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Tots som Barcelona.

私たちは皆バルセロナです。
題名を日本語に訳すとそういう意味合いになります。

今日は、昨日のリヴァプールに引き続き私の大好きなクラブのひとつ
スペインは、カタルーニャ州バルセロナに本拠地を置く
(カタルーニャ州:スペイン北東部の地中海岸にあり、交通の要衝として古代から栄えた自治州。カタルーニャは独自の歴史・伝統・習慣・言語を持ち、カタルーニャ人としての民族意識を有している。
人口:スペイン全土の16%にあたる約750万人。)

FCバルセロナ

について語りたいと思う。
ちなみに、私の好きなチーム
すなわち心から愛するクラブは、、
プレミアリーグ:リヴァプール
ラ・リーガ:バルセロナ
セリエA:インテル・ミラノ or ACミランでさまよい中
ブンデスリーガ:ドルトムント
リーグ・アン:なし(あまり観ないため)
Jリーグ:川崎フロンターレ
こんなところである。
上記2クラブは、リーグ戦・カップ戦と全てのゲームを欠かさず視聴する。
以下バルセロナのことを「バルサ」と綴る。
(愛称:バルサ クラブカラー:ブラウ・グラーナ、青と臙脂)

バルサを好きになった理由は
08−09から11−12までの黄金期ペップバルサのフットボールに惚れたからだ。
この四年間でジョゼップ・グアルディオラがバルサにもたらしたタイトルの数は、なんと”16個”であり、
リーグ戦、カップ戦、チャンピオンズリーグ(マンチェスターU相手に2-0)、スーペルコパ(スペイン国内)、スーペルコパ(欧州全体)、クラブワールドカップの6冠
を達成している。
ペップバルサのフットボールスタイルの象徴として皆様ご存知の
”ティキ・タカ”である。
ワン・ツーと三人目、レイ・オフ、ときにフリックを用いて
二人組、三角形、四・五人のユニットを組んで相手をいなしゴールを目指す。
ティキ・タカ・ティキ・タカと飄々とプレーしていた彼らには空いた口が塞がらなかった小学四年生の幼いボクだった。
衝撃を受けた試合は、
10−11シーズンのホーム”カンプ・ノウ”で行われたエル・クラシコだ。

https://youtu.be/LmwPop3Pulg?si=_sOhxkDdOlhoya4X :ラ・リーガ公式

恐らくこの試合をきっかけにバルサを好きになりCule(クレ:バルサファンの愛称)になった。この試合でバルサはレアル・マドリー相手にマニータを達成。
圧巻の試合運びとシャビ・イニエスタ・ブスケツの中盤三枚の構成力。そして、神の子レオ・メッシの異次元さ。クリスティアーノ・ロナウドを要するマドリーを5−0で粉砕したこの試合は、来世に語り続けられる名試合だろう。
このときの10−11シーズンのスタメンは以下の面々だ。

https://www.roiblog.jp/barcelona-formation :引用

フォーメーションや羅列は、有ってないようなもの。
変幻自在に選手たちが入れ替わり立ち替わり、パスしたら動く。パスしたら走る。
空いたスペースを見つけては、そこを上手く使い、また空いたスペースを見つけては、そこを効果的に使う。巧みで、丁重で、美しいプレーは、バルサの哲学である
「攻撃的でスペクタクルなフットボール」を真に体現していたと言っても過言ではないだろう。試合に勝ったとしても内容が伴わなければサポーターから容赦ないブーイングが浴びせられる。このような習慣はスペイン国内の多くのクラブチームに存在するものではあるが、FCバルセロナは特にこの傾向が顕著であり、結果よりも内容で遥かに大きいものを求められる面が強い。
ヨハン・クライフが体現したトータルフットボールに、
クライフの影響を強く受けたファンハールやライカールトが今のバルサの礎ともなっているポゼッションサッカーを発展させた。
これを元に作られたのがジョゼップ・グアルディオラが提言した幼いボクを虜にしたティキ・タカなのだ。

11−12シーズンを持ってジョゼップ・グアルディオラは退任したのだが
その後さらに私のバルサ愛を強くした出来事がある。
それは、2013年の夏にサントスからネイマールを獲得。
その一年後、2014年の夏にリヴァプールからルイス・スアレスを当時クラブ史上最高額で獲得。
これによって、右からメッシ・スアレス・ネイマールの強力南米トリデンデの
"MSN"が誕生した。
よって、14−15シーズンはリーガ・エスパニョーラ、コパ・デル・レイ、チャンピョンズリーグの主要タイトル3冠を達成した。
このシーズン3人で公式戦122ゴールを決め、スペインサッカー史上最も多くのゴールを奪った3トップとなりレアルのBBCより結果を残したことになる。
このときのエンリケバルサもロマンに満ち溢れていて
縦に早く果敢にゴールへ突き進むワクワク感は、いまだに忘れられない。

そんな好景気ばかり続く事があるわけがない。
フットボールクラブに関わらずありとあらゆる物事にはサイクルというものがある。誰とは言わないがアホな会長により今のバルサは、多額の負債と借金を背負うクラブとなってしまった。それによって、メッシもピケも、ブスケツもジョルディ・アルバも寂しく辛い退団となってしまった。

「Visca el Barca ! Visca Catalunya !」
(バルサ万歳!カタルーニャ万歳!)

若くしてバルサのブランドを背負い歴史に名を刻んみ大活躍した選手たちが
この言葉をカンプ・ノウで再び聴ける日を私は待っている。

ここで悲しいお話。
23−24シーズンを持ってチャビ監督の退任を発表。
選手と監督業は違うタスクであるとは言え、不穏なチームを21−22シーズン途中(11月)から監督として引き受けウノゼロバルサを作り22−23シーズンでは4年ぶりのラ・リーガ制覇を成し遂げたことは称賛に値するはずだ。

近年ではメッシの件やネグレイラ事件(審判委員会の副会長に18年間にわたって総額730万ユーロ{約10億6000万円/会長談}を支払ったことが明らかになっており、審判買収の疑惑があること)など過去の良いときと比べてあまり良いニュースはないバルサであるが、またバルサのアイデンティティに基づいたゲームを見られることを楽しみにしている。

23−24シーズンでは
フレンキーデヨング、ペドリ、ギュンドアンに加えガビ、アラウホラがチームの核となりラミン・ヤマル、クヴァシル、フェルミンとカンテラの台頭が著しい長期的に見て良いシーズンだと思う。

私の夢は、
ペドリとガビに会いに、愛に、Camp Nouへ行き
カント・デル・バルサ
(バルサ・イムノ:この歌が生まれたのは、1974年。クラブ創設75周年記念として作られ、11月27日の式典にて初披露されました。ゲーム前のセレモニーで、3,600人の大合唱団によって歌われたそうです。)
を熱唱すること。
それまでには、また強いバルサが観られますように。

私も強くなります。

2024年2月2日金曜日


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