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ビジネスとアートが重なるところ

先日も少し書いたが、最近「ビジネスマンもアートをやろう」系の記事をちらほら目にする。読んでみても「教養として身につけよう」とか、「インスピレーションを磨ける」のようなフワッとした話ばかり。

なんの芸術的素養もないおっさんが、急に絵画やクラッシックを嗜んだからといって、せいぜいウンチクが増える程度だろう。審美眼が大きく開かれ、スティーブ・ジョブズのように切れ味鋭いサービスを創造できるかと問われれば、絶望的に怪しい。

実際のところ、ビジネスマンがアートに学べるものとは何だろうか?

当方、一応、ビジネス(起業含)とアート(映画制作)の両方を経験したことがある者のとして、両者の間(はざま)には以前から関心があった。なので、この機会に掘り下げてみようと思う。

まず、ビジネスにおけるアートとは何だろうか?

これが、「アーティストにとってのビジネス」となると、特に新しい話ではない。「最高のアートは最高のビジネスだ」と喝破したのはアンディ・ウォホール。現代芸術家である村上隆氏が『芸術起業論』や『芸術闘争論』でウォーホルをはじめとする一流芸術家のやり方を詳しく語っている。

村上氏の説明を端的にまとめると、ただ良い作品を作るだけでなく、その作品の名声を高め価値を上げるにはビジネス的手法は欠かせない。日本では異端視されるが、欧米の現代アートでは極めてスタンダードなこと。歴史を振り返れば、作品を作り続けるためにパトロンの力を利用するのは芸術家にとって背徳でも何でもなく、むしろ義務だとさえいえる。アーティストにとってビジネスは矛盾しないのだと。こういう事を言っている。

しかし、「ビジネスマンにとってのアート」となると、また別問題だ。
ビジネス現場においてアートが役立つ部分はどこだろうと考えたところ、例えばプレゼンの説得力を上げるとか、商品企画のクオリティを上げるとか、色々思い浮かぶが、だいたいどれもアートというよりは、デザイン学や経営学(MBA)の方がよりドンピシャだ。しかし、経営戦略や経営理念といった、ビジネス現場でも、より高位な領域においてはアートと重なる部分がぐっと増えると思う。

経営戦略(事業戦略)というと、マイケル・ポーターよろしく、「ファイブフォース分析」などの戦略立案メソッドがあるが、ロジカルに考えれば出る答えというのは、誰もが導ける答えでもあるので、結果レッドオーシャンになる可能性が高い。サラリーマン社長が陥りがちな道だ。しかし、ファウンダー(創業者)となるとモノが違う。会社を我が子のように感じ、生き馬の目を抜き、修羅場をくぐり抜けてきた強者というのは、当然ながら出し抜くことを考える。この場合、戦略は「立案」などという悠長な響きをもたない。現場で直感するものだ。一種の殺意を抱きながら。

以前も引用したことがあるが、『戦略の本質』という本がある。

本書は名著『失敗の本質』に続いて出された一冊であり、歴史的に有名な軍事戦略を分析しながら、その本質を導いたもの。同書では次のような印象的な言及があった。

戦略は、すべて分析的な言語で語れて結論が出るような静的でメカニカルなものではない。究極にあるのは、事象の細部と全体、コンテクスト依存とコンテクスト自由、主観と客観を善に向かってダイナミックに綜合する実践的な知恵である。ーー(『戦略の本質』(野中郁次郎、他))

分野や文脈を個別に見るのではなく、それらを切れ目なく、全体として思考しようとする姿勢は、まさに経営戦略がアートと重なる部分ではないだろうか?

では、次に、経営(事業)理念はどうか?
経営理念とは、その会社の持つフィロソフィーであり、事業理念とは、そのフィロソフィーをよりアクション部分に落としこんだものと言える。
しかし、大方の(古い)企業理念というのは、堅苦しく、真面目で平凡、月並みで、総花的。読んでいて欠伸が出るような、念仏のようなフィロソフィーもどきばかりだ。
しかし、『ビジョナリー・カンパニー』という(今では古典的名作のような地位にある)経営書でも書かれているように、永続する会社というのはフィロソフィーがはっきりしている。当然ながらそこに嘘はなく、正直な理念だ。一種の宗教団体のように「信心深い」社員たちで構成され、そうでない人は出ていかざるをえなくなるような「排他的」な組織でもある。最初に打ち立てたフィロソフィーを時流に合わせコロコロ変えるようなこともしない。

個人でもそうだが、自分が好きだったり、信念のあることをやる方が、そうでない人よりも充実感があるし、生産性も高いに決まっている。
しかし、会社というのは、いくら理念に共感といっても、いざ入ってみると幻滅ということもある。社員としてならまだしも、自らが作る(あるいは経営する)会社の理念を立てる(維持する)というのは、場合によっては哲学者的な思考の苦労を味わうこともあるだろう。これだと思って決めたは良いけど、いざやってみると、なんか違うということもあるだろう。

そういう場合、アートでは、とことん自分に向き合うことで答えを導こうとする。何をやると自分は生き甲斐を感じることができるのか、どこに向かうと自分のコアな「欲望」を満たせるのかという問いを自分に発し、嘘偽りのない、本音の自分と対話をしなければ生命力のある作品はできない。経営理念も、それぐらいの深度があってこそ力を宿すのではないかと個人的には思う。(※考えてばりで儲からないと意味がないが)まさにアートに重なる部分だろう。

アート論について書かれた古典的名作に『アート・スピリット』(ロバート・ヘンライ著)という本がある。

同書では以下のような言葉がある。

芸術を学ぶものは最初から巨匠であるべきだ。つまり、自分らしくあるという点で誰よりも抜きんでていなければならない。今現在、自分らしさを保っていられれば、将来必ず巨匠になれるだろう。ーー『アート・スピリット』(ロバート・ヘンライ)

印象的な言葉だ。

ただし、アートの場合、自分のコアな部分を追求したところ、それはもしかすると、道徳的な価値観とは相容れないものであることもある。アーティストの場合、それさえも受け入れてなんぼとなるが、人や社会の役に立ってなんぼのビジネスとなると、そうとはならない所がポイントか。

追記:続編としてこちらの記事も書きました↓


#アート #ビジネス #ウォーホル #戦略 #理念 #ロバートヘンライ #ビジネスとアート #エッセイ #COMEMO 

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コメント (9)
大変興味深く拝読しました。何かビリビリくるものがありました。感謝です。ありがとうございます。
としべえさん
いや、なれますよ。誰でもピカソですよ!^_^
池松潤さん
こちらこそ嬉しいです!(^^)
初めから誰でもピカソなのは仰せの通り!
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