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【短編】天ぷら定食

天ぷらと白飯は合わないっていう人がいる。だが、天ぷらも揚げ物のひとつであるのだから、白飯に合わないはずがない。僕は天ぷらでご飯を食べるのが好きだし、この食べ方を否定されたら怒るだろう。
とにかく、僕が頼んだのは、天ぷら定食だったはずだ。

運ばれてきた定食は、この米不足の世にあるまじきほど盛られた白米と、申し訳程度に添えられた漬物。そして、岩手山ほど高く盛られた天かすだった。
「天ぷら、とは…。」
僕は愕然とした。先週までは、普通に天ぷらだったはずだ。絶妙な揚がり具合の海老、イカ、獅子唐、ナス、シソ。そこに季節の山菜もあった。これは、いったいどういうことなのか。
他の客に『天ぷら定食』を運んだあとの店主を呼びとめ、訊いたみた。
「天ぷら、天ぷらなんですか、これは?」
店主は申し訳なさそうに言った。
「時代かねえ。『アレルギーのある人間に配慮しろ』って苦情がたくさん来ちゃって。苦渋の決断だったんだよ。」
「そ、それにしても、これはあんまりですよ!」
「ごめんねえ。ご飯は大盛りにしたし、値段は半額にしとくから、許しておくれ。」
店主は頭を下げ、店の奥に消えた。その姿を見送った僕は、怒りに震えていた。
店主への怒りではない。妙な正義感を振りかざし、僕から天ぷら定食を奪った世間への怒りだ。許してはならない、許してはならない!
とはいえ、腹は減った。僕は天かすをご飯にのせ、天つゆをかけた。口に入れると、今は懐かしい天ぷらの思い出が甦る。
「天かすでも、うまい…。」
涙が頬を伝う。天かすだけでも楽しめるよう、工夫がなされている。店主の料理への熱意が減ったわけではない。彼は、世間というものに負けただけだ。悔しい、悔しいぞ、僕は。
完食し、店を後にする。待っていてくれ、僕は取り戻すぞ、天ぷら定食を。
世間との、戦いだ。

三日後、応援のつもりで再び天ぷら定食を注文すると、『天かす定食』以前より豪華な天ぷらが出てきた。店主に問うと、
「今度は『あんまり悲しいから豪華にしてくれ』って苦情が来ちゃってね…。もうそれなら、お客様が喜んでくれるほうにしようって。」
と言って、彼はにっこりと笑った。
僕は、えらく豪華になった天ぷら定食を見て、おかえりと呟いた。お茶を一口飲んでから、声に出して言う。
「いただきます。」


あとがき
超問題作。僕としては、平和的に世間を批判したつもりだ。何にでも苦情をつけたがる世間への警鐘。それがこの作品だ。
……なんだ、その冷たい目は。
………つまらなかったとか言わないでくれ!
泣くぞ、泣いちゃうぞ、坊、泣いちゃうぞ!

…おふざけが過ぎたか。申し訳ない。
とはいえ、ちょっとしたことで批判しまくる世の中は、少しつまらないなあと思う。過敏じゃなくていいことは、ゆるくやればいいじゃないか。
それっぽいことを言って、この小説を終える。
…見出し画像に「1280円」と書いてあるが、無料記事である。気が向いたら1280円で販売する記事になるかもしれない。ならないとは思うが。

追記
アレルギーは決して「ちょっとしたこと」ではない。
それはわかった上でこの記事を書いた。「アレルギーのある人」ではなく、「『アレルギーのある人への配慮』と言って正義感を振りかざし、何でもかんでも批判する世間」を敵にしたつもりだ。
世の中を見ていると、アレルギー問題に限ったことではないが、当事者より声の大きい「外野」が多い気がする。当事者の声を置き去りに、自分の思うようにしようとする、そんな人間。この物語に敵がいるなら、間違いなくそうした『世間』である。
配慮の足りない表現があったことをお詫びします。

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