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際限がない心、死んでいった心

こんにちは。

れふとです。
私は子供の頃から変な子と言われて生きてきて、
自分は普通ではない、頭のおかしな人間だという自覚を持って生きています。

当時は自分の考え方、生き方自体が全て否定されたかのような感覚を覚え、
幼少ながらとてもショックを受けた事を覚えています。

あの日私の心は一度死んだと思っています。

他にも16歳の時、人の死を目の前で目撃してしまった事も大きなトラウマとなりました。
正確には、その後の警察の対応が なのですが。

死んだ瞬間その物体をもう人として扱っていない感じがあまりに衝撃的で、
私の心はここでもまた死にました。

目付き、態度、所作、どれをとっても当時16歳の私には理解できないもので、
パニックを通り越して無になったのを覚えています。

私はたまたまなのかはわかりませんが、
何度も心が死んでしまうような事に遭遇し、しかも乗り越えられないまま今を生きています。

当然乗り越えられていないままなので私は今でも変な子のままです。
今では変な子と言われた事から学ぶ事もあり、感謝をすべきではないかとさえ思えるようになりました。

警察の方の対応も、感情を入れてしまってはならず、しかるべき対応を優先しなければならない事、
感情に流されてしてはならなお仕事として間違った事をしてはならない事も、
月日と合わせて、大人になってから理解できる点もあると学べました。
その為警察の方を無下にするような事もありません。

大人になった今でも会社の社長、専務、部長等、お偉いさん達から
優しすぎる、甘すぎる と言った事を漏れなく指摘されています。
時には突き落として這い上がってくるような、そんな強さも養う必要もある
と、言われた事もあります。

それでも、
人に盛大に裏切られた過去があって、乗り越えられないままでも
それでも、
それでも今一緒に働いてくれている従業員の皆さんの事は信じ続けたいと思えています。

乗り越えられていないままなので、もちろんそれは前向きな気持ちでの言葉ではなく、
ネガティブな性格をポジティブに出来たからでもありません。

最初から人と同じように生きてきたなんて思わなくて大丈夫。
最初から一般的教養が欠落している事を自覚して身の程をわきまえればいいんだ。
裏切られてもいいと思えないなら、信用したり優しくしたりしなければいいだけだ。

あくまで私の場合ですが、ポジティブになれない事を認めた事で、逆にネガティブな自分を肯定する事が出来るようになりました。
諦めに近い、結果論 ではございますが。

その日から、
死んだ心があるなら死んだまま、そのままでも今生きている心を大切に出来ればいい。
最後に何か一つだけでも、残る大切な心があるならそれだけで十分じゃないか。
私はもともと変わっていて人に理解をされない変人なのだから。

そう思えるようになり、心が死んで落っこちていったからなのかはわかりませんが、心が軽くなりました。
心が少なくなった分軽くなりました が正しいのかもしれませんね。

綺麗事っていう単語は若干ネガティブな意味合いで使用される事が多い印象がありますが、
私は心が軽くなった日から

綺麗事ではあるけれど、せめて綺麗事は綺麗なままで死んでいきたい。

そう心に決めています。
それから私は今の私に近づいていき、人の為に必死になれるようになりました。

今でも会社のお偉いさんからは呆れ顔で「またか」と怒られたりしますが、
それでも好きなようにやれと言ってくれて、
一緒に働いてくれているみなさんの事は心から応援し続けられています。

辛い出来事がふとフラッシュバックしてしまい心を痛めている方、
脳裏に焼き付いて離れない程のトラウマを抱えてしまい、今でも苦しんでいる方、
たくさんいらっしゃるかと思います。

私的な意見で申し訳ないんですが、乗り越えなくて大丈夫です。
無理やりポジティブに、元気にならなくて大丈夫です。
そのままのあなたでいてください。

それでもあなたの居場所はあると思うのです。

心が生きていく為に、必要な力は助けを借りてもいいのです。
辛い時には助けを求めていいと思うのです。

その人に直接恩返しは出来なかったとしても、捨て猫がいたら保護をしたり、
道に迷った方に目的地まで案内をしたり、
人の為になれる事はたくさんあって、人の助けになれると思うのです。

私は何度も心が死んで、たくさんの方に助けてもらい、たくさんの人に心配・迷惑をかけてしまいました。

中には直接の恩返しが叶わなくなってしまった方もいます。

だから私は今、人の為に生きて、人の為に死んでいきたいと思えています。
死んでいった心がたくさんある分、際限なく理想を求め続けてしまう心が残った心の大半を占めているのかもしれませんが、今でも強く思えています。

何か、少しだけでもどなたかの心の重みを軽くするヒントになれたら幸いです。

歳を取り色んな経験を経て、少々な事では心にダメージを受けなくなってきている事もあるのかもしれませんが、
それもまた徐々に心が死んでいっているという事なのかもしれません。

たった一つでいいので、大切な心を大切にして、死んでいきたいです。

それでは、またいつか。




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