あいちトリエンナーレについて
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あいちトリエンナーレについて

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あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」に色々と反応する人が後を立たず、大変なことになったようだ。各所から批判、避難、脅迫まで来る始末、表現の不自由が存在することを証明することになってしまったところが何とも皮肉な結果。

脅迫者が警察に検挙されたようだが、もしこの人が犯人であるなら(罪刑法定主義・推定無罪なので判決が出るまではこの人が犯人と断定できない)、暴力、恫喝による表現の自由Freedom of Speechの侵害は許されないだろう。本件にかかる批判は自由で、これもまた表現の自由だ。ただし差別、人権侵害、恫喝・脅迫は表現の自由ではない。これを勘違いしている人がとても多く、「日本政府に対するヘイト」なる珍妙な言説が出てくる事態につながる。

ヘイトHate Speechは出自や、属性など本人では変えようがないことを理由とした差別や少数派に対する周辺化であり、虐げられている少数派に対する差別や言葉の暴力をさらに煽る扇情であるため表現の自由として認められない。裏を返せば、日本政府や米国政府などの「強大な権力装置に対する批判」はヘイトには当たらない。

この観点で見たときに、この「表現の不自由展・その後」を批判している人の多くが「日本に対するヘイト」などと言っているのは完全に的外れ。日本政府はこの展示の出展者よりも、従軍慰安婦よりも圧倒的に強い立場にある(予算や執行の実行力としての意味)。

さらに、一般人の中にも「税金が使われているから、出展内容は配慮が要る」なる意見があるが、これも的外れ。また、政治家の一部に「この出展は税金が使われている。だから我々政治家には出展内容に意見を言う権利がある」みたいな発言があるが、これはダメな政治家であることを自ら満天下に晒してるしまっている。

権力者としての政治家が一般の出展者にいちゃもんをつけたり、表現活動に苦言を呈したり、表現活動を変えさせようとした時点で憲法21条違反となる。
それ以前に「文化芸術基本法」の第2条第5項に文化芸術に関する施策の推進に当たっては,多様な文化芸術の保護及び発展が図られなければならない。と記載されていて、国会議員がこの法案を賛成採決し可決している。権力者、政治家含め立法府も行政府も司法も国会議員は一般大衆の表現活動を保護する立場であり、それを規制したり、変更を加えようとさせることは憲法21条以前に、この法律に違反することでもあり、政治家としての資質が問われるだろう(しかも自分達が議会で法案文を読み可決した法律ですよ?)

前置きが長いのが悪い癖なのだが、そこで本日の本題、トリエンナーレ(伊triennale)なのだが、これは「[adj]3年ごとの」の意味のイタリア語である。英語ではtriennial[adj]で、イタリア語と全く同じ意味。
語源的にはラテン語のtriennium([n]3年間)に由来する。
これを分解すると、tri 3 + annus 年 となり、そのまんまなのだが、annus から派生した語として、annual( [adj]1年間の、年間の、年に1回という意味、英語本来語だとyearlyがある)やanniversary ([n]記念日)という語がある。
ちなみに英語は「肛門」を意味する語をラテン語からanus[n]を、綴りそのまんま借用しており、それの形容詞はanal となる。nの数が違うのでご注意いただきたい。

さてネット上で今回のあいちトリエンナーレと表現の不自由展・その後を「毎年楽しみにしていた」といった批判をする人が結構いたそうなのだが、おそらく一度もトリエンナーレ行ったことないお方なのでしょう。

合わせて、-ennialの語尾で終わっている語はラテン語のannus/um + 形容詞語尾alなのだが、他の語についても触れておきたい。

二を意味するbiをつけるとbiennial([adj]2年に一回の、隔年の)となる。イタリア語ではもちろんビエンナーレbiennaleで、ヴェネツィアビエンナーレなるイベントがあるらしい。
四を意味するquadroをつけるとquadrennial([n]四年に一回)。五輪やW杯などのイベントは四年に一度が自明のものでもあり、もはやquadrennialなどという語をつけるまでもない
百を意味するcentがつくとcentennial ([n] 100年おきの) となる。100年間を意味する名詞はcenturyである。
千を意味するmille がつくとmillennialとなる。最近よく「ミレニアル世代」などという言葉が使われている。この語はお馴染みのミレニアムmillennium ([n]千年間)から派生している。

トップの写真は嵐山から見た「千年の都Millennial Cityの京都」

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ありがとうございます。長文・駄文ですがまた読んで頂けると嬉しいです。
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学び1.0へ向かって。本質に向かって。多様性が生み出す意外性や新たな気づき、発見を大事にしたい。ゴーヤの写真はVelvet Underground & NicoというCDのパクリです。Chop it into halves and scrape out seeds inside