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相いれないことを読む。

先日、ちょっとした飲み会の席での出来事。目の前でささやかな諍いを目にする。どちらかが正解でもなく、どちらかが間違いでもない。ただ、互いに各々の立場への理解がほんの少し足りないだけの口論。交わることなく、平行線をたどる言葉だけがふたりの間を行き来する。ちょっとだけ、相手に歩み寄れば2人の領域は重なるはずなのに、いつまでもその距離は詰まらない。その間隔が側から見てもどかしいのだが、しばらく静観しているとそのやり取りが滑稽にも見えてしまうから、会話とは不思議なものだ。

相容れないものと対峙には戸惑いと楽しみが同居する独特な感覚を覚える。作家・彩瀬まるさんの作品は、一見自然ながらもそのまま真正面から受け止めるのが難しい、張り詰めた雰囲気を持っている。昨年発売された『くちなし』(文藝春秋)も不思議な世界観で紡がれた短編集になっていた。

表題作の『くちなし』は、愛人である男から別れ話を切り出された女性が、最後のわがままに男の左腕をもらい受ける物語だ。てっきり義手なのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。彼女は男の腕を大切に育て始める。腕は意思を持ってひとりでに動き出す。この世界では自分の体のパーツを取り外せ、外れたパーツは意思を持って動き、他人のパーツを自分に取り付けることもできる世界なのだ。日常のワンシーンにSF的な設定がポツンと登場するため、違和感の際立ち方が逆に怖い。

人の体を自分の一部にする。「腕」はその象徴として描かれることが多い。だが、『くちなし』で描かれる腕は所有欲の対象としてだけではない。体のパーツを切り離した先に見えるものは何なのか。体から切り離しても離れられないものは何なのか。体の一部を欲するほど相手に執着する思いとは何なのか。

主人公の女性は夢の中で、男の妻が体の一部を切り離し続けることで悲しみの感情を体外へ放出する姿を目にする。悲しみを追いやった彼女の体には、悲しみを追放した意思(思惑?)が芽生えていた。切り離しても切り離しても、他者への感情は何かが蠢いて、何かが生まれてくる。人はそこから逃れることができず、そんな人間の顛末を冷淡に見ている主人公の姿に、畏怖と滑稽さが同居する不思議な感覚が残る。

少し不思議な彩瀬ワールド、ぜひこの一冊で味わっていただきたい。



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本を売るの仕事をしています。営業→商品PR→宣伝→二次利用(映画・アニメ)→営業と、コンテンツを売ることに関わってきました。

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