見出し画像

#344 「新宿労働基準監督署長事件」東京地裁(再掲)

2013年9月18日に配信した「会社にケンカを売った社員たち」第344号で取り上げた労働判例を紹介します。

■ 【新宿労働基準監督署長(以下、S労基署長)事件・東京地裁判決】(2012年1月19日)

▽ <主な争点>
兼業会社での業務に災害を生じさせるだけの危険が内在しているか否かなど

1.事件の概要は?

甲社の従業員であったXが平成16年10月、精神障害を発症し縊死した(本件災害)のは業務上のものであるとY(Xの父親)が主張して、S労基署長に対し、遺族補償給付および葬祭料の支給を求めたが、18年1月、同労基署長が支給しない旨の決定をしたので、東京労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたところ、19年5月、同審査官は業務上のものと認め、不支給決定を取消す決定(本件原決定)をした。

S労基署長は本件原決定を受け、19年6月、給付基礎日額を1万1708円として遺族補償給付および葬祭料を支給する旨の決定をし、その後、甲社での時間外労働に係る賃金が判明したため、給付基礎日額を1万5392円と修正して遺族補償給付および葬祭料を支給する本件各処分をした。

Xは乙社に就職が決まり、甲社を退職したいと考えていたが、甲社の代表者から認められず、午前中は甲社に午後は乙社で、夜に再び甲社で勤務していたところ、Yは本件各処分について、給付基礎日額(平均賃金)の算定にあたり、甲社だけではなく、Xが被災当時兼業していた乙社から支払われる賃金も合算して算定すべきであると主張して審査請求したが、審査官は20年12月、審査請求を棄却し、さらにYは再審査請求を行ったが、労働保険審査会は21年12月、再審査請求を棄却した。

本件は、Yが本件各処分の取消しを求めたもの。

2.前提事実および事件の経過は?

<XおよびYについて>

★ X(昭和53年生)は、甲社において実質的には編集者として勤務していたところ、平成16年9月、乙社の入社試験に合格し、同社に勤務する予定で甲社に退職を申し出たが、代表者であるAに認められなかったため、同年10月からいわゆるアルバイトに職種を変更して引き続き甲社に勤務し、乙社にも勤務することとなった。

★ Yは、Xの父親である。

--------------------------------------------------------------------------

<本件災害発生前のXの労働時間等について>

★ 本件災害発生前のXの1ヵ月あたりの労働時間は、次のとおりである。
  16年7月・・・219時間25分、16年8月・・・212時間14分
  16年9月・・・245時間、16年10月・・・307時間40分

★ Xの16年10月の勤務は、同月1日~28日の間であり、勤務形態は午前9時30分~午後0時の間は甲社、午後2時~作業終了の間は乙社、その後甲社に再出社して作業終了まで勤務するというものであった。

★ 307時間40分の内訳は、甲社勤務時間が104時間2分、乙社勤務時間が154時間、甲社再勤務時間が49時間38分で、法定労働時間を約140時間超過していた。同月12日以降延べ14日間の勤務時間は、泊まり込みを含めて深夜近くまで及ぶものであり、特に睡眠を含めた自分自身の時間が9時間以下となる長時間労働が1週間連続した。


▼ Xは当初兼業の事実を甲社および乙社に隠していたが、その後、AはXの兼業を知り、同年10月28日、XはAと話し合うことになった。話し合いはAの叱責を伴うもので4時間に及び、Xは話し合いの最中に泣き出し、話し合い終了後もずっと泣いていた(以下「本件話し合い」という)。

▼ Xは同月上旬頃、「F32うつ病エピソード」の発症の兆しが現れ、同月下旬頃、希死念慮等の症状が極めて急激に悪化し、行為選択能力が著しく阻害された病的心理の中で、同月29日、静岡県藤枝市内の実家で縊死した(以下「本件災害」という)。

--------------------------------------------------------------------------

<本件災害後の経緯等について>

▼ Yは本件災害は業務上のものであるとして、S労基署長に対し、遺族補償給付および葬祭料の支給の請求を行った。同労基署長は18年1月、業務上の事由によるものとは認められないとして、不支給決定をした。

▼ Yは上記不支給決定に対し、審査請求を申し立てたところ、労働者災害補償保険審査官は19年5月、上記不支給決定を取り消す旨の本件原決定をした。

★ 本件原決定において、「本件災害の業務起因性判断の具体的要素として、甲社で16年10月に業務上のミスに関するトラブルが発生した後に兼業が発覚し、社会的に相当性があるとは認められないAによる叱責を伴う強度のトラブル(本件話し合い)が発生していることが心理的負荷である」と考慮されており、Xは会社の業務内容を変えず兼業して睡眠時間も十分確保されない深夜時間帯に及ぶような長時間労働を度々行ったことは「極度の長時間労働」とは言えないまでも、出来事に伴う変化として考慮している。

▼ S労基署長は本件原決定に基づき、19年6月、給付基礎日額を1万1708円として遺族補償給付(1170万8000円)および葬祭料を支給する決定をし、その後、甲社での時間外労働に係る賃金が判明したため、同年7月、給付基礎日額を1万5392円と修正して遺族補償給付(1539万2000円)および葬祭料を支給する旨の本件各決定をした。なお、本件各処分での給付基礎日額は甲社の支払った賃金を基礎に算定された。

ここから先は

2,410字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?