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『ブルーもしくはブルー』/ もし、違う選択をした自分に会ったら (読書)

進路やパートナー選びなど、これまでの数々の選択で人生が大きく変わってきたなと思うこの頃。あの時、こっちを選んでたら……そんな思いが頭をよぎるとき、別の道を選んだ幸せそうな自分に会ったら?
山本文緒さんの『ブルーもしくは、ブルー』は、自分がちょっと幸せじゃないなと感じる時に読むと、身につまされる思いがする小説です。(ややネタバレあり)

あらすじ:
高収入の夫を持つ蒼子だが、夫婦関係は冷めていた。浮気相手に飽きてきた蒼子は、昔の恋人・河見を懐かしむ。
ある日福岡に来た際に、河見を見かけるが、その横には蒼子そっくりの河見蒼子がいた。
現在の夫と河見、どちらを取るか悩んだ際に分裂したと思われる蒼子たち。
自身の境遇に不満を抱える蒼子2人は、生活を交換することになる……

生活を交換した2人の蒼子たち。最初は刺激的な新しい生活を謳歌するが、そのうち新生活にも不満を募らせる。結局、もう一つの人生を選んでも、「蒼子」自身は変わらないから、どちらも破綻してしまうのです。

蒼子は自分の幸せの多くを他人に頼っています。だから相手次第で幸福度が乱高下する。私にもブーメランのように刺さってきます。


とくに蒼子Aは、買い物や浮気で欠乏感を埋めようとするものの、満たされることはありません。
「誰かに幸せにしてもらいたい!」とか「超金持ちと結婚したい」とか望む女性(男性も?)も多いかもしれません。だが、仕事なり趣味なり何か活動なりで、自分を自分で満たすことが大事なのでしょう。


九州で暮らすことになった蒼子Aは、最初は河見に愛される生活に幸福感をおぼえますが、酷いDVを受けて東京に帰ることを決めます。が、いっぽうの蒼子Bが、東京で取っていた行動がホラーでした。妊娠して蒼子Aの身分を乗っ取ろうとするのです。

ストーリー中盤以降は、ホラー味が増した展開になって、ぐいぐい引き込まれました。

生活を交換なんて簡単にするんじゃないな!

ただ生活を交換してよかったこともありました。
片方の蒼子が置かれている環境を客観的に見ることで、本人が見ないふりをしている不満を見出します。そしてもう一人の蒼子にその思いをぶつけ、自分が抑えていた感情にも気づくのです。
物語の終わりはハッピーエンドとは言い難くて、夫たちとの問題は残ったまま。
でも自分を省みて、このままじゃいけないと考えるようになります。脱出が成功するかは別ですが。

九州の河見のDVは酷すぎて、なんとなくこの辺に時代性が見えます。
本が出版された90年代は、まだ女性が夫の酷いDVやモラハラに耐えるしかない時代だったのでしょう。もちろん今も問題ですが、ここまで酷い暴力だとどこかに保護してもらえると信じたい。

恥ずかしながら、後書きを読むまで、晴海の高層マンションに住む蒼子Aの設定などから最近の本だと思っていました。
たしかに九州の蒼子Bが勤めていたミシンがけのパートとか、今はなさそう。
しかし、なかなかパートナーから離れられない背景など、いまも古くささを感じさせない話です。

後書きの柚木さんの解説ではいろいろ思うところがありました。

実写化されたドラマでは、2人の蒼子は、元の生活に戻って夫の暴力も不倫も許します。それが成長として描かれ、気の持ちようで乗り越えられる!とされるそうです。

ひどい。山本さんがおそらく書きたかったテーマをまるで無視していそうなドラマ。

柚木さんは、この小説から読み取る構造も説明します。

蒼子には買い物以外に、趣味と呼べるものも、将来の展望も、知的好奇心もない。さらに、人間関係らしい人間関係をまるっきり持っていない。……
蒼子は同性とは敵対関係しか築けず、だからこそ、もう一人の自分とさえうまくやれない。こうした状況に蒼子が疑問を持たないがゆえに、メビウスの輪から決して逃れられない、この終わりがない悪夢が何より怖いのだ。

山本 文緒. ブルーもしくはブルー (Japanese Edition) (p.226). Kindle 版.


この男性支配に疑問を持たない心のありようは、蒼子のネグレクトされた生い立ちも影響しているが、社会に蔓延する女性蔑視を彼女がそのまま内面化してしまったことが一番の原因ではないだろうか。

山本 文緒. ブルーもしくはブルー (Japanese Edition) (p.226). Kindle 版.


柚木さんは、女性が自分自身や同性を憎む対立についてや、シスターフッドへの希望を述べていました。解釈は人それぞれだと思いますが、社会構造から読み解く解説になるほどでした。

この小説を読んだとき、私は自身に対して「自分このままでいいのかなあ、思い描いてたようなハッピーじゃないなあ」と感じていました。けれど読んだ後は、自分が他の道選んだとしても一緒だろうなと思わせてくれます…。

ドッペルゲンガー的なエンタメとホラーを混ぜつつ、今にも通じる問題を提起している面白い小説でした。山本文緒さんの本は初めてだったので、他のも読んでみようと思います。

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