小説
なにかを決めつけるのが嫌いだ。
___嫌いなことと言ったら、「それ」くらいだ。
___決めつけないことで、得ているものがある。守っている富がある。だからわたしは絶対にその部分に関して許容できない。許容できないのには理由があるのである・・・。
それが「どんなに大切なこと」なのか、
身をもって知っているから、それに対しては許すことができない。
そして「怒り」という感情が沸き上がるようにインプットされている。
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怒りとはなんだろうか。怒りとは起爆剤だ。
体の中で「ナニカ」が起こっている。信号を発している。
「うるさい」
一言でいえばそういうことだ。黙れ、語るな、遠くへいけ。そういうことである。これは、たべものにアレルギー反応があるのと同じで、危機のあるものに対しての「身体の拒否反応」なのだろう。
言葉を選んでいるからこそ、人の言葉選びが気になる。
言葉には内面が、態度にも内面が出てくる。
わたしは「内面」をものすごく重視している。
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うるさい人間が一番嫌いだ。
人の意見を聞かない奴。なめてくる奴。人を尊重しようとしない奴。頼んでもいないのに。勝手に他人を変えようとするやつ。勝手に教えようとしてくる奴。
人を評価しようとする奴。自分が正しいと思って正してくる奴。
何よりも
___人との境界線があいまいな奴が嫌いだ。
”人を無視した”マシンガントーク も。
人の心をきちんと見ずに、話を聞かずに、想像せずに、決めつける行為が信じられない。べらべら喋る人が苦手だ。
嫌いな理由はたったひとつで、
会話が成立しないし「うるさい」からだ。
聞きたくない話をしてくるな。(わたしがその話を聞いていると思っているのか???(やめれ))
人と不毛な議論をすることほど、面倒なことはないのだ。
どうでもいい内容は特にしたくない。政治とかあーだこーだ言いたくないし話したくない。どうでもいい意見とかそもそも聞きたくない。
話したいことを話したい、聴きたいことを聴きたい。
身のない話は嫌いだ。その内容を分かっていたとしても、マウントを取られるのがわたしはどうも、いやかなり苦手である。人とは敬意をもって話すくらいがいちばん楽でいい。
プライドという言葉で表現するのが何か引っかかる。プライドというより、まじで嫌い。誰かを下にして話すのがマジで嫌い。あと、相手の思想を披露されてもわたしは興味がないからその時間縛られたくない。
ぶっちゃけ、ガツンと言ってやりたくなる。
それで話が終わるのなら。
でも、正直何を言えばよいのかが分からない。
ただ、「もう二度とその話を聞かない」ために、何か手を打ちたいと、もういい加減に本当に結論を出したいところである。
___作戦その一。「そう思われるんですね。そういう話は決着しないので、私はそれについて議論するつもりはありません。」
真面目に言えばこうだろうか。
___「そんなこと言っていたら、きりがないですよね」
笑って言えば、だよね~ってなるだろうか。知らんけど。作戦その二。
___「・・・」
無言。作戦その三。
う~~ん
マウントとられたら、取り返すのが正しいの???
知らんけど。上に立ってもらうのは構わないけど、下に見るのはちがくないですかね。まうてぃんぐゴリラやめれ。
___そもそも私には、マウント取らせておくという選択肢はない。延々と話を聞きたくないからだ。
マウント取られていると、聞きたくない話延々と聞かされるやろ・・・
それはマジで嫌だ。ごめんだ。
人の意見はそれぞれなので、そうなんですねで終わらせたい。終わらせたいが、恒例の人と話していると特に、知りたいな~と思ったこと以外の「めちゃめちゃ聞きたくないこと」がだいたいセットになってやってくる。
___全然、ハッピーじゃないセット。
「うわっこれ苦手な話始まった~(始まりそう~)」となったら、どこかで終止符を打たねばならない。こちらから。きっぱりと。
会話に終止符を打つには
「私はこんな感じですね~」
というと、ハッピーじゃない返答がまたセットになってやってくる。(それならいいんだけど○○とかやっている人もいるからさ~とか)合いの手がやってきたら苦笑いしよう。「へ~そうなんですね~」と言っても、だってこういうのとかあるじゃない~・・・の様に来たら、さらに苦笑いしよう。
ふっ・・・ふん・・・(?)(苦笑い)
疑問形苦笑いである。
真偽の分からない情報は山ほどあり、その一つ一つを処理していたら人生は足りないのである。色んな情報を集めるのに疲れているので、もう余計なことは知りたくないし、偏った意見とかもういいので、いいと思える情報源以外なるべく関わらないようにするしかない。気がする。
ただ、これを信じていて、これを薦めたい。
ってだけなのだから、長々話さずに(端的に)そういえばいいのになぁ。と思ってしまう。
意見はそれぞれ(だから、これは僕の意見なだけ)なんだけどって、ちゃんと付け加えてね。
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なんでそんなに追い詰める話し方をするんだろう。視界を狭めようとするんだろう。狭いというか、押し付けてこようとするのだろう。「居心地の悪さ」を感じてついつい書いてしまった。
何かを信じるのは、人の勝手でほんとうに自由だと思う。だけれど、それをおしつけたり他人を押しやろうとすると反発が必ず起こるから、いけない。
人の怒りを買う。
私は怒りたくもない。私はこう思うので結構です。と言いたいけど、
理由までいうと(「こう思う」の部分に突っ込みが来て)うるさいので、
___「結構です」と、ただそれだけ言えばよいのかもしれない。
「あんまりおもしろくないな~」とついつい心の中で言いそうになる。
本人を目の前にすると、それは失礼だと思って「そうなんですね~物知りですね~」というスタンスでいるのだけれど。でも一人になるともやもやは残る。このもやもやはなんだ。
そういう会話をする人とは、内心、早く(話)終われ~とおまじないをかけている。
脳内停止してしまう。
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早く終われと思うような時間を、作り出したくないから、そうしたらよいのか不安と強い危機感を感じる。
ここには、私の中での、人との境界線(ボーダーライン)がある。
___境界線は、それぞれを確立するために必要なものだと私は考えてる。その人がその人らしく安全に暮らすためのボーダーラインを引いている。それは私自身あった方がいいもの、必要なものだからでもある。
だから私は思う。
人におせっかいをするのなら、決して期待はしないでほしい。
___必要であれば使ってね、必要じゃなかったらごめんね。くらいにしてほしい。
それなら捌け口があるので別にいい。(まだ許せるけど、)教えてあげてるとか、全然分かっていないねみたいなスタンスはマジでただただうざい。そういうマウントは無理。どんな年齢でも無理。おじさま、おばさまでも無理。
自分が納得できないこと、理屈の通っていないことをおしつけられるのは嫌いだ。そういう人は割といると思う。とにかく嫌なので、どうにかして自分から遠ざける技術を身につけたい。
意見は聞くけど、同意はできないので、覚悟して話せよな。
___中身もないくせに、おしつけは、まじで、むかつく。
こういったら悪気があるように感じる人もいるだろうけど、悪気は全くなく率直な個人的な感想である。感覚はそれぞれである。
それぞれの解釈は勝手だけれど、(誤解されるのは勝手だけど、)それをこちらに押し付けられるのは迷惑で、それを周りに広めたり訂正するのとか、”人間関係する”のにとても面倒くさい。
総じて、ななめから見てくるやつ、うるさい。
結構ですって言って
それでも終わらないのなら、
それでも終わらなかったら、話を変えよう。うざいけど。
それか席を立とう。うざいけど。
人生そういうときもあるよね。ふ・・・ふふ。
(2021.11.13)
lemon.
( ῀ᢦ῀ )..