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失ったことから

今日、人生ではじめて、歯の神経をぬいた。
もっと早く行っていれば、ぬかなくてすんだかもしれない。
神経を失ったことを思うと、そんな後悔がどっと湧いてくる。

そして、先日の出来事を思い出した。
この前近くの温泉に行ったとき、石けん類を忘れてきてしまった。
数日後に取りに行ったらもうなかった。
それも、置いてきたことに気づいたときにすぐに行けばあったかもしれない。

すべてじぶんの都合で考えていた。
もっとちゃんと対処していたら、テキパキ動いていたら、きっと石けんも返ってきたかもしれないし、神経をぬかずにもすんだかもしれない。

けれど、わたしがわたしのリズムで生きることが、自然の流れなのかもしれない。
"ALL IS WELL."
すべてまる。

"損をしている"のかもしれない。

けれど、こういうところで"損したこと"は、必ず巡り巡って"得"となって返ってくることを知っている。

だから、わたしにとって"損すること"も含めて、それでオッケーなのだ。

目の前で起きた出来事の"損得"で一喜一憂する、そのもっと深いところ、あるいはもっと高いところ、目に見えないところでは、そんな計りしれない力が働いている。
クリーニングすることで、じぶんが大切にしたい生き方を思い出させてくれた記憶だった。

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