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夫の発達障害【処方されたコンサータの効果】

【夫との通院が始まる】

発達障害専門クリニックへの通院が始まった。

夫は依然としてその必要性を認めなかったけれど、医師はいつも次回の予約を促してくれた。
それは、私が困っていることが伝わっていたからだと思う。

3度目だっただろうか、それまで強く勧めることはしなかった医師が、私の疲れ果てている様子を見て、夫にこう言った。
「薬、飲んでみましょうか」

それでもまだ、「いや……」と拒もうとする夫を、
「まあ1回飲んでみましょうよ」
とさらに押してくれた。

そうして処方されたのが「コンサータ」だった。
これは、不注意や多動性の症状を緩和させる薬で、ADHDの患者に広く処方されている。

処方はされたものの、夫が素直に飲んでくれるかどうかは分からなかった。
夫が薬を拒むわけは2つある。
自分には必要がないと思っていることが1つ。
それから、科学的な物質を体に取り込むことを嫌っていることがもう1つ。

それでも、まだ結婚して間もなかったこともあり、私がお願いする形で2度ほど飲んでくれた。

1度目は、少し遠出するときに、運転を任せるのが不安だったので飲んでもらった。
それが初回だったのだけれど、私はその効き目にとても驚いたし、怖いとも思った。

それくらい、人が変わった。

彼は運転中に話ができない。
話をしていなくても、信号や標識を見逃してけっこう危ない運転をする。
人を轢きかけたり、対向車にクラクションを鳴らされたりということが絶えないので、だんだんと恐ろしくなって、私から話しかけることもなくなっていた。

それが、コンサータを飲んだ日は、彼はずーーーーっと喋っていた。
普段よりも、ぽんぽんとテンポよく会話が成り立つ。

運転しながらトンネルの入り口に描かれた絵をキャッチして
「イルカだね」
と言ったときには思わず、「見えるの?」と声を上げてしまった。
普段なら絶対に見えていない。

目的地に到着しても、彼は別人みたいにテンション高く喋り続けていた。
うるさいほどに。

普段の彼は、頭の中に言葉が浮かんでこないらしく、
観光地へ行ったところで感想1つ言わない。
せっかく旅行に行っても食事中すらだんまりなので、
「何か喋ってよ」
と言うと、
「そう言われると余計に何いっていいかわからん」
とさらに殻に閉じこもる。

新婚旅行は地獄みたいだった。
せっかく海外に行って、ディナーショーを観て、どのテーブルでもみんなにこやかに過ごしているのに、彼はひたすら食べるだけ。
ショーにも背中を向けたまま。

その彼が、コンサータを飲んだ途端、まるで違う人になった。
その絶大な効果が、私にはかえって恐ろしかった。
もちろん私としては彼の脳が活性化している方が楽なのだけれど、
「これは本当の彼じゃない」
そう思ったら、何だか悪いことをしているような気持ちにもなる。

彼は彼のままでいるべきなんだろうと、それは私も思うのだ。今も。

苦しかった。
彼が薬を飲んでくれたら、私の困りごとはきっとすごく減る。
でも、彼が彼ではなくなる。
私がそうさせてしまうことに、罪悪感がある。

そして彼自身はといえば、そんなに人が変わるのに、自分ではまったく自覚がないと言う。
そういえば、彼はもともと20年以上同じ髪型にしていて、結婚式に向けて清潔感を意識してほしくて変えてもらったのだけど、
以前の自分と今の自分の写真を並べてみても、違いが分からないのだと言っていた。

私からすればもう全然、本当にまったく違うんだけどな。
行きつけの居酒屋のスタッフの方にも驚かれるくらい。

彼は彼自身のことが、全然分からないみたいだった。
怖い。
私にはそんな感覚がないから怖い。

薬を飲ませるのも怖い。
彼の特性も怖い。

何をいっても伝わらない。
そんな人間に出会ったのははじめてだったので、
私はほとんど慢性的なパニックに陥っていた。

彼は結局、それ以降コンサータを飲むのを止めた。
私も、無理に飲ませることができなかった。

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