【短編】ハッピーエンド
曇天を見上げた君の睫毛に、今年初めての雪が触れた。体温で溶かされた白い結晶は僅かばかりの雫になり、君の頬を流れていった。
「…ごめんね」
呟くようにして君が言った謝罪が僕に向けられたものだと気付くまで、静寂が僕らの間を流れていった。
「謝るようなことじゃ、ないよ」
つらいのは間違いなく君の方だと言うべきなのに、僕の口は機能不全を起こしている。もし僕がAIだったなら、もっと上手く君に寄り添えたのだろうか。何を言えば、君の瞳は僕を映すのだろう。何を言えば、あの日々が戻ってくるのだろう。
余命3ヶ月、と口に出して君は笑った。しんしんと降り続く雪は、鮮やかな金色の髪に降り積もっている。次は何色にしようかな。そう笑った君とは似ても似つかないような、寂しい笑顔。
「来年の花火大会、行けないね」
それは私だけか。そう小さく呟いて、君は背を向けた。肩越しに広がる盛岡の街並みが、今は鬱陶しくて仕方がない。
どうして日常が続くのだろう。
当たり前なんて、はじめからなかった。
それを今、突きつけられただけだ。
命なんてものはあまりにも儚くて、世界はいつだって残酷だ。
「私の事なんてさ、早く忘れてね」
振り返った君の視線は僕を一度だけ捉えて、すぐに逸れた。マリオスの明かりを見上げて、君はまた寂しそうに笑った。
「…必ず、幸せになってね」
僕は繋いでいた手を引いて、君を抱きしめた。いつの間にか痩せていた身体を、強く、強く。もっと早く気付いていたら。もっと傍にいられたら。全部、僕のせいじゃないか。
「…すみれさんのいない日々なんて、僕はいらない」
「そんなこと、言わないでよ」
君は少しだけ困った顔をして、僕の涙を拭った。僕が不安に負けるたびにしてくれたように。これまでと同じように。
初めて手を繋いだ日の夕焼け。
二人で中津川を覗き込んで笑った。
真夜中の大学で、二人で桜を見た。
酔い潰れた君を背負って歩いた。
「まだ、離れたくない」
長い間君を抱きしめて、僕はようやくそれだけを言えた。
駄目な男だと、自分でもわかる。君を励まさなければいけないはずの僕は、赤子のように泣きじゃくっている。
君は僕から身体を離すと、僕の頭を撫でて
「私も」
とだけ言った。
少しだけ早い聖夜のイルミネーションが点り、賑やかな音楽が流れ始めた。僕たちにとって、最後のクリスマス。
僕たちの結末は、もう決まってしまったのだろうか。
「すみれさん。僕は、すみれさんを忘れたくない」
手を繋いだ恋人たちが行き交う。
一緒にいられることが当たり前じゃないことに、僕はやっと気付けた。
「すみれさんが嫌って言っても、一緒にいたい」
「…嫌だなんて、言わないよ」
雪がうっすらと地面に積もって、街並みを白く染めた。君にとって最後の雪。…最後、なんて言いたくない。
用意された運命に、僕たちは抗えずにいる。イルミネーションの明かりが、寒そうな君の頬を色鮮やかに照らす。
「…今からでも、君を幸せにする」
僕がそう言うと、君は少しだけきょとんとしてから
「ずっと幸せだったよ。今も、ずっと」
と笑った。
ねえ。僕たちの結末は、僕たちが決めよう。
雪が降り続く盛岡で、僕は君に永遠を誓った。
了
あとがき
『すみれ』は日向坂46の宮地すみれさんよりお借りしました。
レジェ(宮地さんの愛称)。あざとさと呼んでいいのかわからない、あなたにしかない凄さがあると思う。本当に伝説になるのではないか。いや、もう既に伝説なのか。これからも応援しています。寒くなるので体に気をつけてほしい。
マリオスは盛岡駅西口に実際にある。数回しか行ったことないけど。僕はどちらかというと居酒屋にいる人間だったので…。
作品については、深く語らない。今回ばかりは野暮になりかねない。
余談だが、今朝うっすら雪降ってた。
感想等ありましたら気軽にどうぞ。読んでくださってありがとうございました。