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第二十九話「歌羽の吐露」長編小説「15th-逆さまの悪魔-」

 歌羽は初めて自分の過去を語り出した。

 私は小学校のときクラスでひどいいじめに遭っていたんだ。

 小学校って、女子はグループに分かれるじゃん? グループのメンバーはいつもいつも一緒にいて、何をやるにしても常にその子たちとだけやるみたいな。グループの外は断絶した世界で、行き来ははい。琴音も経験あるでしょ?

 それでそのグループの中でも人間関係は複雑で、グループを追い出される子もいるし、何人かで抜けて新しいグループを作る子もいる。クラス全体での女子の人間関係はもっと複雑で、誰と誰は仲悪いとか、何ヶ月も喧嘩してバトってるとか、みんなで悪口言ったりとか。まあそんな感じだよね、どの学校のどのクラスも。地獄だよ。小学校高学年の女子の世界はドロドロのぐちゃぐちゃで、でも逃げられないんだ。

 私の場合、最初グループの中でいじられてた。思えばグループが固まったときから、私の扱いはすごく悪かった。いるだけで意地悪言われたり、ひどいことされたりした。でもそれはいじめじゃなくて、遊びの一環でやってたいじりって感じだった。

 でもいつからか、グループの中のある子――A子としようか――が別の子――B子――のことがムカつくって言い出した。B子は成績良かったし、家はお金持ちで、習い事たくさんやってて、美人で、今思うとA子は嫉妬したんだと思うけど、ぶりっこで自慢ばかりして、B子はムカつくって言い出した。それは五人いたグループのうちで、私ともう一人――C子にだけ言ってた。

 B子と残りの一人の子には言わないで、表向きは五人で仲良く過ごしながら、私とA子とC子の三人の中でだけ、こっそりB子の悪口をずっと言うような状態だった。私はB子は嫌いじゃなかったんだけど、A子には逆らえないから、一緒に悪口言ってた。

 あるとき、B子に意見しようってA子が言い出した。調子乗りすぎだってことを言ってやろうって。それで、それを言うのを私に命じてきた。C子と示し合わせてたんだろうと思うけど、A子は学年のクラブ活動がB子と一緒だから、C子は帰り道がB子と一緒だから、気まずくて伝えられない、だから歌羽ちゃんが説教してね、くれぐれも私たちが言ったって言わないで、自分の意見として話してね、って言われた。ずるいよね。嫌だって抗議したけど、怒られた。私は立場が弱かったから、言うこと聞くしかなかった。

 それで仕方なく、本当にすごく嫌だったけど、B子に、A子とC子に言われたとおりのことを言った。そしたらB子はひどいって言って泣いちゃった。それでB子はグループの全員に、私に突然ひどいことを言われたって伝えた。そしたら私はメンバー全員からものすごく怒られた。A子とC子も平気で知らんぷりして私を責めてきた。私はグループの全員に絶交されて、グループを追い出された。

 でも分かると思うけど、あの年齢の女の子はグループに入ってないと学校で生きていけない。人権を与えられない。だから私は他のグループに入れてもらおうと頑張った。

 でも元のグループの子たちが私がB子にひどいことを言ったってクラス中に言いふらして、私はいじめっ子扱いでどのグループにも入れなかった。それから私は卒業まで独りぼっちだった。みんなからずっといじめられて、あのグループの子たちを怒らせたらこうなるんだっていう見せしめみたいな扱いだった。男子にもからかわれたり、ひどいこと言われたりした。

 中学校でクラスが変わったからよかったけど、あの頃のつらい気持ちは今も消えないよ。だからね、私は自分に自信をもてないの。唯一自分を保つ手段が、同級生とか、干された芸能人のウォッチングなの。自分よりつらい思いしている人を見て、安心してる。

 歌羽は苦しそうに、しかし穏やかに話した。

「そんな過去があったんだ。ひどい話だね」

「あの子たちと同じ高校じゃなくてよかったと思っている」

「そうだね。聞いててこちらまでつらくなっちゃった」

「ねえ琴音」

 歌羽は荒く呼吸して、何か言いよどんでいたが、意を決したように告げた。

「もし琴音がちゃんとご飯食べるなら、私、琴音のいとこのウォッチングは完全にやめてもいいよ」

 琴音は一瞬考える。そして気づいてすかさず返した。

「それじゃ歌羽の手放すことが私の分より少なすぎるよ。もし私に食事してと言うなら、そのウォッチングを完全にやめてよ。同級生のも、有名人のも」

「それはできない」

「じゃあ私も何も変えないよ」

 交渉は決裂した。せっかく勇気を出して自分たちの弱いところを曝け出し合ったのに、合意に至れなくて、失望のうちに二人とも何も言えなかった。

 だが変化はあった。歌羽の態度が変わったのだ。「琴音、お願いだから、今日はお昼ご飯用のゼリー全部飲んで」とか「学校行く前にお昼ご飯買ってくれたらすごく嬉しいな。お願いできないかな」「今夜は寝る前吐かないで。楽しいことだけ思い出せば、吐きたい気持ちなんて忘れちゃうよ。頼むよ」などと下手に出てくる。以前のように命令するのではなく「お願い」してくるようになった。

 また、スマートフォンをいじっていると、とつぜん我に返ったように何かに気づき、伏せたり、慌てて何かの操作をしたりするようになった。

 どうしたのだろうと琴音は不思議に思った。歌羽は一体何をしているのか。

 ネムのブログは相変わらず更新がない。ある日「このブログは一ヶ月以上更新されていません」という注意書きがついた。今までは出てこなかった広告が一番上に表示されている。ファンシーなデザインのブログの冒頭を、全く似つかわしくない大げさなロゴが使われた安っぽいダイエット食品の広告が占領してしまった。

 琴音は摂食障害ブログをいくつか見始めた最初の頃にそういったものを目にした。どれも長い間更新がなく、放棄されたらしいブログだった。管理人がいなくなって、その人の肉声と呼ぶべき言葉だけがいつまでも残されたままな様子は、とても悲壮だった。ネムのブログもその中に入ってしまったのが、琴音は悲しくてたまらない。毎日欠かさず更新があった頃には思いもよらなかったことだ。

 琴音はネムが戻ってきたら何て声を掛けるか考えてスマートフォンのメモにまで取っているが、きっともう彼女は帰ってこないのだと悟った。ネムは状態が悪すぎて退院できないのかもしれない。もしくは退院したけれどブログはやめてしまったのかもしれない。きっとそうだ。そう考え、琴音はあまりの寂しさに途方に暮れずにはいられない。

 ネムから何の連絡もないまま、ひたすら待ち続けて、時間だけが過ぎていく。戻るかどうか分からない人を待ち続けることの果てしない孤独を、琴音は思い知ったのだ。

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